偏食な子犬拾いました

伊吹咲夜

ゲームな朝食

いつもと同じ朝、の筈だった。

マネージャーが部屋に来る時間を逆算して朝食を作る。
お互いに朝はあんまり食べれない体質なので、軽めのものを用意する。
味噌汁だけの場合もあるが、具材はそこそこ入れておく。
例えばキャベツと玉ねぎと油揚げとか、なすと豆腐とか。
そこまで栄養があるのかと言われたら、あまりないとしか言えないが、味噌汁自体が発酵食品ということで、食べないよりは良しと言い訳している。

で、いつもと違う朝の訳。
そう、今朝は食材が殆どない。
昨日ポチを拾って帰ったせいで買い物に行けず、残っていた僅かな食材も昨夜のポタージュとなって消えた。
今残されているのは、米、卵、じゃがいもと調味料ぐらいだ。
冷凍庫に些か肉など入っているが、朝から肉を焼いて食う気はない。
そんなことしたら多分胃もたれする。
さすがにコーヒーだけ用意しておくのも気が引ける。
マネージャーだけなら出勤がてらカフェで朝食もありなんだが、昨日からポチがいる。

「やはり病人食を出すしかない、と」

ポチいわくの『でろでろ』。
でも『でろでろ』って米粒潰しちゃった感じの粥だよなぁ。
普通に炊きあげた粥なら『トロトロ』とかそんな感じがするが。
人によって感じ方は様々だから、俺にとっての『トロトロ』はポチにとっての『でろでろ』という可能性もある。
何にせよ今日の食材では粥しか出せない。
食べないと拒否るならまたマネージャーのあの・・手を使うし、それをも避けるというならあとは知らない。
マネージャーの遊び相手にされるがいい。

逆算して丁度か少し遅くなるくらいの頃合い。考えるより作ってしまおう。
通常の米を炊くより水分が多いからかさは増える。
三人分で二合でも多いか?
まぁ足りないよりかはいいか。

ボウルに二合の米を研ぎ、たっぷりの水に浸して準備にかかった。




土鍋の中でクツクツと小さく音を立てて、粥が出来上がりを告げていた。
もうそろそろマネージャーが来る頃かなと時計をみようと振り返ると、丁度キッチンのドアが開いたところだった。

「やっぱりご飯の炊ける匂いはいいな」

いつになく機嫌がいいマネージャの登場。
マネージャーはハーフ顔のクール眼鏡のくせして、和食大好き人間だったりする。
米の炊ける匂いを嗅いで、今朝それが出てくると分かってご機嫌になった模様だ。

「これに焼き鮭とかあったら最高なんだけどな」
「昨日買い物に行かせてくれなかったご自分を恨んでください。今朝は粥のみです」
「俺が悪いみたいに言うな。お前がポチを拾ってこなければ買い物に行けただけの話だろう」
「それでもポチの様子看ててくれれば……」
「そういえば『じっくり話』を聞いてなかったな。出勤にはまだ十分時間もあることだし、いまから聞こうか?」

眼鏡を外しカウンターに置くと、ずい、と俺の顔に顔を近づける。

「『おはよう』の挨拶もまだだったしな」

ゆっくりと強く重ねられる唇。
出てくる前に飲んできたのか、ほんのりとコーヒーの味がする。
普段なら嫌ではないのに、ポチがいると思うだけで落ち着かない。

「……ここで『話す』かい? それとも寝室……、はポチがいるんだっけ。リビングに移動するかい?」
「『話す』の前提なんだ。拒否は認められないの? 理由があっても」
「拒否権があると思ってるのか?」
「……ですよね」

未成年ポチが同じ屋根の下にいも、マネージャーには関係ないらしい。
それならば、とちょっと試していなかった事を実行してみる。
俺が拒否するのではなく、必然的にマネージャーが断念するかもしれない魔法のセリフ。

「……俺と朝ごはん、どっちを食べる?」
「む……」

これがクロワッサンだったら間違いなく通用しないだろう。
しかし今朝は今まさに出来上がったばかりの粥。
マネージャーの目の前でいい匂いを漂わせて誘惑している最中だ。
これで通用しなければ、マネージャーの三大欲は『食欲』が下位になる事が証明される。

「……朝ごはん」
「了解。寝室に運ぶから、ポチがまだ寝てたら起こしてきて」

朝ごはんの最強!
今度から身の危険を感じたら白飯を炊こう!
久し振りにマネージャーに勝った気分になれたので、お祝いに夕飯は天ぷらでも……って、マネージャーの好物じゃん。
しかもポチにはまだ食わせられない。
じゃあ炊き込みご飯とか?
また『〇〇嫌い』とか言われそうだけど……。

大きめのお椀に粥をよそい、寝室へと運ぶ。
おかずがないので、本日の粥はたまご粥。
がっちり煮てしまうとせっかくの粥のとろとろを損なうので、仕上げに溶き卵をかけて軽く混ぜて余熱で蒸すだけにした。

「お待たせ。ご飯持ってきたよ」

まだ少し起きるのが辛いのか、壁に寄りかかる様にしてベッドの上にいるポチ。
そのポチを横目で見るようにローテーブルに着くマネージャー。

「ポチ、また食べさせてもらいたいか?」

俺がポチの前に粥を置くと同時に言うマネージャー。
昨日の会話から、絶対ポチが嫌がると分かっているから先制したのだろう。
首を横に振りつつも、やはりお椀の中を見て止まるポチ。
表情はまだ無表情のままだが、一瞬だけ眉がピクっと動いたのを見逃さなかった。

「……でろでろに生卵って、気持ち悪い」
「生じゃないよ。半熟」
「でも両方ともでろでろじゃん」

お椀置いて壁の方をふいと向く。
そんな事したってマネージャーには通用しないのに。

「そうか、ポチくんはキスがご所望だったのか。昨日ので余程気に入ってもらえたらしい。そんな態度で示さなくても、口で言ってくれればいくらでもしてあげるよ?」

嬉しそうにマネージャーが立ち上がった。
実はキスしたいのはマネージャーだったりするんじゃないのか?

ベッドに腰掛け、粥の入ったお椀を取るマネージャー。
しかし昨日のポタージュ以上に粥は手強かった。
粘度があるだけになかなか冷めない。ふーふーしてもまだ熱くて、口に入れられないでいる。

「昨日みたくされてたまるか」

壁際に枕を持ってうずくまるポチ。
これでマネージャーの攻撃を避けれると思っているみたいだが、大人と子供の腕力の差というものをまだ分かっていない。
ついでに言ってはなんだが、脇がガラ空きだ。
ここから腕入れて引き上げれば一発で持ち上がるし、ベッドから降ろすことだって簡単だ。
これはマネージャーも同じことを思っていた。
思うだけでなく、実行してくれた。
お椀をトレイに戻すと、ポチの脇から手を入れて引き上げ、そのままヒョイと持ち上げてローテーブルの自分の横に座らせた。

「さてポチ、ここからどう抵抗する? 歯を食いしばっても、そんなもの舌を入れちゃえばどうにでもなってしまうものなんだよ?」

座らせ、そのまま手を離すことなく肩へ回しがっちりホールド。
さあここからどう攻防にでるんだ!?

「ただ食べさせるのも面白くないから、ひとつゲームでもしようか」
「ゲーム?」

ポチではなく俺が反応してしまった。
マネージャーからゲームと聞くと嫌な響きしか感じない。
『罰ゲーム』とかそういった類。

「ここにお粥がある。これは俺のまだ手をつけていない分だが、いまからこれをポチに食べてもらう。当然ポチのよりも量も多く入っている」

それは当然マネージャー用によそったから多いに決まっている。
ポチはそんなに食べられないだろうし、粥は嫌いと言っていたから少なくしておいた。
それを分かっているはずなのに使おうとするのは、やはりゲームというより何かの策略にしか思えない。

「それで、だ。ポチがこのお粥をひと口食べれたら、ひとついう事を聞いてあげよう。ただし、ひと口の量はきっかりスプーン一杯。聞いてあげれるのは『食べ物』と『ここから帰して』以外の事で常識の範囲内の事」
「……それじゃあ全然いい事ない」
「まだ話は終わってない。完食出来たら帰るなり居座るなり自由にしていい。居座るなら食べ物に関しても少し融通をきかせよう」
「……要は完食しろと言いたいんだろ」
「そうだな。それとまだある。食べ残したらその量の分、こちらの言う事を聞いてもらう」

やっぱりポチが断然不利だ。
マネージャーは何を考えているんだ!?

「このゲームが嫌なら、俺が昨日みたいにひと口食べさせて終わりにしてやる。さあ、どっちを選ぶ」

どっちにしろポチには究極の選択に近くなっているんだが。

「……分かった。ゲームをする。食えばいいんだろう」
「いい返事だ。さて制限時間だが……」
「時間まで決めるのか!?」
「当然。でなければ明日の朝までもずるずる引き延ばして食べていそうだしな。そんなに延ばしたらお粥はまずくなる一方だけど」

しっかりとマネージャーの策略に填ってしまったポチ。
手伝えるなら手伝いたいが、そうしたら今度は俺の身が危ない。

「病人ということを踏まえ、制限時間は十分間。それではスタート」

前触れもなくスタートを告げるマネージャー。
え!? と固まるポチ。
こんな急にスタート切られても、すぐには反応なんて出来ないだろう。少しは配慮してやればいいのに。
一瞬固まったものの、慌ててすぐにお椀を取る。が、すぐに置く。
器も熱々なら中身も熱々。包むように持ったポチがいけなかった。
仕方なくそこからスプーンでひとすくい。

「あの、いつまで肩抱いてるんですか」
「気にするな。さあ美味しいうちに食べなさい」

邪魔ではなさそうだが、とても居心地は悪そうだ。
払ってもどかさないマネージャーのしぶとさに、ポチも諦めて再び粥に向かい合う。
じっと粥の乗ったスプーンを見つめる。
食べようと何度か試みるが、口の中まで運ぶには至っていない。

「無理ならリタイアで、俺が食べさせてやってもいいんだぞ?」
「……自分で食います」

意を決したポチが遂に粥を口へと運んだ。
躊躇っていた時間でかなり冷めていたのか、熱くはなさそうだ。

「……れ?」

スプーンを咥えたままのポチが一言呟いた。
俺の粥が何か不思議だったのか?
首を傾げたポチはそのままもうひと口粥をすくって口に運ぶ。
今度は程よく冷めていなかったのか、ちょっと口に当たって、すぐにふーふーと冷まし出した。
もうひと口食べて、また『あれ?』と呟く。

「……これってお粥?」
「お粥だが? ……お粥だよな?」
「ああ、粥を作ったんだが」

変な確認の後、ポチはまた首を傾げた。
昨日のポタージュといい、ポチは俺の料理に何か疑問があるっぽい。
首を傾げながらも、ポチはひと口、もうひと口と熱さと戦いながら粥を食べ進めていった。

「はいそこまで」

十分が経過し、マネージャーが終了を告げた。
結構食べられていたようだったが、覗くとまだお椀の中には結構な量の粥が残っている。

「思ったよりも食べられたな。二口くらいで止めるのかと期待していたんだが」
「何でそんな期待するんだよ」
「この量を食べきれるなんてお前だって思ってはいなかっただろう」
「まぁね」

やはりゲームじゃなかった。

「結果発表だ。ポチの食べた量はスプーン八杯。よって八個のいう事を聞いてやろう。今すぐ言えと言っても出てこないだろうから、俺達が仕事から帰ってくるまでに考えとけ」

そしてマネージャーはポチからお椀を取り上げると、『いただきます』と、そのまま残りの粥をかき込んだ。

「冷めても相変わらず美味いな。熱々のまま食べられたらもっと良かったんだが。そうそう、ポチの残した分の計測は、こちらの願い五個分。本当はもっとあったと思うが負けててやろう」

空になったお椀をテーブルに置き、立ち上がるとベッドトレイのポチのお椀を取り上げる。
再び元の場所に座ると、今度はスプーンを使ってゆっくりと粥を食べ始めた。

「普通の白飯が一番旨いんだが、何故かお粥ってたまに食べたくなる。素っ気ないんだが安心できる味っていうのか? いや、優しい味か? 何にせよ旨いんだよな」

ごちそうさまでした、とお椀を置いてポチを見る。
じーっと暫くそのままポチを見ていると、ポチがはっと何かに気付いてマネージャーから一人分の距離を飛びのけて空ける。

「あ、あの、ごちそうさま、でした」
「気付いたか。はい、お粗末さまでした」

食べたからには『ごちそうさま』を言うこと。食事の基本。
そして食べる前には『いただきます』と……、あ、ポチ言ってなかったな……。
マネージャー気付いてない? と思ったが、やはりマネージャーはマネージャーだった。

「ポチ、ペナルティーな」

がしっと、一人分逃げた筈のポチの腕を掴み引き寄せる。
その勢いを利用して強引にキス。

「!!」
「朝の挨拶もまだだったし、丁度いいだろう?」
「丁度よくない!」

ポチがさらにマネージャーから逃げて、ベッドへ上る。
布団を引き上げて顔の下半分を隠して、これ以上のキスを避けるつもりらしい。

「そんな事より、ポチに聞きたいんだけど」

二人のやりとりに割って入る。
俺の問いかけに、ポチは視線だけこっちに寄越し続きを待った。

「ポチの今まで食べてきた粥って、家で作ってた? それとも市販のレトルト?」

でろでろで嫌だと言ってた割には俺の粥を食べていた。
となれば、ポチが今まで食べてきた粥が問題ありということになる。

「分かんない。でも殆どでろでろ」
「なるほどね」
「ああ、ポチの家では失敗してたって事か」

マネージャーも俺が聞いた意味は分かっていた。
ポチが粥をでろでろと言った原因の追究。
そう、ポチの家では生米からではなく、炊いたご飯から粥を作っていたという事。
実際ポチの家の粥を見たわけではないが、炊いたご飯で作った粥というのは、失敗するとまさにでろでろなのだ。

「どういうこと?」
「粥って、米を炊いてから作る場合もあるけど、基本は生米を使って作るんだよ」
「それがなに」
「生米からだと必要以上に混ぜないから、ふっくらと白飯同様に炊き上がる。それがあらかじめ炊いたご飯を使うと、水に溶けたでんぷんが糊となって焦げやすくなるものだから、必要以上に混ぜてしまう。それが原因ででろでろ……まさに糊状の粥が出来上がるという事なんだ」

まあそれだけが要因ででろでろになったとは言い難いが、それが一番思い当たる。
そんな粥ばかり食べさせられていては、美味しい筈の粥が嫌いになるのも頷ける。

「っと、そろそろ用意しないと遅れるぞ。今日は朝から夕方までみっちり講義入ってるから、準備が忙しくなる」
「もうそんな時間か!? あ、ポチの昼ごはん用意してない!」

用意も何も材料すらないんだが……。

「……お粥、まだ残ってるの?」

ポチがボソッと聞いてきた。

「ああ、まだ少しは残ってる。何? もう少し食べたいか?」
「お昼、それ置いててくれれば自分で食べる」
「それはいいんだけど、温めるのに火加減が……」
「電子レンジがあるだろう」

マネージャーに言われて『ああ』となった。
あんまり文明の利器である電子レンジを活用していなかったから、存在を忘れるとこだった。
これなら焦げることも、混ぜすぎてでろでろになることもない。

「じゃあ、キッチンにラップして置いておくから。オートでやると温め過ぎて熱くて持てなくなるから……」
「お前、どこの小学生に話してるつもりだ。ここにいるのは小学生より大人な子供だぞ」

大人な子供って何だ。
マネージャー、たまに変な言葉を使うけど、これは言い得て妙だ。
確かに教えなきゃ出来ない歳の子供ではないし、それくらいは自分で判断して出来るだろう。

「キッチンは寝室出て左だから」

些か心配が残るが仕事優先。休むわけにはいかない。
身支度を終えると、俺はマネージャーと共に仕事場へと向かった。

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