10年間修行した反動で好き勝手するけど何か問題ある?

慈桜

89

「さぁ、シェルル姫。今日もお願いしますよ。天空の大国シエルクラティアを飛ばす為に、このダモクレスに紫龍を喰わせて下さい。」
 エリミガリアの遥か上空にて、魔素循環で作られた酸素を吸い、調えられた環境で生きる天空の大国シエルクラティアのクランメンバー達。 今ここにはノースウォールの民と北方同盟のメンバーのべ200万人に及ぶ大多数が移り住み悠々自適に暮らしている。
 空飛ぶ大陸・天空の大国シエルクラティアは広大な土地を所有していながらも地上からでは目視出来ないように世界が設定している。 これはゲーム時代からの設定でありこの世界でも適用されたようだ。
 華奢でベタな王子様風の男、盟主ツグナは目の光を失ったシェルルの手を取り黒い大きな魔法玉に紫龍を食わせようと毎日シェルルを呼び出す。
「素晴らしい、素晴らしいですよシェルル姫。これで理想郷は今日も空を飛ぶ事が出来ます。争いの無い理想郷がね」
「それはよかったです。ではツグナさんまた明日……」
 ツグナと呼ばれる華奢でベタな王子様風の男はその声を無視してダモクレスと呼んだ黒い魔法玉を撫でる。
「クフフフ、ムス○大佐になれる日も近いぞぉ」
 何かを呟いたがその声を聞いた者はいなかった。
 カムクラが死んで以来笑わなくなったシェルルは様々な色彩の花が咲き乱れる花壇で魔力切れによる倦怠感に頭を抑えていた。
「姫…こんな所にいられては風邪を召されますよ?」
 ひどく整った美しい顔の竜人、北方同盟の盟主ホーキ・ボンドだ。
 そっとコートを肩にかけると一礼だけしてホーキ・ボンドはその場を去る。
「カムクラは……」
 突然話し始めたシェルルにホーキ・ボンドはゆっくりと振り向き聞き耳を立てる。
「カムクラは悲しんでいるでしょうか…」
「それは…それはカムクラさんにしかわかりません。ですが、あの方ならば姫の意志を何より尊重するのではないのでしょうか?」
 その言葉にシェルルはホーキ・ボンドの大きな腕を両手で握る。
「カムクラが居なくなってから、夜良く眠れませぬ。護られてる気がしないのです。安心出来ないのです」
「であれば昼夜問わず姫の護衛を私が務めましょうか?私もあなたの笑顔が見たい一人である事には変わりませんから。」
 自身のふざけた名前とは釣り合わない会心の一撃と思ったその一言にシェルルは無言で頷き手を離してしまう。
 これまでどれだけ気丈に振舞っていたのか、そして面倒を見ない親の変わりに兄のように近くにいたカムクラがシェルルにとってどれだけの存在だったのか、考えるだけでホーキ・ボンドはムシャクシャしていた。
 そして、日々カムクラへの想いが増すシェルルに深くため息を吐く事しか出来なかったのだ。
 軽く会釈をして帰って行くシェルルの後ろ姿を見て、ホーキ・ボンドはただやるせなくなる。
 あの日、空に照らされて天空の大国シエルクラティアに来て以来、シェルルは一度も笑っていない。
 それはカムクラの死への悲しみなのか、ノースウォールを捨てた自分への戒めなのか、その二つが重くのしかかるのか…ホーキ・ボンドは答えもわからぬままにただシェルルを励まし続けている。
「そう暗い顔すんなし、大木パンチョ」
「丸ぺにさんか。ホーキ・ボンドだ。変な名前で呼ぶな。」
「じゅうぶん変だと思うがだまっておいてやろう、リア充は嫌いだが、変な名前のよしみだ。」
 全身鎧を脱いだ丸太ぺにおは、何故か小太りのおっさんであった。 そして胸元に【普通】と書かれたTシャツを着ている。
「そんな種族あったか?」
「ドワーフと人間のハーフ。リアルの漏れに近かったからね。」
 そう言って丸太ぺにおはハンバーガーをホーキ・ボンドに渡す。
 天空の大国シエルクラティアには様々な自動販売機があり、魔力でそれらを買う事が可能になる。 本来食物を創り上げるに必要な魔力よりも多少過分に魔力を貰う事により、黒のダモクレス、白のレーヴァテインへ魔力供給がされる仕組みだ。
 そして、この自動販売機にはハンバーガーやドーナツを始めとするジャンクフードから牛丼やカレーライス等バリエーションは豊富である。
「お前コーラ派?グレープ派?」
「俺はコーラ派だな。」
「まぁ、そんな感じだな。」
「そう言う丸ぺにはどっちなんだ?」
「漏れは気分だ。」
「何故聞いた!」
 作り物のような颯爽と流れる青空の下でハンバーガーを食べているとコーラで喉を潤した丸ぺにが真剣な眼差しになる。
「ホーキ・ボンド氏はこのままこの廃人クランに世話になるつもりであるか?」
「まぁ、そうだな。北方同盟のクランハウスもこちらへ移植したしな、そう言う丸ぺにさんはどうなんだい?」
「漏れ達は、ギルマスの所に行こうかと思ってる。リアルでの友達は写楽っちしかいないしね。ギルメンとは何度もリアルで会ってるけど、漏れはあまりリアルでは喋らないからね。まぁ写楽ってのはギルマスがバイトしてたエロビデ屋の名前なんだが。」
「そ、そうなのか。だが、こき使われるかも知れないぞ?むしろこんな悠々自適な生活は送れなくなるかもしれない。」
 その言葉に丸太ぺにおの目は輝いた。
「やり方次第だろう。それに漏れもヲタの部類ではあるが、この天空の大国シエルクラティアの面々のように節操の無い重度で軽度な半端なヲタとは会話が合わないのだよ。まず魔法剣士大杉。それだけでキモい。」
「言いすぎか。魔法剣士だってレア職だぞ?まぁ、中盤からwikiで情報が流れたから増えたけど」
「そうそう、そこなんだな。追加でテリヤキいる?」
「いや、大丈夫だ。」
 ガチャンとテリヤキバーガーを魔素で買うと、熱々のハンバーガーに貪りつき頷く丸ぺに。
「魔法剣士が実装されたのもかなり後であるし、丁度VRギアの量産が間に合ってガキでも買える値段になりだした頃だろ?リアル厨房のリアル厨二が極限課金で作り出したやらかしクランってのは、かなり虫唾が走るね、まぁ、ツグナは初期から居たけど王子様プレイがきもかったしね。」
「言いすぎるな……ツグナと何かあったのか?」
 丸ぺにはふぅぅとため息を吐いてハンバーガーを飲み込むと言葉を続けた。
「じゃあ特別に教えてあげよう。この天空島のガーディアンを追い込んだのは間違いなく漏れ達雷々亭だった。でもここを領地にしたのはツグナだった。わかるだろう?」
「そんな、横撃ち?でもボス戦は横撃ち出来ないだろ。どうやって」
「王族スキル乱入どきたまえ、フレンド登録しているメンバーが存在するボス戦ならば一撃だけ援護出来る支援スキル、ツグナは最後の一撃にかけてずっと潜んでいたんだ…そして領地権限獲得と同時にそのまま強制退場の仕打ち、天空島が天空の大国シエルクラティアの領土になりましたとキーに表示された時は愕然としたね。クランネームが確信犯なんだから。当時GMに文句も言いまくったけど駄目だったよ。」
「そんな…北方同盟の領地奪還戦を経験しているからこそ、その酷さがわかる…絶対に許されてはいけない事だ」
「そっちはまだ人数がいるからいいじゃまいか。こちとら10人。みんなで天空島を取ろうっていつものラーメン屋でオフ会してバイトで貯めた金出し合って蘇生薬やステータスアップ系のアイテム買いこんでやっと辿り着いたラストがそれだぞ?」
「戦争を仕掛けなかったのか?」
「GMに文句言いすぎたせいで、ここにだけは戦争がしかけられなかったんだ。当然ツグナも漏れたちを絶対的に出入り禁止にしていたしな。その制約が解けて今この地に立てている事を幸せに思うよ。」
「まさか…ここで争う気か?やめてくれよ!シェルル姫がおかしくなっちまう」
「大丈夫大丈夫。ただ、ちょっとイタズラはするけどね」
 そう言って丸太ぺにおは青い刀身の短剣を取り出した。
「それって?」
「そう、課金屋1000円ショップで突如現れた破壊不可オブジェクト破壊ツール。極悪すぎるってんですぐ販売中止になったけど、実はこれ、ウチのトキタサンが複製しちゃうんだなこれが。」
 そして丸太ぺにおは自動販売機に張り付けられたプレートを剥がすと四つ足を斬り落とした。
「おーう、俺の見てる前ではやめてくれよ丸ぺにさん」
 切り離された自販機はアイテム扱いとなり丸太ぺにおのアイテムボックスに片付けられる。
 そして侍姿の竜刃が青い短剣を持って駆け寄る。
「丸ぺにさん遅いよ!もうみんなほとんど外したよ?そろそろツグナのクソにばれそうだからズラかろうって、うわっ!真面目そうな奴いた!」
「酷い言われようだな。まぁ、でも自販機なんてまた造れば終わりでしょう?」
「いや、違うのだよホーキ・ボンド氏。この自販機は天空島の領主だけが引ける人口増員ガチャの景品なんだよ。だからこれが無くなると…」
「丸ぺにさん!竜刃さん!全部回収出来ましたよ!!」
「セレタンさっすがー!!」
「じゃあ行きましょう!!やっぱり城の自販機外したのでばれちゃったみたい!!」
 セレスとアニーも青い短剣を持ちこの場に駆け寄る。 そして、サボり尽くした丸ぺにの分の仕事を竜刃がせっせと終わらせる。
「まぁ、食糧難を解決したまえホーキ・ボンド君。」
 そして雷々亭の面々は空から飛び降り、丸太ぺにおだけが振り返った。
「待て!!お前ら!!それはイタズラの領域を越えているだろう!!」
「こんだけデカイ領地で生産してないツグナが悪い件。」
 不適に笑い数える程のTOPプレーヤーの一柱雷々亭の面々は天空の大国シエルクラティアから姿を消した。

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