10年間修行した反動で好き勝手するけど何か問題ある?

慈桜

 まだ外も薄暗い中、俺の部屋を加減無しに開ける大馬鹿物がいる。
「ったく、まだ寝てやがんのかこのボンクラぁぁ!!」
「ウー!!キャンキャン!!」
 やめとけライ、お前じゃ勝てない。 薄目を開けながら身体を起こそうと必死になるが急なレベルアップのせいで身体が動かない。
「グリムさん…こんな朝からどうしたの?」
 素直な疑問だった。 ドワーフであるグリムは気絶する程酒を飲んで昼まで寝ているのが定義だ。 それは揺るがない。 こんな朝一が1番似合わない人筆頭なのである。 それがまだ薄暗い朝に怒号をあげるなどあってはいけない珍事だ。
「いいからさっさと起きんかい!!」
「あいたたたた!はいぃ!わかりました!起きるから耳引っ張らないで!!!」
 自身の可能な限りの早着替えをして家を飛び出すと圧巻の一言だった。 眠気は感動で吹き飛んだ。
「よし坊主。とれるだけとってこい」
 目の前に現れたのは馬鹿でかい山としか言い表す事の出来ない大亀だ。 何万年もの時を生き、甲羅である背には金銀財宝、魔石や鉱石が敷き詰められている。
黄金郷亀エルドラドタートル
「ほう坊主、中々博識じゃねぇか。ただ御託はいいから仕事がわかったならさっさといってこい!!」
 静かに頷くと砂浜を走り出してた。 黄金郷亀は呼吸をする為に陸地に上がる事は確認されてはいるのだが、何処に生息していてどれぐらいの周期で上がるかもわかっていない。 文献には夢物語として語られる程の生き物だ。
 希少な金属の鉱石だけでは無く、自然に深海の魔素を取り込んだマジックアイテムすら存在すると言われている黄金郷亀。 こんなのが来たんじゃあ、いくらグリムでも起きる。
 山頂もとい甲羅の頂きに到達するとグリムさんやチャリクス爺の高弟が指揮をとりオリハルコンのツルハシを一心不乱に振り続けている。 魔法で根こそぎ行きたい所だが、資料通りに行くと魔法を使うと海に帰ってしまうと言うから物理で叩く他は無い。
「あっ、坊ちゃん!おはようございます」
「坊ちゃん!おはようございます!くれぐれも魔法は使わぬようお願いします!」
「坊ちゃん!!おはようございます!!!!」
 うん、いつもの下りだけど嫌いだ。 坊ちゃんって言うな。 とにもかくにも俺も周りを気にせずに一心不乱にツルハシを振り続ける。 次第に親父含む村のみんなも必死になって削り続ける。 その辛さと楽しさに俺は夕方までその作業を繰り返した所で我に返った。
 今日は絶対に守らなければいけない約束の日であった事を。
 気付いた時には真北、12時の方角から天を貫くか如き赤い魔力爆発の柱が立った。
 余りにも異質すぎる魔力の為に世界が赤黒く豹変する。
「おい、リブラ。覇王宮のほうでなんかあったみたいだが心当たりあるか?」
 俺は親父の心配そうな言葉に号泣した。
「どうしよう」
 俺が泣くなんて事はありえない。 なんてったって前世の記憶持ちで赤ん坊の時からろくに泣いてない。 その俺が号泣しているんだ。村のみんなもガバッと此方に顔を向ける。
「今日、師匠とお花見しようって言ってたんだ………。」
 その言葉と同時に全員がアイテムボックスから自身の最強装備を身に纏い臨戦体制に入る。 だが、これは戦う為の準備では無い。そう、これから予測される惨劇に対するほんの僅かな防御策だ。
 魔力の感知で即座に海に帰るはずの黄金郷亀は甲羅の中に顔や手を隠し固まっている。
 刹那。
 最強と言われるこの島の人々、お弟子さん達が魔力酔いで嘔吐を始める。 これは師匠の垂れ流しの魔力を数100km離れた先から感じる魔力が徐々に近づいている証拠だ。
 そして次第に天高くから身を下ろす金の刺繍をあしらった神秘的な真っ黒のローブに禍々しい籠手を両腕にはめ、神の威厳を感じさせる青く透き通る巨大な杖を持った骸骨が降臨する。 そう、骸骨がだ。
 リッチロード、覇王アイザック。 神話時代、聖戦時代を経て現代に至るまで全ての文献に名を残す世界最強魔術師、3000階層からなる極悪な墳墓迷宮の主にして俺の師匠。
 俺は一糸乱れぬ動きで土下座をする。
「すんませんっっっっしたぁぁぁっっっっ!!!!!
「カタカタカタ、愛しのリブラよぉぉぉ。心配したぞ??」
 そうなのだ、この人は何故か九芒星を持つ俺を溺愛している。 だからこそ、約束を違えてはいけない。 何故なら師匠が一度外界に出ると新たにいくつもの迷宮が増え既存のものは階層が増える。 当然外の魔物達も進化する。
「リブラよ、ああ愛しきリブラ。何故約束の時間に来れなかったのだ?まさか、こんな亀如きに手こずっていたのかぁぁい?」
 そこに責任を感じたのかグリムさんが膝をつけ前に出る。
「アイザック様、発言をお許しください」
「おぉ、希代の天才鍛冶グリム、お前のこの籠手はいいなぁ、我の魔力放出をここまで抑えた魔道具は初めてだ、発言を許す」
 いや、だだ漏れだがと言うのはやめておこう。 そこで黄金郷亀の希少性を熱く語り時間を忘れてしまっていた事を包み隠さずグリムさんは話す。
「で、あるからして責任はワシにあります。此度はワシの命で場を鎮めて頂きたい。」
 爆弾発言だ。そんな事あってはならない、グリムさんは俺の家族だ。いくら師匠でも止める必要がある。 俺は師匠に殺される覚悟でエニアグラムを開眼させるが……何故か親父が飽きたようにタバコを吸い始めた。
「父…上??」
「こらアイザック、お前俺の息子と遊ぶなって言ったよな?」
 カクカクカクと師匠の目線が親父を向く。赤黒く光ってるだけで目は無いけど。
「カタカタカタ、我が眷属の末裔にしろ六芒星ヘキサグラム如きが生意気な口を聞くな」
「だまれよ?俺はまだお前を許してないぞ?」
「許されようが許されまいが結果は変わらんだろ?カタカタカタ」
 八つ当たりまじりに師匠が黄金郷亀にデコピンを入れると甲羅が新品になる。 正確に言うと全てが衝撃で落ちたと言うべきか。
 そのまま片手で巨大な山を持ち上げて水平線の彼方に投げる。
「我にしか開眼出来なかったエニアグラムを開眼させたリブラこそ至高、まぁ、よい…グリムよ、この亀から採れた石ころで我の魔力放出を更に抑える魔道具は作れるか?」
 グリムは恐る恐ると口を開く。
「チャリクスと力を合わせれば可能かと………」
 表情に変わりは無いが師匠は心なしかニヤリと笑った気がした。
「カタカタカタいいだろう。ではリブラと外界を散歩出来る夢を見て待つとしようか、後リリス?その魔法を消しなさい。カタカタカタ、森を無駄に消しとばすだけだよ?」
 涙目で肩で息をしながらウチの母ちゃんが物騒な術式を展開していたが師匠はニコリとわらって手を翳すと術式は消滅する。
 カタカタカタと笑いながら師匠が姿を消すと世界は青に戻った。
 直後、時が止まり耳元に師匠の声が聞こえた。
『明日はお花見をしよう』と。
 余談だが、エレミアとマミさんは覇王宮の近くで果物をとっていたらしく師匠の全開の魔力放出で気絶してたらしい。 精霊王と龍王は形無しだったわけだ。 剣神ジェルスさんに至っては終始吐き続けていた為触れないでおく。


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