平和の双翼

羽瀬川 こなん

2話

駐屯地での食事は味わうものではない。
もう慣れてしまったのか、舌が機能しなくなってしまったのか分からないが最早味を感じない。


「何度食っても不味いな」
「そう言ってやるな」
「......減ったな」
「そうだな」


人も減れば口数も減る。
会話の話題を投げてくれるだけ、ヴェイルはよくやっていると思う。


「そういや、ジーン。お前はあのマクイルルス大隊の大隊長に助けられたんだってな」
「あぁ、そうだ」
「やはり強いか?」
「何を言う、少佐クラスだぞ。私たちとは比べ物にならない」


彼は少佐クラスより更に上を目指せる。
私はそう確信している。


「おい、見ろよ。例の大隊が帰還したぞ」
「というと...」
「落い払ったか......殲滅完了か」


おいおい、冗談を言え!
戦場にいた兵はざっと5万...多く見て6万だ。対する敵兵は50万。
どこからどう見ても数的不利なはず。
それを何食わぬ顔で、死ぬわけがないと言わんばかりの顔で、こちらへ増援に向かい、なんだ言わせてもらえるなら気が晴れたような顔をして帰還しているではないか!


「化け物だ...」
「おまっ!静かにしろよ!」


思わず本音を漏らしてしまう。


「...右にいるのがルンヘック・エーベルヴァイン少佐で、左がアダウィン・シェーンベルク少佐か......しっかりした青年だ。ま、俺とたいして年は離れてないけどな。」


両少佐共、中々端正な顔立ちをしている。
なるほど、民衆にたかられるわけだ。
1度経験してみたいと思ってしまうのは、男の性だろうか。


「俺は断然アダウィン派だな!あの方の魔法はなんか引き寄せられるんだよ!魅力的っつーかなんつーかさ」
「呼び捨ては止めろ。年下とはいえ階級は向こうの方が上だぞ」
「聞こえてないだろ」


経験則から言わせてもらう。
階級が高い人ほど地獄耳なのだ。
絶対に聞こえている。
故に私の注意は正しい。
これで私は見事に保険をかけられたというわけである。


「お前はどうなんだよ?」
「私は......」


正直どうでもいい。
人気投票をしたところでこちらに何の利があるのだろうか。
ここにメイリーがいたら......。
......やめよう。


「強いて言えば、エーベルヴァイン少佐かな」
「ルンヘックか!」
「......声が大きい」
「やっべ!」


本当にこいつは...


「私が何か?」


首筋のあたりにピリピリとした痛みを感じる。
光電魔法か何かだろうか。
比喩ではない。
本当に痛むのだ。
本当に痛むので振り返る。
鬼の目をしたエーベルヴァイン少佐が立っていた。
私の予想が当たるというなんとも素晴らしい瞬間だった。


「はっ!小官はヴェイル・ブッシュ伍長!201第二小隊所属であります!」
「...はっ!小官はジーン・バルト伍長!同じく201第二小隊所属であります!」


遅れて名乗り出る。
いや、きっと少佐殿はそういうことを聞いているわけではないのだろうが、私だけ名乗らないのもおかしいので便乗する。


「あぁ。あのときの......出身を聞こう」


助けてくれた時のことを思い出したのか私の方を向いて質問を投げる少佐。


「はっ!ライフェン士官学校であります!」
「ほう。懐かしい名前だ。」


一瞬緩める口元を私は見逃さなかった。
まさか少佐殿は士官学校卒なのか?
それにしても。しかめっ面するよりも口角上げるべきだな。
悪くない。


「ルンヘック。何を寄り道している?早く行かないとお嬢にまた冷やかされるぞ」
「...お嬢?」


お嬢とは誰なのだろうか。
そういう呼び方をするということは彼らよりも幼いということだろうか?
争いの耐えないこの世界で、そんな幼い女の子が何をしているというのだ。
もし軍人として雇用しているのならば、いくら帝国が能力主義とはいえ、そんな幼子を戦場に送り出すなど狂っている!


「そうだったな。貴君らのこれからの戦績に期待している。」


無論私の問いかけは届かず、少佐は綺麗に敬礼し去っていった。


「あっぶねぇ...」
「本国に強制送還されるかと思ったよ」
「それはないだろ」
「笑うな!」
「すまんすまん」


誰かこいつに危機管理能力を身につけるように教育してやってくれ。


ゾンビのような声をあげる被弾者を背後に、不味い食事を食べる。
いつか少佐殿の元で戦争に行くようなことになったときには、術式の組み方、その他諸々ご教示いただきたい次第である。


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