バミューダ・トリガー

梅雨姫

三十一幕 にゃんにゃん雑貨店


雲雀 鈴ひばり すずは、商店街前のバス停から商店街に向かって左側の通りに入った。

目的は、「にゃんにゃん雑貨店」なる店に立ち寄ることだ。
午前は、墓参りの前後で様々な出来事に直面した鈴は、癒しを求めてこの店に来た。
「にゃんにゃん雑貨店」の売りは、その名の通り「猫」である。猫グッズが数多く取り揃えてあるのは勿論のこと、本物の猫まで飼われているこの店は、猫好きにとっては聖域なのだ。
そして、お祖母ちゃんっ子だった鈴は、生き物好きな祖母の影響もあって生き物―
―特に猫が好きである。

よって、今日はこの店に立ち寄ったのだが―


「何でこんなところに神河がいるの?」

「げっ!鈴っ?!」

先客がいた。
赤く艶やかな髪としなやかなスタイルは、物語のヒロイン枠にうってつけな要素だが・・・は男である。

神河 輪人かみかわ りんと

全国各地で起きた少数事件―

―厄魔事件《バミューダ》によって家族を失った男子。
彼は、怪校生かいこうせいとして昨年から鈴たちと共に学校生活を送る、高校二年生だ。

「「げっ!」って何よ「げっ!」って!・・・それより神河、猫好きなんだぁ?」

自称クール系男子神河輪人の思わぬ趣味を見つけた鈴は、ここぞとばかりに輪人をからかおうとけしかける。

「悪いかよ!あぁ、俺は猫が好きだ!」

「うわ、すごい熱烈な意思表明・・・公共の場で出す声量じゃないわよ?」

「あ、やべぇ」

周囲の視線が輪人に刺さる。
しかし、ある人はふて顔の猫を抱いて頬を赤らめ、またある人は猫耳と尻尾を装着して居たりしているため、攻撃力としてはさほどでもなかった。

「じゃあ俺、そろそろ失礼するかな。昼飯、まだ食ってないし・・・」

「待ちなさい、神河。私も行くわ」

流石に場違いな声量を自覚して退散を図って店を出た輪人を、鈴が呼び止める。

「な、何でだよ。お前は今来たばっかだろ?その・・・い、癒されに来たんじゃねぇのか?」

「まあ、そうだけど・・・ちょっと話したいことがあるのよね・・・」

(俺に話したいこと・・・?《バミューダ》に関係することか、でなきゃ「厄魔の精霊」についてか・・・)

「・・・わかった、俺の家に来い・・・・・・

瞬間、時が止まった気がした。
舌足らずな言い方になってしまったことを悔いる暇もなく、冗談でなく鈴の頭から湯気が立ち上ぼり・・・

「ちょっ、神河あんた正気?!よくもこんなに堂々と同級生の女子を家に誘えたものね!お断りよ。いかがわしいコトされるに決まってるわ!最低!」

赤面して鈴が叫ぶ。
と同時に、俺の心に少なからず傷がつく。

どうやら俺の言葉を誤解したようだ。

(ってか俺、今の一言でそんなやつだと思われたのかよ?!信用無さすぎて泣けてくるな・・・)

「何言ってんだ?昼飯に着いてくるって言ったのは鈴だろ?」

俺は、あくまで平然を偽って切り返す。

「え、家でご飯食べることになってたわけ?」

「全くもってその通りだ。あと、さっき公共の場で出す声量じゃ無いとかなんとか言ってたよな?」

つい先程の鈴のセリフをそっくり言い返した俺は、辺りを見回した上で僅かに口の端をひきつらせる。

「・・・あ」

遅れて鈴も、周囲の状況に気づいたようだ。

民衆の目による多数決の結果。

完全に軽薄で女誑しおんなたらしなペラペラ男だと誤解された俺と、過度な被害妄想少女に認定された鈴は、逃げるように倉橋家へと走ることになった。


――――――――――――――――――――――――


昼になり、ようやく昼食を終えた諒太と翔斗が、商店街から出た。

「いやぁ、やっぱ去年見つけたあのラーメン屋最高だな!」

「そうだね、ラーメンはもちろん、餃子や麻婆豆腐とかも凝ってて美味しいんだよね」

「諒太は今日、午後から何か用事あるか?」

「うーん、特に無いよ。まあ、家に帰ったら京子と一緒に、第四十三回カフェモカブレンド大会と第十三回トリックアート鑑賞会を開くけどね」

「わ、分かった。その話はひろげるな」

高確率で暴走する、諒太のロリコン炸裂妹話を、翔斗が間一髪止めにかかる。

「翔斗くん、ひどいなぁ・・・それにしても、朝のアレ、凄かったよね」

「ん?ああ、《風読》のことか」

話題となったのは、午前に起こった驚きの現象。諒太が口にしていない事柄に対して、翔斗が考えを「読んで」応えた件についてだ。

「そうそう!輪人くんにも、早いとこ伝えたいね」

「ああ、そうだな!きっと腰抜かすぜ!」

翔斗が嬉々として諒太に笑顔を向ける。
その満面の笑顔につられ、諒太も微笑み返したその時。

ビュンッ

とてつもない早さで、見知ったような二人の人物が諒太と翔斗の横を走り抜けていった。

「諒太、今の・・・輪人か?」

「それと・・・隣で手を引かれてたのは雲雀さんだよね」

(輪人、お前そう・・だったのかよ!頑張れよな!)

(輪人くん、明日ぬくいさんという人がいながら・・・やるねぇ)

こうして、輪人の知らない間に新たな誤解が生まれたことを、神河輪人本人が知る由もなかった。


――――――――――――――――――――――――


息せき切ってなんとか倉橋家にたどり着いた輪人と鈴は、リビングのテーブルを挟んで椅子に腰かけた。

「ふぅ、疲れた・・・」

「はぁ、私の方が疲れたわよ。男子とは基礎体力が違うの!」

「悪かったって。昼飯は出すからさ」

「む・・・仕方無いわね」

(よっしゃ、やり込めた!!)

歓喜の念は悟られないよう配慮しつつ、俺は鍋の蓋を開けて、二人分のシチューを皿に移した。
鈴はまだ、俺が何かしないか警戒して睨みを効かせていた。
しかし、誠実そのものな俺の態度と、何より、提供したシチューの美味しさに、流石に考えを改めてくれたようだった。


「じゃあ鈴、聞かせてくれよ。何か話すことがあったんだろ?」

「ああ、それね・・・」

カチャ

一気にシチューを掻き込んだ鈴が、スプーンを置いて俺を見据える。

「私の能力についての、話なの」






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鈴は輪人に、祖母の家での事、帰りの坂道での事。今日あった出来事をすべて話した。

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双蛇の輪デュアルスネイク」との対峙まで、残りわずか。

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