バミューダ・トリガー

梅雨姫

十六幕 裏

地下に行くには、怪校の地下へ繋がる中央階段を下りるのが最も早い。

他に、短距離で地下と繋がる非常用の階段もあるにはあるが、緊急時の怪校の生徒の避難を前提としているため、非常用の階段を使っても怪校の教室にたどり着くだけだ。

それに、非常用の階段の出入り口には、他の商業施設等よろしく扉が取り付けられており、幅も狭い。

一刻の猶予も許されない状況である以上、中央階段を使うのが得策だろう。
無事な生徒(学年が違う植原京子を含め)七人で、エントランスを駆ける。

幸い被弾しなかった儚と明日香が、影近と零をそれぞれ抱き上げ、同じく無事な俺が鈴を担ぎ上げ、秋仁と頼矢が協力して翔斗を運ぶ。
上半身を秋仁が、下半身を頼矢が担いでいるため、翔斗はかなり派手に揺られている。

「神河、お前俺より力あんじゃねぇのか?何で俺が黒絹でお前が雲雀なんだよ」

確かに俺の方が超インドアでオタクの秋仁よりは少しぐらい高い腕力を発揮できるだろう。

しかし、だ。

「後々、男子に担がれたって鈴にバレたりでもしてみろ、次の日同じ顔でいられるとは思えねぇだろ」

鈴の事だから、そんなことが知れようものなら問答無用で拳を振るうだろう。

俺が鈴を運んでいる理由は、活発で筋肉質な鈴が(ここだけの話)、撃たれた女子三人のなかで一番体重が重かったからだ。

個人的には、剣道をしている影近が最も重いだろうと(失礼にも)思っていたが、彼女は案外体つきがしなやかで身軽だった。
ちなみに体つきがしなやかで身軽であると確認するに至った経緯は一切話す気はない。

断固、話さないったら話さない。

「それに、俺だって余裕で翔斗を抱えられるほどには鍛えてねぇよ。それに、頼矢も一緒に運んでくれてんだから、文句は無しだ。運びにくいかも知れねぇが、翔斗は体が強いから多少乱暴に運んでも・・・恐らく、それなりに怪しいが、多分、問題無いはずだ?」

「聞くなっ!」

秋仁が思わず突っ込みを繰り出した。

ずっとだんまり状態の頼矢が気になり、それとなく彼の名を出してみたが、当の頼矢は無反応だ。

実は、先程皆が撃たれたときから、もっと言えば、今夜の作戦を考えていたときから殆ど誰とも会話していない。
頼矢と会話したときといえば、俺が頼矢をちらっと気遣って、緊張してないかと声をかけたとき、「別に」と流された時くらいなので、まあ、話していないようなものだ。

「まぁ、息もある上目立った怪我もねぇし、大丈夫ではあるか」

秋仁がなんとか納得したらしく、呟く。
いくら翔斗の体が強いと言っても、さすがに怪我をしていればもっと丁寧に扱うべきだ。

だが今回は違った。

確かに五影兄弟に撃たれたはずの四人は、気を失ってはいるものの、誰一人として外傷を負っていなかった。
もし、怪校を壊滅させることが敵陣の狙いであるならば、能力をもつ可能性のある生徒を生かしておく必要は無いはずだ。

怪校の生徒を生け捕りにして敵の勢力として加えることが目的、という可能性は、あるいはあるのかもしれないが。

「なあ」

唐突に口を開いたのは頼矢だ。

「どうしたんだ頼矢?」

頼矢の方から話し掛けられることなど、怪校に転校してから数えるほどしかなかった。

というか、多分今ので二回目くらいだ。

「おかしくないか?」

いささかざっくりしすぎな発言に思えたが、普段滅多に話さない頼矢の意見だ。先を聞くに越したことはない。

「・・・と言うと?」

「警察側だ。何故俺たちを保護する手段を用意していない?なぜ、危険とわかっている誘導の役割に、俺たち怪校生だけを配置した?」

「それは、警察の人間は能力者に有効な対抗策を持たないからじゃないのか」

「それが信用できねぇんだよ。退避場所や救護の部屋を、もっと近場にするぐらいのことはできたはずだ」

確かに、怪我人が出たときのための備えとしては配慮が足りないように思える。

「地下にしか空いてる部屋がなかったんじゃないかな?」

ひらめいたりとばかりに会話に参加するのは儚だ。

彼女は目が見えない。

だが、積み重ねた月日は視覚の代わりに聴覚を鋭敏にし、反射する音を頼りに障害物の位置を把握することを可能にしている。今儚が階段を駆け降りられているのも、その卓越した感覚が故だ。

「いや、警察の奴らが作戦会議だのに使う部屋が空いてるはずだ」

頼矢は淡々と切り返す。

「そっか。そうだよね・・・」

「確かに疑問ではあるけど今は合流が先。そうでしょ、輪人くん」

先を行く植原兄妹の兄、植原諒太が顔を向ける。間もなく地下練習場に到着する。先程翔斗たち四人を異能と思われる力で気絶させた五影兄弟がいるはずだ。
気を引き締めなくてはいけない。

「そうだな、皆、集中だ」



―――――――――――――――――――――――――



警察署の地下。
怪校の生徒の誰もが知らないもうひとつの部屋に、男たちはいた。

警察署の「特別治安部セーフティーズ」。

正式名称「能力者特別警戒部」の隊員、その一部だ。

薄暗い空間。

吹き抜けの広々とした部屋。四角く並べられた長机に、木彫りの椅子。部屋を照らすことより、雰囲気を演出すことに徹した照明。その橙の光を受ける、深く黒く統一された制服。

目配せ、目配せ、目配せ。

それだけで、彼らの意志疎通は十分に、確実に完了する。

最高司令塔である―

迫間 喋悲さこま ちょうひ能力によって・・・・・・

「各位。これより、君たちの能力も・・・・・・・使ってもらうことになる。心してかかれ」

まだ三十歳前後と見える男。

無精髭を生やし、若々しさを宿した表情と体格。

しかし迫間 喋悲の「若々しさ」には、一つ欠けているものがあった。

光。

どこか、「何か」を見据えた目。
同時に、何もかもを置き去りにした盲目的な目。
そこには、光が差す隙など無かった。

迫間は感情の宿らぬ目で小さく微笑み、やがて深く笑む。

「ここからは、俺の計画ゲームだ」

その言葉を皮切りに、制服の男たちが動く。
ある者は電子機器を忙しなく操り、またある者は自らの《トリガー》を握る。制服の男たちはやがて散らばる。

―そして、永井 幸四郎は多目的エリアへの廊下を歩いた。

「やれやれ。俺一応、年上なんだけどな・・・使えない方の・・・・・・特別治安部にバレないようにするの、結構大変なんだっつの」


―――――――――――――――――――――――――


最後の階段を降り、曲がり角を曲がると多目的エリアの扉が目にはいる。

「輪人くん!」

どこか緊迫した諒太の声。

「ああ、着いたぞ。急いで宮中先輩を探して状態を診察してもらおう!」

「違う!」

突然の大声。
諒太にしては珍しく、恐ろしく、どこか戦慄しているような声。

「・・・なん、で?」

諒太の隣で手を繋ぐの京子も、愕然と、目を見張っている。

「これは、?」

「くそっ!どういうことだっ!」

追い付き、その異常に気づく。

「「・・・っ」」

少し遅れて駆け入った明日香たちが息を飲む。

(・・・誰もいない・・・・・・?)

そこにいるはずの、警察側から出されるはずの救護班も、高校生三年部の宮中 大黒も。
だれも、いない。

「まだだ」

頼矢の声に、空白の時間から己を取り戻す。

「まだ、って、なんのことだ?」

七人の中で最も平静を保っている頼矢に、誰もいないことへの疑問のなか、答えをすがるように尋ねる。

「ここは訓練場に近い。そうだな?」

当然、肯定だ。

本命の迎撃ポイント、もとい戦場は地下練習場だ。これが救護の部隊が地下配置になった理由の一つでもある。

「ああ、それが一体・・・」

「音がない。こんなに静かなわけがない」

これまでより僅かながら緊張を見せる頼矢に突きつけられた事実に、身の毛がよだつ。

―まさか、二年部俺たち以外も―?

「諒太、鈴を頼む!」

鈴をその場に下ろし、即時、訓練場へ向かわんと廊下を蹴る。

「輪人くんっ!」

制止を振り切り、駆けた。
自分が飛べないことをもどかしく感じ、呪いながら息を弾ませる。
事実を、事態を把握するために。
既に人を担いで階段や廊下を走っている両足に更なる負荷をかけて、ひた走る。

訓練場に着くまで、僅かに十数秒。



「ハァ、ハァ、・・・・・・、くそっ」

立ち尽くす。

二、三階建ての建物を吹き抜けにしたほどの空間に、人の気配はない。
誰もいない、どころではなく、人がいた気配すらない。

(どうしてだ!なにが、あったんだっ!!)

正面を睨んでも、ただ静かなコンクリートの壁が目にはいるのみだ。もとより窓がなく、空調が調わない場所ではある。しかし、それを差し引いても先日入ったときとはまるで違う空気。
何か、底知れぬ悪寒に脚が竦む。背筋を冷たいものが走り、警鐘を鳴らす。

(戻らねぇとっ)

振り返り、駆け出す。

再び息を弾ませ、走る。

多目的エリアに入り

そして俺は目にする事となった。





「・・・あ、?」




静寂に包まれた、誰もいない空間を・・・・・・・・



恐怖と焦燥に、支配される。


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