久遠
第3話 せ
覚えているのはあの日の闇。
直江の眼前に広がる夜空の深い青。
その青にピッと赤が付着する。
……なんだろう、これ……?
赤が視界をどんどんと埋めていく。
血だ。
目に血がかかっていることに気づくまでずいぶんと時間がかかった。
これは今よりも何ヶ月も前のこと。
彼がその鬼と出会った時のこと。
「こんなガキがハンター気取って襲いにくるなんて……私も舐められたものね」
一人の男が立っている。
男の癖に女みたいな口調。
服屋のマネキンみたいに細く整った体型。
燃えるような赤い髪に獣じみた雄々しい瞳。
美声年とは彼のようなことをいうのだろう。だからこそ、そのオカマ口調が浮いて聞こえた。
……誰だ、こいつ……なんだ……僕……なにして……。
直江は地面に仰向けに倒れていた。
……なんで……ここ……どこ……?
半身を起こそうとした瞬間、焼けるような痛みが全身を貫く。
困惑して痛む場所に目を向けると着ているシャツが真っ赤に染まっていた。
出血している……。腹部を何か鋭利なもので切りつけられていた。
その事実に気づいて鼓動がはねた。
過呼吸に襲われるが息をするたびに痛みが増すので、必死に呼吸を抑えようとする。
けれど抑えようとすればするほど心拍数はあがっていく。
……落ちつけ……落ちつけっ、落ちつけ……!
少しも落ち着かない心臓。
痛みのせいか、不安のせいか、なんなのか。この時の直江はあまりにひどい状況に涙を流した。
しかし実のところ傷はかなり浅いものだったのだが、腹部を裂かれるという状況をいまだ経験したことのない彼はその傷を致命傷と勘違いしていた。
だから自らが死の淵に立たされていると思いこんでいた。
「あんた。仲間は?」
歩み寄ってきた男が直江の髪を掴んで顔を近づける。
彼はもう一つの手をまっすぐにピンと伸ばすと直江の目元に突きつける。
その手は血で赤く染まっていて、カミソリのように鋭い爪が生えていた。
これに腹を切られたのだ。
……思い出した。こいつは吸血鬼……もう何ヶ月も僕たちが追っている異形の存在……僕はこいつに一人で挑んで……。
「仲間はいるの?って、聞いてんのよ」
サッと男の手が動いた。
痛みが走って直江は叫ぶ。頬を横一文字に切りつけられたのだ。
男が「静かに」と血で濡れた人差し指を彼の唇に押しつけた。
「私の力で人避けはすませてあるけども、叫ばれるのは嫌いなの」
どうりで誰も助けにこないわけだ。
近くで踏切の音が聞こえる。
そして線路を走る電車。
街は動いている、けれど二人の周りだけはぽっかりとそこから切り離されているようだ。
血を流した直江も、その血にまみれているこの男も誰かに気づかれることはない。
「さて、どうやらお仲間もいないようだし。ここでディナーといきましょうか」
男が口元から荒い息と共に鋭い牙をのぞかせた。
直江は震えながらそれを拒否するように首をふる。
しかしそれを見て、はいわかったとやめる吸血鬼などいない。
「安心して。最後の一滴まで残さずにいただいてあげるから……」
より一層口を大きく開ける。
死という存在を直江は初めて認識した。
それはテレビやネットのニュースで事故や事件を知ることとは大きく違う。
急に視界がクリアになり、言いようもない闇のような何かが彼の心を覆う。
人間いつかは老いて死ぬ。死ぬ時は死ぬんだ。
彼は今まで死をわかったつもりでいた。自分という存在をどこか棚にあげて達観的に見ていた。けれど何もわかっちゃいなかった。
死はこんなにも恐ろしいものなのか。こんなにも逃れたいものなのか。
首元に牙が迫り来る。
いやだ………いやだ、いやだ!死ぬのは嫌だっ!
うわああああああああああああ―――――!
「―――せッ!」
突然、直江はその一文字を叫んだ。
直江の眼前に広がる夜空の深い青。
その青にピッと赤が付着する。
……なんだろう、これ……?
赤が視界をどんどんと埋めていく。
血だ。
目に血がかかっていることに気づくまでずいぶんと時間がかかった。
これは今よりも何ヶ月も前のこと。
彼がその鬼と出会った時のこと。
「こんなガキがハンター気取って襲いにくるなんて……私も舐められたものね」
一人の男が立っている。
男の癖に女みたいな口調。
服屋のマネキンみたいに細く整った体型。
燃えるような赤い髪に獣じみた雄々しい瞳。
美声年とは彼のようなことをいうのだろう。だからこそ、そのオカマ口調が浮いて聞こえた。
……誰だ、こいつ……なんだ……僕……なにして……。
直江は地面に仰向けに倒れていた。
……なんで……ここ……どこ……?
半身を起こそうとした瞬間、焼けるような痛みが全身を貫く。
困惑して痛む場所に目を向けると着ているシャツが真っ赤に染まっていた。
出血している……。腹部を何か鋭利なもので切りつけられていた。
その事実に気づいて鼓動がはねた。
過呼吸に襲われるが息をするたびに痛みが増すので、必死に呼吸を抑えようとする。
けれど抑えようとすればするほど心拍数はあがっていく。
……落ちつけ……落ちつけっ、落ちつけ……!
少しも落ち着かない心臓。
痛みのせいか、不安のせいか、なんなのか。この時の直江はあまりにひどい状況に涙を流した。
しかし実のところ傷はかなり浅いものだったのだが、腹部を裂かれるという状況をいまだ経験したことのない彼はその傷を致命傷と勘違いしていた。
だから自らが死の淵に立たされていると思いこんでいた。
「あんた。仲間は?」
歩み寄ってきた男が直江の髪を掴んで顔を近づける。
彼はもう一つの手をまっすぐにピンと伸ばすと直江の目元に突きつける。
その手は血で赤く染まっていて、カミソリのように鋭い爪が生えていた。
これに腹を切られたのだ。
……思い出した。こいつは吸血鬼……もう何ヶ月も僕たちが追っている異形の存在……僕はこいつに一人で挑んで……。
「仲間はいるの?って、聞いてんのよ」
サッと男の手が動いた。
痛みが走って直江は叫ぶ。頬を横一文字に切りつけられたのだ。
男が「静かに」と血で濡れた人差し指を彼の唇に押しつけた。
「私の力で人避けはすませてあるけども、叫ばれるのは嫌いなの」
どうりで誰も助けにこないわけだ。
近くで踏切の音が聞こえる。
そして線路を走る電車。
街は動いている、けれど二人の周りだけはぽっかりとそこから切り離されているようだ。
血を流した直江も、その血にまみれているこの男も誰かに気づかれることはない。
「さて、どうやらお仲間もいないようだし。ここでディナーといきましょうか」
男が口元から荒い息と共に鋭い牙をのぞかせた。
直江は震えながらそれを拒否するように首をふる。
しかしそれを見て、はいわかったとやめる吸血鬼などいない。
「安心して。最後の一滴まで残さずにいただいてあげるから……」
より一層口を大きく開ける。
死という存在を直江は初めて認識した。
それはテレビやネットのニュースで事故や事件を知ることとは大きく違う。
急に視界がクリアになり、言いようもない闇のような何かが彼の心を覆う。
人間いつかは老いて死ぬ。死ぬ時は死ぬんだ。
彼は今まで死をわかったつもりでいた。自分という存在をどこか棚にあげて達観的に見ていた。けれど何もわかっちゃいなかった。
死はこんなにも恐ろしいものなのか。こんなにも逃れたいものなのか。
首元に牙が迫り来る。
いやだ………いやだ、いやだ!死ぬのは嫌だっ!
うわああああああああああああ―――――!
「―――せッ!」
突然、直江はその一文字を叫んだ。
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