滔滔と、落ちる心

一夕 ヒ(いゆう ひろ)

降り積もる雪を追いかけて

 バイトは以前休み希望のときに申し出てこの日を休みにしてもらったし。
 部活ももちろん無く、家にも許可を取っておいた。
 あと気にすることと言えば…来ていく服か。
 どうしようかなぁ…。…げっ!?もう14時!?
 嘘だろ…早くしなきゃなぁ…。
 そう言って着替えを入れているケースかららしい格好で着飾り、ブーツを取り出し、コートを着て皮の手袋を履く。
 できるだけ格好つけたかったのである。
 もう少し時間があればもっと相応しい格好になっただろうが、残念ながらコートの内はパーカーとなってしまった。
 見慣れた道と、家の並びを辿りながら足早に向かう。
 一歩近づく度に鼓動が早くなり、顔が熱くなる。
 信号をひとつ待ち、渡って暫く歩けばそこに見える。
 ささっと反対の歩道へ渡り、インターホンを押す。
 改めて身だしなみを気にしながら、そわそわする気持ちを抑え出迎えを待つ。
 すると扉が不意に開いた。
 12月25日。町は聖夜と賑わう中。
 彼女、「千羽」の見た目はまさに寝間着。可愛らしいタオルケット。いつも付けているメガネ。
 そして、冷え〇タ。

 12月25日。今宵は聖夜と日本中が騒ぐなかで、彼女は熱を出していた。






 「…まぁ、うん。昨日来たから分かってるよ。分かってるけどさぁ…」
 「笑いながら言わないでよー。もー…」
 「ごめんごめん。熱はどれくらい下がった?薬は?飲んだ?」
 「えっとね。熱は下がったよ。6度5分だった」
 「すげぇ下がったな。昨日7度2分だったのに」
 平熱が低いお陰か、自身の体感する7度2分と、彼女の体感する7度2分は1度違う。
 1度違うだけでもきっと熱さは変わるだろうから、油断はできない。
 それに彼女はどうしてか体が弱く、こういった熱や流行り風邪にはとことん付きまとわれる。
 「薬も飲んだよ。処方箋しょほうせんじゃないけどねー」
 「はいはいわかったよ。んじゃ大人しく寝てなさいな」
 「えー!?せっかく榧野が来たのに寝たくないっ」
 でもそうしなきゃ治りませんよ千羽さん。
 「分かったって。腕枕してあげるからそれで寝てな。おーけー?」
 「わかったっ」
 ふんすっ!とオノマトペがついてそうな具合でとてもじゃないが熱とは思えない返事だった。
 …実は嘘か?お?
 余談だがこの一週間後、俺は熱にかかっている。
 友人の家でたこ焼きパーティーした時に気づいた。
 なんとかその場は乗り切ったのだが、また五日後に再熱している。
 そうなることも知らぬまま、隣で嬉しそうに横になる彼女を見て「あ、こりゃ罹ってもいっか」と雑な気持ちになったことを後に後悔する。
 しっかし、横で見ていて思う。
 …まつ毛綺麗だなぁ…。
 ジロジロ見ていたのがバレたのか「なぁに?」と聞かれてしまう。
 「あ、いやぁ。まつ毛長くて綺麗だなってさ」
 「そう?そういう榧野だって、男子なのにまつ毛長いじゃん。うらやまー」
 「んなわけあるかい。長くねって」
 「それに顔も整ってらっしゃって…イケメン」
 「いやいや、それはない。ないから…??」
 やはり前々からとは言え、こいつの目は狂っている。
 俺をイケメンだなんて…まったく…いや、嬉しいこともないんですよ?はい。すみません。
 「…そういうとこも可愛いよ。うん」
 「どういうとこだよもぅ」
 ぷくーっと膨らませた頬を優しくつつく。
 ふと、くすっと笑った。お互いに顔を見合せ、もう一度笑った。
 ストーブの音。俺達が動く度に服と布団が衣擦れを起こす音。笑い声。外で吹く冷たい風の音。
 すべてが、いとおしい。
 いつしか、優しく微睡んでいた。
 そしてその微睡みに誘われてゆっくり瞼を落とした。






 「はい。わかりました。…すみませんでした。失礼します」
 扉を閉め、暫く閉じていた瞼を開けた。
 どうも自分はイライラを抑えようと強く目を閉じる癖があるらしい。
 お陰で瞼の内側?なんて言うの?その辺りが変な感覚する。言葉って難しいわ。
 先の昼休みでの口論が先生に伝わり、その女子と俺で呼び出されていた。
 あの女…次会ったら性欲の溜まった俺を解放してやる…。
 ガルルルと威嚇し下品なことを考えながら、6時間目の準備をしようと教室へそそくさと戻る。
 6時間目は…古典かぁ…。
 「睡眠学習だなこりゃ」
 単語テストを終えたらすぐ寝よ。そんなことを考えながら2階から3階へ上がろうとした時。
 横を通りすがった。
 反射的に下へ顔を向ける。そこには楽しく談笑しながら歩いている彼女だった。
 またひとつ、ちくりとどこかが傷んだ。
 この傷は何度抉り返されれば癒えるのか。
 この愚かさは何度間違えれば学ぶのか。
 幾度となく反芻し問いただし答えを導こうとしたが、どれも違った。正しい答えを見いだせず、今もまだもがいている。
 そして気づけば自分は教室の前にいた。かなりぼーっとしていたみたいだ。
 自分の席へ向かい、教科書を取り出しまた先程の廊下を歩く。
 この高校は単位制のため、進学クラスと就職クラスで授業が異なる。
 そして、彼女と俺は進学クラスだから必然と同じ空間にいることになる。
 それが陰鬱だ。鬱屈だ。鬱憤だ。
 なぜなら長く同じ空間にいるだけで、ちくちくと何本も針が刺さるから。
 女々しいな。






 10月に、俺は恋をした。
 きっかけは相談からだった。
 何もかもがどうでもよくなるくらいに、心臓の鼓動が早くなる。
 耳は遠くなり言葉も聞こえない。口は急かしたように小さくぱくぱくとしている。頭の中は会う度に真っ白になる。
 今でも、あの10月に見せた儚い笑顔を覚えている。
 それと同時に、心苦しくなったことも。
なぜならって?


 相手には彼氏がいたからさ。

「エッセイ」の人気作品

コメント

コメントを書く