ユミコ

5千円札

 初夏。まだ梅雨の湿度が残り、まとわりつくような熱気で目が覚めた。古いリサイクルショップで買った扇風機が、ミシミシと音をたてながら首をふっている。汗でへばりついたシャツをはがしながら起き上がった。
 13時。どうりで日差しが強い。1年ほど前から同棲している彼女は仕事に行っている。節約でクーラーを禁止されているので、アイスクリームと扇風機で暑さをごまかす。
 先月。上司と上手くいかず勢いで会社を辞めてしまった。新しい仕事を探さなくてはいけない。ボーナスも使い果たし、そろそろ貯金に手をつけなければならないのだ。
 散らかった机から求人雑誌を探していると、手の甲をつるりとすべる何かがあった。かきわけてみると、5千円札である。
「あれ。こんな所に置いたかな」
偶然5千円を手に入れラッキーだと思い、使い道を考えながら家を出た。
 「ちょっと。あれ知らない?」
その日の夜、仕事帰りの彼女が言った。瞬時に俺の頭には件の5千円札が浮かび、同時に、まずいと思った。
「え、何のこと?知らないけど」
既に半分ほど使ってしまったので、バレるわけにはいかない。
「ええ。あれ楽しみにしてたのに。本当に知らないの」
俺は知らないと場をやり過ごした。あれは彼女の5千円だったのか。来月に控えたライブへの蓄えだったのだろうか。それとも何か欲しい物でもあったのだろうか。しかし今更告白することもできない。何かできることはないかと考えをめぐらせた。
 「やっぱりあなたが食べたのね」
次の日の夜、仕事帰りの彼女が言った。俺は5千円の残金で買ってきたアイスクリームをわたし、彼女は美味しそうにそれを頬張った。

コメント

コメントを書く

「文学」の人気作品

書籍化作品