ひとりにしないで。
ひとりにしないで。
少し歩いて、振り返る。
また少し歩いては振り返る。
梅雨の中休みとはいえ、湿度が高い夜。
月明かりは心もとなく、点々と灯る街灯と街灯の間は暗く不安感が肥大する。
じっとしていても空気の中の水分に息苦しささえ覚える。首筋を汗が走る。綿のシャツが体に張り付く。気持ちが悪い。
「今日は、何処へ行こうか?」ぼくは問うた。
背後の君から返事はないが、おそらく何処へでもついてきてくれる事をぼくは知っている。
君は、ぼくの後ろにぴったりとその足を添え、しかし、決してぼくとの距離感を違える事なくついて来ている。街灯の光の中、それを確認してはぼくは安堵する。
ひとりではない。
「君がいればそれでいいよ」ぼくは前を向き直して、そうポツリと呟いた。
前から歩いてきた若いサラリーマン風のスーツの男が顔を上げ、訝しげな視線を投げかけてきたがぼくは気にしない様にした、そちらも見ない。
ガサゴソと無粋な音を立てるコンビニの袋を下げたそのサラリーマン風の男は、一瞬でぼくへの関心を失ったようですぐまた手元のスマートフォンへと視線を落として歩き去って行った。
「君とぼくの間のことなんて、誰にも理解されなくていいんだ。そうでしょう?」
ぼくはまた振り返る。
街灯の真下にいるから、君はとても色濃い。
小さく縮み、ぼくの足にまとわりつくようにしている。クスリと笑ったような気がした。
(そうね)
と、言ってくれた気がした。
ぼくらは、夜の中で逢瀬を重ねる。
月明かりのなか、街灯のなか、
薄明かりの中で逢瀬を重ねる。
君はぼくであり、きっとぼくも君なのだろう。でもぼくは『ひとりではない』それ以外のことには無頓着だ。
君が何者でも、構わなかった。
ぼくをひとりきりにしなかったのは、生涯君だけだったろう。それが大切なのだ。
遠くでサイレンの音。
水っぽい空気が振動する。
シャツが体に張り付いてくる。
街灯から街灯への間はとても暗い。
君が見えない。君が見えない。君が、
「ひとりにしないで」
ぼくは祈るようにまた振り返る。
コメント
CASEKI
@六月菜摘さま
ありがとうございます☺︎何となく夜 散歩をしながら考えたお話でした。
六月菜摘
その存在は、影なのかな。と考えながら
ひとり歩いてるシーンと響きがすきでした。