囚人

しのじい

私との対話

 私は神になった筈だった。
 しかし、こうして今私は時間に囚われ、時間の囚人となってしまっていた。
 未だに状況を理解できなかった。いや、理解したくなかったのかもしれないが。
 
 ーお前は何をしているんだ?
 不意に私の声が聞こえた。ぱっと顔を上げると、そこには私がいた。
ーお前は何をしているんだ?
 もう一人の私は質問を繰り返した。
 「私は今、時間に囚われている」
 私は答えた。すると、もう一人の私は鼻で笑った。
ー時間に囚われている?お前は何を言っているんだ?そんな訳ないだろう?冷静に考えてみろよ。時間に囚われた人なんて聞いたことないだろう?
 もう一人の私が言っている事は尤もだった。が、納得できなかった。すると彼は口を開いた。
ー納得できないって顔だな。お前は時間に囚われているから体と心、意識の乖離が起きているって思っているんだな?
「ああ、そうだ。何か違うか?」
ー違うも何も、時間に囚われる訳ないだろう。それによって乖離が起きる事も。
お前は、体を動かして、自分が何か失敗を起こすことを恐れているんだ。その為に、時間に囚われたとか、乖離が起きたとかっていう訳の分からない理由をつくったんだ。アドラーに言わせてみれば、目的論、というやつだ。ほら、試しに腕を動かしてみろ。
 私は彼に言われるがままに腕を動かそうとした。
「あれっ、おかしいな。動かないじゃないか。」
ーそんなことはないさ、お前の意思が弱いだけだ。もっと!心の底から動かそうと思えばいい。
「なるほど」
 再び動かそうとした、今度は強い意思を持って。
 「動いた…ぞ」
 私の右手の人差し指の第一関節が折れ、指先は私の顔の方を向いた。
ーよぉし来た!そのまま立ってみろ!
 立つ?いきなりの大きな動きに少し動揺しながらも脚に力を入れた。
 「た、立てた!」
ー漸く自己欺瞞から少し抜け出せたな!
来るぞ!
 彼はそういうと、彼の体は砂のようにサラサラと風に吹かれ、崩れた。
「おい、おい!」私は叫んだつもりだったが声は出なかった。
 それと同時に私の視界は急に暗転した。

 

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