Umbrella

高嶺

ごめんなさいよりありがとう

これが全てだ。

私のトラウマ、忘れたい過去。



今でも鮮やかによみがえる。

耳に痛いフェンスの金属音と彼の声。
恨むようなあの目をいつまでも覚えてる。


青くんにつけられた心の傷は、いじめよりも
ずっと深くて、きっともう治らない。



大切な人に裏切られることの辛さ。

今までもこれからも、消えないのだろう。



ーーーーー


3人は、最後までただ黙って聞いてくれた。


「悪い」
最初に切り出したのは祇園さんだった。

「西野さんがここに来て、最初の頃、
 俺、傷つけるようなこと言った」


私は首を横に振った。
違う。
祇園さんが悪いんじゃない。





「私、死のうと思ってました」

私は語りだす。

「怖くて、痛くて、辛くて、もうどうしようも
 ないくらいに生きる意味が見つからなかったん
 です」



「でも雫ちゃんは今、生きてる」
エマさんが優しい声で、確かにつぶやいた。



「私は助けられました。
 あの日、青くんから逃げて私は商店街で
 動けなくなったんです」


だけどーーーーー

「雨の中、誰も知らんぷりでした。 
 その時、ある男の人が私に傘を差し出してくれたんです」


「ドラマチックで素敵ね」
エマさんが笑ってくれて、私はほっとする。


「その人の目があまりに真っ直ぐで、私は
 すごく嬉しかった。こんな私を心配してくれる
 人がいるなんてって思いました」



死んじゃいけない。

死んだら全部終わっちゃうから。



生きていれば、いつか私はーーーーー








でも、これだけは確かだ。

「私、今ここで働けてすごく幸せです」


私は笑った。
これは嘘なんかじゃない。
心の底からこの場所が好きだと伝えたい。


「だから、ありがとうございます」

私は深く頭を下げた。



下を向いたとき、目から滴が落ちた。

あーここに来てから泣いてばかりだ。




「迷惑かけて、ごめんなさい」





「馬鹿じゃねえの」

つぶやいたのは、祇園さんだった。


「人間なんて誰かに迷惑かけなきゃ、生きてけないだろ。全部1人で背負えると思うな」


ぶっきらぼうな中に誰よりも優しさが見える。
これが祇園さんだ。


「そうだよ!あたし雫ちゃんがいろんなこと
 秘密にしてるのすごく寂しかった。あたしだって雫ちゃんの先輩なんだよ!?」

エマさんの目がキラキラと揺れた。







「全部話してくれて、ありがとう。それを
 言ってくれるのをずっと待ってた」

さくらんぼさんが私に微笑んだ。




「僕は、雫ちゃんに内緒にしてることがある」

さくらんぼさんが真っ直ぐに私の目を見た。


「僕は前から君のことを知ってる」



予想外の言葉に驚く。




「学校帰り、よく店の前を通ってた。毎日
 傷ついた顔をしてるのに、1人で笑う練習を
 してるんだ」


「君がここで働きたいって言ってくれたとき、
 僕は本当に嬉しかったんだよ」





そうだ。
私はなぜかこの人に懐かしい、安心する何かを
感じた。

私も彼を知っていたのだろうか。







「よし!歓迎会しよう!」
さくらんぼさんが急に立ち上がった。



「2人が買い出しに行ってくれてる間に、
 実は準備してたの」
エマさんがいたずらっ子のような顔をした。







私は涙を拭う。



ここに来て良かった。


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