Umbrella

高嶺

メロンソーダ

「西野さんってさ」
二人きりになった途端、祇園さんは言った。
「何でここで働こうと思ったの?」

私は口ごもる。
それを察してか、それともただ社交辞令なのか
「ま、別にいいけど」
と、祇園さんが面倒そうにうつむく。

私は何も言えなくて、ただへらっと笑った。

何だか難しい人だ。



喫茶「Umbrella」で働きはじめて1週間。

歳が近いから、と私の担当をさせられたのは、
彼、祇園さんだった。

大学生で、私のひとつ年上。
綺麗な顔立ちをしているけど、いつだってその
けだるげな様子は変わらない。

そっけなくて、私は少しだけ苦手だった。

「俺、今日は午前中だけだから」
祇園さんは、一通りの仕事を伝えると、もう
帰り支度をはじめてしまった。

「今日はありがとうございました」
私は笑いかけた。

「あのさー」
祇園さんはいつにも増して不機嫌な声だった。
「それ、やめてくんない」

それ、が笑顔であると気づいたのは一瞬だ。
「え」
私はどもる。

「じゃ、おつかれ」

祇園さんは帰ってしまった。

1人になったキッチンで、私はただ立っていた。
心がぐるぐるする。

そんなに笑った顔、不細工だったかなあ。
これ、うざったかったかなあ。
祇園さんに迷惑、かけちゃったな。

そうやって思いこもうとしても、どうしてか
祇園さんが怖くなって、私はまた、
真っ黒な感情に飲み込まれそうになる。

弱い自分が悪いんだよ。

『それ、やめてくんない』
祇園さんの声がこだまする。

ああ、どうしよう。
駄目になったら本当に駄目になっちゃうから。
私は少しのことでくじけてしまうから。


祇園さんの言葉は、あの日の出来事を思い
ださせる。


『笑ってんじゃねえよ!』

『そうやってヘラヘラ笑ってるからお前はー』


苦しくて息ができない。

「雫ちゃんーメロンソーダお願いー!」
エマさんの声が遠くに聞こえる。

エプロンの裾をにぎりしめた。
ぐしゃぐしゃによれる。
手が震えた。



カランコロン
氷の音がした。

「ここはいいから」


さくらんぼさんだった。


私はただエプロンをにぎりしめて、
グラスに注がれるあざやかなグリーンを見た。

グラスに付いた水滴が、つーーっと流れた。

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