異世界モンスターブリーダー ~ チートはあるけど、のんびり育成しています ~
監獄生活(後編)
「クロウ……なのか……?」
間違いない。
囚人服を着ているので気付くのが遅れたが、たしかに俺の目の前に立っている男は以前に出会ったチート勇者に違いない。
男の名前はクロス・リュウキ――またの名を《双剣のクロウ》。
何を隠そうこのクロウという男は世界最強の職業『勇者』を与えられた、チート主人公の1人である。
「ふんっ。ようやく気付いたか」
驚愕の表情を浮かべる俺を前にした意味深な笑みを浮かべる。
最強の勇者がどうして監獄塔に?
どちらかというとお前は犯罪者を捕まえる側の人間だと思っていたのだが……。
「何をボサっとしている! 早く部屋に入らんかっ!」
「ぐふっ――!」
看守の男に尻を蹴り飛ばされたクロウは力なく部屋の中に転がった。
えっ。ええええええええええええ!?
なんだよ。それ!?
お前……何が『ぐふっ』だよっ!
キャラ崩壊にも程がある!
お前の特徴は『最強のチート勇者キャラ』じゃなかったのかよ!
「貴様が思っていることは手に取るように分かる。だが、勘違いしてくれるな。オレもまた貴様と同じように『衰弱の薬』を飲まされているだけだ」
「そ、そういうことだったのか……」
最強のチート勇者も状態異常には勝てないんだな。
クロウのことだから状態異常を跳ね返すスキルくらい持っているものだと思っていたぜ。
「……で、どうしてお前が監獄送りになっているんだよ?」
ここに関してだけは本当に腑に落ちない。
人間の身でありながらも魔族すら凌駕するクロウの存在は人類にとっての希望と言っても良い。
クロウが閉じ込められている状態では誰が魔王を倒すというのだろうか? 自殺行為も良いところである。
「分からないか? オレたちが監禁されることで一番得する奴は誰か? そうやって考えていくと自ずと真相に辿り着くだろう……」
そこまで言われたところでピンときた。
考えてみれば不自然な話である。
現代日本から召喚された人間が同時に2人も逮捕されたりするだろうか?
――俺たちはハメられていたんだ。
逮捕されたのは決して偶然なんかじゃない。
「――どうやら答えに辿り着いたようだな。魔王軍副官、《大賢者》ヒュンケル。結論から言うとソイツが『オレたち』をハメた男の名前だよ」
絶望的な状況にもかかわらず、ゆっくりとした余裕の口調でクロウは告げる。
「魔王軍随一の智将と謳われたヒュンケルは世界各地に使者を送り込み、人間の内政にも多大な干渉能力を獲得している。おそらく奴は魔王の復活に合わせて『目障りな存在』を消しにかかっているのだろうな」
クソッ!
キャロライナが連れ去られたことも、日本から召喚された勇者が逮捕されたのも全ては『ヒュンケル』という男の掌の上だったというわけかよ……。
「クロウ。教えてくれ。その、ヒュンケルっていう男が魔王を復活させたのか?」
「おそらくな。魔王城を動かすことが出来るのは――魔王としての器を持ったものだ。他の何者であろうとも魔王城を動かすことは出来はしない」
牢獄の中でクロウは魔王城の出現に関する経緯を事細かに語ってくれた。
事の発端は遡ることは1年以上前の話になる。
当時、魔王イブリーズの遺体は王都に厳重に保管されていた。
500年前に勇者に打倒された魔王は魂を失ってからも尚、強烈な魔力を放ち、魔族の手によって悪用されることを恐れたためである。
この遺体に目を付けたのがヒュンケルだった。
ヒュンケルは卑劣な手を使ってイブリーズの遺体を盗み出して、何らかの手段で遺体を蘇生させたらしい。
「やけに内情に詳しいみたいだな。どうしてクロウがそんなことを知っているんだよ?」
どう考えても不自然である。
実際に魔王軍に在籍していたキャロライナですら、魔王城の出現の経緯についてはハッキリと説明できなかったわけだからな。
「――当然だ。王都の警備を搔い潜りイブリーズの遺体を盗み出したのは、他ならないオレなのだからな」
「えっ。は? はい?」
コノヒトハイマナンテ?
流石に俺の聞き間違いだよな。うん。
「勘違いするな。カゼハヤよ。オレはヒュンケルの汚いワナにハメられたのだ。オレに遺体を盗むように願い出たのは妙齢の娘だった。ソイツの胸があまりに見事なものだったのでな。つい」
「つい、じゃねええ!」
「……ぐはっ」
感情を爆発させた俺はクロウの顔面を思い切り殴り飛ばす。
衰弱状態で弱り切ったクロウの体はゴロゴロと地面を転がった。
「このピュアピュア童貞野郎がっ! 元をただせば全部お前のせいじゃねーか!」
チート勇者としてのスペックにばかり目がいって、すっかりとクロウの弱点を失念していた。
絶対無敵の最強勇者の弱点――それは女の子に対する耐性値がその辺にいる小学生男子並みということであった。
おそらく今回の牢獄送りもヒュンケルの仕掛けたハニートラップに引っかかったことが原因に違いない。
まともに戦ってクロウを生け捕りにすることは絶対に出来ないだろうからな。
「……ううっ。酷い。何も殴ることはないじゃないか」
俺に殴られたクロウは頬を抑えながらも涙目になっていた。
こいつ……マジかよ……。
今までクロウのことをチート勇者と恐れていた自分のことを殴りたい。
薄皮を一枚剥いでしまうと、最強と名高いチート勇者はナイーブな男子高校生に過ぎかったのである。
「わ、悪かったよ。いきなり殴ったりして。それより何か良いアイデアはないか? 俺、ここを出たいんだけど」
兎にも角にも脱獄を急がなくてはならない。
俺たちをワナにハメたヒュンケルっていう男がヤバイ奴だって分かった以上、以前にも増してキャロライナを取り戻さなければならない理由が出来てしまったからな。
「無駄だな。衰弱状態に陥ったオレたちは何処にでもいる平凡な男子高校生に過ぎん。こうなってしまったからにはもう……オレたちの敗北は確定的だ……」
クソッ。
この男に頼ろうとした俺がバカだった!
たしかにクロウの言う通り状況は以前として絶望的である。
仲間が増えたからと言って普通の男子高校生が何人束になったところで監獄塔からの脱出は不可能だった。
「万事休すか……」
絶望に暮れた俺が天を仰いだ直後であった。
えっ……!?
俺の見間違いか?
部屋の窓に一瞬、見覚えのあるアホ面が映ったような気が……!?
『ソ~タ~! プリプリプリティなアフロディーテちゃんが助けに来たわよ~ん!』
とでも言いたげな女神さまが窓ガラス越しにドヤ顔を浮かべている。
間違いない。
マジでアフロディーテだ!
目の前で起こっている現実に脳の理解が追い付かない。
どうしてここに!?
俺たちの閉じ込められている部屋は監獄塔の高層だったはずである。
『のじゃ~。重いのじゃ~』
俺の抱いた疑問は窓の外から見えたユウコの顔を見た瞬間に吹き飛ぶことになる。
レイスとしての飛行能力を有するユウコは、アフロディーテを抱えながらも肩で息をしていた。
……
…………。
俺は1つ思い違いをしていた。
スキルとか、ステータスだけではない。
どうやら異世界に召喚されてからの俺は、数値には現れない大切なものを沢山手に入れていたらしい。
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