劣等眼の転生魔術師 ~ 虐げられた元勇者は未来の世界を余裕で生き抜く ~
頭を丸める
「んん? どちら様でしょうか」
件の決闘騒ぎから1日の時が過ぎた。
その日の早朝、俺が玄関の扉を開くと見覚えのない若い男がそこにいた。
「もしかしてお前……。バースだったりするのか?」
半信半疑の状態で尋ねてみる。
髪型が変わっているからピンと来なかったが、よくよく見ると服装と顔立ちは以前までのボンボン貴族(兄)の様子と重なる部分があった。
どういうわけかボンボン貴族(兄)の髪の毛は、見るも無残に刈り取られて、悲壮感の漂う風貌となっていた。
「無礼者! 様を付けろと何度言えば! 痛っ!」
その後ろ、獅子のような鬣──もとい、顎鬚を生やした厳格そうな男性がバースの頭を叩いた。
髪はテッドと同じ焦げた飴色。
眼の色は水属性を得意とする《碧眼》である。
「初めまして。わたくし、エバンス・ランゴバルトと申します。アベル様」
威圧感ある低い声で名を言われた。
すると、エバンスは直ぐにその場に膝を付いた。
「アベル様。この度は本当に申し訳ないことをした! どうかこの通り。我が愚息のことを許してやって頂きたい!」
んん? この人はいきなり何を言っているのだろう。
許すも何も、俺は別に最初から怒ってなんていなかったんだけどな。
「父上っ! 何故、こんな平民の、しかも劣等眼になんか謝っているんだっ! このアベルっていう男はウチが雇っているメイドの弟なんだろう!?」
「馬鹿者! なんてことを言うのだっ!」
ごんっ! と鈍い音が響く。
バースの頭にしっかりと拳骨がめり込んでいる。
ふむ。なかなかに体重の乗った良いパンチである。
おそらくテッドの身体能力は、父親譲りの部分があるのだろう。
「いいか。バース。この際だから言っておくぞ! 我々がリリス様を雇っているのではない! リリス様が我々を雇って下さっているのだ!」
「…………はい?」
エバンスの言葉にバースは唖然としているようだ。
なるほど。
そういうことか。合点がいった。
ずっと不思議に思っていた。
どうしてリリスのような上級魔族が人間の元に侍従しているのだろうかって。
時代が変わったとはいえ、魔族が人間の下で働くなんて考えにくいことである。
ならば何故?
どうしてリリスは貴族に従属する仕事をしているのか?
おそらくリリスは、この貴族の弱みを握っているのだろう。
魔族が人間に混じって暮らして行くには、何かと障害が付き纏うことになる。
生きるために貴族の権力を利用していくのが、この時代で魔族が生きていく為の処世術の1つということなのだろうな。
「ハハッ――! アベル様! 何卒! 何卒、寛大なご処置を!」
それにしても凄まじい土下座だ。
バースの父親に頭を掴まれて、屈辱の表情を浮かべながらも頭を下げている。
一体どんな弱みを握ればプライドの高い貴族が土下座をするようになるんだ?   
今度会ったらリリスにその辺りのことを聞いておくか。
「頭を上げて良いぞ。そもそも俺は別に怒っているわけではないからな」
「アベル様の寛大なお言葉! 感謝の至り! 誠に有難うございますっ!」
「…………」
労いの言葉をかけるとエバンスは、益々と地面にめり込むかのような勢いで頭を下げ始める。
頭を上げろと言ったのだがな。
この家族は、本当に人の話を聞かない連中ばかりである。
「ううぅ……。何なんだよ……。お前ら一体……何なんだよ!?」
訳も分からないまま土下座を強要されたバースは、半ベソをかいたまま、寂しくなった坊主頭を向けるのだった。
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