童話集2

増田朋美

誕生

誕生
僕は、妻と二人で、小さなアパートにすんでいた。収入源は、僕がやっている、お箏教室しかなかった。しかも、まわりに公民館などもないから、しかたなく、アパートの部屋を教室にして、そこで、やっていた。
僕たちは、不妊治療をしていたが、原因が僕のほうにあり、妻の保子は、うつ病になってしまった。だから、僕が子どもに箏を教えるのが、償いだと思っている。一日中子どもと一緒にいることはできないけれど、音楽大学を卒業していて、子どもが好きな保子は、少しずつ元気をとりもどしつつある。
そんななか、岩村という女性が、僕の教室にやってきた。箏を全くしらないが、やってみたい、というので、とりあえずさくらや、荒城の月などをおしえてみたら、非常に早く上達していた。
彼女は、35歳だった。僕より10年若かった。彼女もまた、旦那さんと二人だけの生活であったため、僕たちもなかよくなった。ただ、彼女は、会社内で、いじめにあっていた。営業ウーマンをしていて、営業の成績はトップクラス。そのために、まわりの社員から、女のくせに、という嫌みをいわれていて、よく保子と二人で、女同士の話をするときがあった。また、僕は僕で、彼女の旦那様と、話すことがおおかった。旦那様は、大学の教授だった。毎日、横浜まで高速バスで、通っている。
ある時、いつも通りに稽古をはじめよう、としたときだ。
「先生、奥さん」
彼女は、これまでにない笑顔でいった。
「わたし、赤ちゃんができました!」
「それはよかったね、おめでとう。僕らの分までがんばって。」
「あなた、なにいってるんですか、お産というのは、あたしの母親がいってたけど、ものすごく、大変なことよ。もう、35なんだから、リスクはたかいわよ。気をつけて、元気な赤ちゃんを産んであげてね。旦那様も、亭主関白ではいられないわよ。」
「予定日はいつなの?」
僕はきいた。
「それが、12月31日なんですよ。困った日になりそうだわ。」
「そんなこと、いっちゃだめよ。赤ちゃんは神様のさずかりものよ。」
僕は、保子と目配せをして、ふたりともわらった。じふんたちよりうれしかった。
ところが、、、。
数週間して、彼女が、安定期にさしかかったころ。
僕は、何となく胸が苦しかった。保子も家事をするのが、いやそうなので、僕が代わりにコロッケをあげている、ときだった。
保子のスマートフォンがなった。
「はい、」はじめは、嫌そうなかおをしていたが、次第に真顔になり、
「わかったわ、すぐいくから、待っていてちょうだいね!」
と、いそいで、身支度をはじめた。
「おい、どうしたんだよ!」
「詳しいことは、わかりせんが、岩村さんのご主人が亡くなったんですって。」
僕は、ガスコンロの火をすべて消したかを確認して、保子とふたりで、車をとばし、、岩村の家に飛びこんだ。
岩村のすすり泣きがきこえる。彼女の腹部は少し飛び出す程度であった。いずれにせよ、都内に身内もない。よって、密葬で、葬儀を行い、葬儀屋の指導で、あらゆるものが、非常にはやくおわった。東京は、そういうものだ。そして、時間というものは、東京では、早い。とりあえず、岩村夫人は、胎内の子に影響しないよう、保子の提案で、僕たちのアパートでくらすことにした。
数ヶ月して、岩村夫人は、未明に苦しみはじめた。しかし、そとは、ものすごい夕立。電車がストップしてしまい、病院に行くことができなかった。救急車をたのもうとおもったが、受け入れてくれる病院もなく、断られてしまった。保子が、産婆さんをつれてきてくれて、分娩が始まった。男である僕は、分娩に立ち会うことはできないとして、外にでた。雷がひどかったけれど、産婆さんが、「寝たらだめよ!」と、しかりつける声が何度もきこえてきた。つまり、眠り産だった。僕の母がそうだった。陣痛が止まるとねてしまう。そうなると、赤ちゃんが産道で止まったままになり、窒息死してしまうのだ。眠るな、ねむるな、ネムルナ、ネムルナ!と、産婆さんは、怒鳴り付けていた。雷はいつのまにか、小さくなっていき、彼女の声もちいさくなった。
僕は、部屋にもどった。すると素晴らしく元気な声が、降り注いだ。産声だ!
岩村夫人は、眠ってはいなかった。大仕事をやりおえたあとの、いや、神聖な笑顔というべきだろう。男には絶対にできない笑顔だ。僕たちは少し羨ましいともおもった。
「ほうら、元気な男の子ですよ。彼もよく、がんばってくれたから、おかあさまも、たすかったんですわ。」
産婆さんは、顔の汗をふいた。
「先生、」
岩村夫人は、僕の方をみた。
「このこに、名前をつけてやってくれませんか?あたし、身内もないし、名前をつけてくれる、主人も、もう亡くなってしまいましたから。」
「えっ僕が?」
「あなた、ある意味では、あたしたちも幸せにしてくれたじゃないですか。そのお礼になにかしても、いいんじゃないですか?」
と、保子はいった。
「じゃあ、僕が尊敬するイギリスの方の愛称をあげよう。鉄男は、どうですか?鉄の男とかいて。」
「あなた、古すぎるんじゃありませんか?」
「いえいえ奥様、そんなことは、ありません。硬い名前は、わたしもすきです。それに、サッチャーさんは、わたしもすきですから。鉄男とつけます。」
岩村は世界一うれしいような、笑顔だった。
その後、彼女は、数週間僕たちのもとでくらし、鉄男くんを保育園に預け、再び営業ウーマンとして働くようになった。そして、その会社の社長と再婚し、都心に引っ越していった。
僕たちは、それで、彼女との付き合いは、終わったと思っていた。きっと、幸せにくらしているだろう、と思って、二年たった。
ある日のこと。僕の家の近くに、ある会社のオフィスビルが建つことになった。僕たちも、立ち退くことになり、別のアパートに引っ越した。その会社は、佐藤製作所といった。社長の名をみてぼくたちは、驚嘆した。あの、岩村夫人の夫だった。ビルの最上階が社長室であり、社長はいつもある女性と一緒にいた。水商売か、売春婦とおもわれた。秘書かともおもったが、どうもそうではなかった。保子は、夫婦ではないか、と感ずいた。僕たちは、お箏教室はつづけていたから、従業員の一人が、箏をならいにきた。その話をきくと、社長は、岩村夫人とは、別れてしまったらしい、とわかった。しかし、鉄男くんは、相変わらずそだてられているという。暫くすると、女の腹が膨らみだして、翌年、社長は赤ん坊と女をつれてあるくようになった。しかし、鉄男くんのすがたがみえなかった。僕は、社長たちが、オフィスビルからでて、近くの高級なマンションに入っていくのをつけてみた。社長たちが入って数時間後、子どもの泣き声がしてきた。まぎれもない、鉄男くんの声だった。それは、怖いものに対するなきかただった。そして、何回もビンタをしているおとがする。つまり、虐待と、いうものだった。
その次の日、保子がやたら興奮して買い物から戻った。
「私、みたのよ、いわむらさんが戻ってきたわ、きっと、鉄男くんをつれもどしにきたのよ、いま、社長室にはいったわ!」
ぼくは、アパートのベランダから、双眼鏡で社長室をのぞいてみた。張り込みをしているようだった。
確かに彼女はいた!じっとなにかをみているようだった。僕は、社長の家にとびこんだ。ところが、聞こえてきたのは、蛇口から水がながれているおとと、
「ごめんなさい、もうしません、ごめんなさい、ごめんなさい、」と、叫ぶこえ、
「反省しろハンセイシロ、妹をいじめるとはな!」というこえと、
「おにいちゃんはだめなこね、あんたは、いつもおとなしくてえらいわね。」
という、女のこえだった。
やがて、子どもの声はとまった。
「お、やっと、はんせいしたか。」
ファスナーを開けるおと。
僕は、どそくのまま、部屋にとびこんだ。
まっすぐ、風呂場にとびこんだ。風呂桶に、たっぷりの水が、たまっていた。そのなかに、ボストンバッグが沈んでいた。中身はすぐにわかった。
「誰だよ、あんたは。」
「鉄男くんの名付け親だ。いま、鉄男くんは、どうなったか、みてみろ、お前がなにをやったか!」
「しつけだよ、こいつがあんまりいもうとをいじめるからな!」
僕は、男の顔を風呂桶におしこんだ、なにすんだといいながら、もがく男の頭を左手で押さえ、洗面器の上にあった、花瓶をてにとり、
「鉄男くんの苦しみを味わえばいい!」
と、どなりつけ、花瓶を4回ふりおろした。四回目に、男は死んだ。僕は、鉄男くんの遺体を、ボストンバッグからだし、綺麗にあらってやり、おもいっきりつよく、だきしめ、風呂場をでた。
「まちなさいよ、このままですむわけないでしょ!」
こんどは、女の声がきこえた。女が赤ん坊を抱いてみぎてに、包丁をもってたっていた。すると、いつの間に保子もきていて、
「あなた、まえのおくさんが、鉄男くんをざがしにきてるわよ。」
といった。
「そんなことないわよ。あいつは、一年前に死んだの。鉄男が発達障害と診断されて、たえられなかった、馬鹿な女よ。」
「なんですって!」
と保子は、女につかみかかった。
「鉄男くんがうまれたとき、すごく苦労したのをしらないの!」
「あたしだって、苦労してるわよ、子供がいないあんたたちにいわれたくないわね!」
やすこは、思わず、女がもっていた、包丁をとりあげ、怒りにまかせて、9回さした。女も赤ん坊も死んだ。
そして、僕は、そばにあった、ガソリンをふりまき、ライターで火をつけた。
あっという間に、火は、人間をやいてしまった。
そののち、警察がやってきて、さまざまな種類の白骨をせいりした。近辺のものは、小さな男の子がいた、と証言したが、どうしてもみつからない。ある寺院を捜索していると、墓石の蓋がはずれていることがわかった。中をみると、若い女性の白骨と、小さな男の子の白骨があった。刑事がとりだそうとすると、砕けて粉になってしまい、こがらしが、どこかへ、跳ばしてしまった。

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