天下界の無信仰者(イレギュラー)

奏せいや

始まったか。天羽と人類の未来を賭けた一戦だな

 同時刻。

 ゴルゴダ美術館の広場。さきほどまで神愛とウリエルが対決していたこの場所は瓦礫と化している。地震と火事が同時に起こったかのような有様だ。この跡地を見ただけで戦いの壮絶さを連想させる。

 物静かになった戦場の片隅で恵瑠は横になっていた。表情は穏やかだ。けれど小さな顔は眉間にしわを寄せ、うっすらと瞳を開いた。

「起きたか」

「ガブリエル?」

 声をかけられ顔を向ければ、近くにいるガブリエルが見下ろしていた。いつもと変わらない冷静な佇まいで両手を上着のポケットにしまっている。

「派手に暴れたな。見えていたぞ」

 彼女から手が差し伸べられる。恵瑠はその手をつかみ起き上がった。スカートについた埃を払い辺りを見渡す。そこに探していた人を見つけることが出来ず恵瑠は納得したように瞼を閉じた。

「負けちゃったか」

「みたいだな」

 顔を下に向ける。けれど落胆や後悔はない。むしろ微笑み、敗北すら嬉しく思っているようだった。

「悔しそうには見えん」

「そうだね」

「よかったのか?」

「…………」

 ガブリエルからの問いに考え込み、恵瑠は目を開けると同時に顔を上げた。

「伝わっちゃったんだ、彼の想いが。ボクを取り戻そうとする一心で。それはとても強くて、熱くて、ボクが燃えちゃいそうなくらい」

 神愛との対決。その時の記憶は鮮明に覚えている。互いに大事なものを守るために戦い、全力を出し切った。自分の炎と彼の黄金は競い合うようにぶつかり、そのたびに想いを発した。

 彼の拳に宿るのは第四の力だけではない。自分を友だと認め、取り戻そうとする全身全霊の想いだ。

 ずっと一緒にいたい。

 それはどんな告白の方法よりも強烈だった。そのあまりの想いの前に、自分の決意は飲み込まれてしまった。納得してしまったんだ。

 自分も、ずっと一緒にいたいと。

「嬉しかったんだ。もうぜんぶダメ。戦いも気持ちの面も、ぜんぶで負けちゃった」

 そう言う恵瑠の表情は本当に穏やかだった。切羽詰まっていた時の彼女とは一転し、清々しい口調は憑き物が落ちたようだ。

「完敗。悔しがる余地もないほどの敗北とはな」

「うん。ボクは負けちゃったけど、でも、これでいいんだ。神愛君は?」

「あそこだ」

「宇宙……?」

 ガブリエが見上げる視線を追いかけ恵瑠も上空を見た。だが空に姿はない。ならば大気圏を超えたその先、無限の闇の中だ。

「今、ミカエルと対峙している」

「ミカエルと!?」

 聞かされる名前に意識が切り替わる。よりにもよってミカエルと。二人の対決は不自然ではなく、当然の流れではあるが、それでも。

 ミカエル。全天羽の長。彼と戦うという重大さを知っている。それがゆえに不安と驚きを隠せない。

 そこで頭上を見上げるガブリエルがつぶやいた。

「始まったか。天羽と人類の未来を賭けた一戦だな」

「神愛君……」

 恵瑠の目が心配そうに細められる。胸に両手を合わせ祈るように彼方の戦場を見上げていた。

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