天下界の無信仰者(イレギュラー)

奏せいや

ひどい冗談だ。これのどこが理想の姿なのか

 二人の刀身がぶつかり合う。瞬間、空気は爆発し二人の前髪を揺らした。それだけでなく球体状に空気の壁は広がり周囲の天羽を吹き飛ばす。

 猛烈な一撃だ、並の者なら今の一撃に耐えられない。

 けれど二人は繰り出した。そのことごとくを凌いでいく。こんなところで終われない。

 これは運命の一戦だ、待ち望みどこかで忌避していた避けられない決闘が、こんなもので終わるはずがない。

 この一戦には自分のすべてが込められている。命がおまけに思えるくらいの、多くの想いが詰まっている。

 ミカエルは剣を横薙ぎした。速い。通常の天羽が振るう速度の三倍はある。

 それを顔色一つ変えずルシファーは受け止めた。刀身が打ち合う激しい音がなる。

 ルシファーは直後剣先を突き出した。剣先はミカエルの胸に伸びるが、ミカエルは剣を当て軌道をズラす。

 頭上まで振り上げた剣を叩きつけ、ルシファーも大振りの一撃で応戦する。

 刀身の動きだけがまるで早回ししているかのように目まぐるしく軌道を描いていく。互いの剣が乱舞する度に轟風が吹き荒れていた。

「なぜだ、なぜこんなことをした!?」

 空気が激しくうねり声を上げる中、それにも負けない怒声をミカエルは叫んだ。

 裏切り。犠牲。仲間の死。悲しみと怒り。多くの思いがあった。もう、後戻りできない場所で思いを爆発させる。ミカエルの出す一撃一撃に全霊の思いが乗っていた。

 ルシファーもまた同じく、自分の攻撃に全力の思いを込めて打ち出す。

 剣だけではない、二人の決闘では思いと言葉が飛び交っていく。

「お前こそ、いつまで間違った理想を目指している! お前たちのしようとしていることは人間性の簒奪さんだつだ! そんなものに、なんの価値もない!」

「それは違う! これは平和への祈りだ。誰しもが傷つかない世界を作りたいという、願いの結晶こそが神による秩序なんだ!」

 ミカエルは距離を取ると剣から片手を離し周りを指し示すように大きく広げた。

 彼らの周囲にはまだいたるところで戦いが起きている。

 誰しもが自分の信じる正義と理想のために命を賭け、地上に目を向ければ、そんな彼らの行く末が横たわっている。

 正義に命を投じ理想に殉じた者たちだ。

 理想の結末。

 自分の最後。

 それが、この景色だ。多くの遺体が並ぶ死の大地。ひどい冗談だ。これのどこが理想の姿なのか。

「見ろ! この有様を! 独りよがりの理想を突き進んだ末路を直視するがいい! これがお前の望んだものか!? こんなもののためにッ」

 ここは地獄だ、己の正義も命も踏みつぶされる悪夢だ。正義と正義のぶつかり合い、この戦争に悪などいない。どちらも理想に突き進んでいただけ。

 罪なき者たちが光ある明日を望んで歩み出し、その先に待つのは死、あるのみ。

 望んだ理想とはほど遠い、あまりにも惨い現実だった。

「私たちは歩んできたのか、ルシファー!」

 その思いが口を衝いた。理想の代償としてはあんまりな結末に、悲しみと憤りが暴れている。

 その思いを込めて、剣を振るった。

 ミカエルの突撃にルシファーも応える。前に出て全力の一撃を振るった。戦いは再開され再び剣風が猛威を振るい始める。

 二体の羽が空を切る。音速を越えた速度にソニックブームの体当たりが前方の天羽たちを吹き飛ばし、通り過ぎた後には猛風が吹き荒れる。この場の空間を蹂躙するように飛び回り、その最中で剣をぶつけ合う。

「くっ!」

「ぬぅ!」

 二人の熱量を表すように苛烈な戦闘が続く。剣技は互角だ。ミカエルが技を繰り出せば、ルシファーはそれを越えてくる。

 そしてミカエルも負けじとルシファーの技を越えてくる。互いに相手を超える技を繰り返した。

 これでは二人は際限なく成長していくことになる。

 剣が乱舞する。羽が飛び交う。戦意をぶつけ合う。むき出しの敵意が苛烈な火花となって飛び散った。

 なのに、戦っている最中に二体は感じていた。目の前の彼は敵ではあるが、その本質は、どうしようもなく友なんだと。その証拠に二人は今だって成長している。

 感じるのだ。相手がなにをしてくるのか。どう攻めてくるのか。それが自分に正しい答えを教えてくれる、新たな道を導いてくれる。

 戦っているのに、敵なのに、こんなにも自分を高めてくれる。

 なんて皮肉だろう。自分をここまで理解し、高めてくれる存在。それが敵であるなんて。

 もし、彼が今でも味方なら。どこにだって飛んでいけるかもしれなかったのに。

 それは贅沢な妄想だ。けれど、あったかもしれないもう一つの可能性だった。

 この一戦に積もり積もった思いを込めていたからか、始まりから今日までのすべてを思い出す。

 その中で、一番の心残りがミカエルにはあった。

「なぜだ、なぜぇ!」

 それを、この場で聞き出した。

 逸る思いに声は乱れ、それを無視してミカエルは叫ぶ。

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