天下界の無信仰者(イレギュラー)

奏せいや

真の聖者しかたどり着けない次元に隠された神の意

 ルシファーは片手を前にかざす。その視線に容赦はなく、慈悲もない。あるのは無限の天羽すら包む殺意の波動のみ。

 それは生命を司る、即死の力に他ならなかった。その名は――

栄光へと至る第五の力エイス・セフィラー、ホド!」

 能力発動、その効力がこの場に伝播でんぱする。念じただけで対象を殺害する力に触れて、無限の天羽が空から墜ちていった。

 死んだのだ、一瞬で。無限の天羽が。純白の羽を散らしながら。墜落する亡骸を死した大地が受け止める。

 敗者は地に伏し勝者は空に君臨する。

 宙に悠然と浮かぶのはルシファーだ。絶対王者の風格を保ち立つ、天羽の頂点!

 これがルシファーの能力、「完全なる知識とは神に等しいシークレット・ザ・セフィラー・ダアト」。それは知識を司る力。真の聖者しかたどり着けない次元に隠された神の意。これを得た者はすべての知識を得る。

 それは、すべてのセフィラーを使用できるということだった。

 ヘブンズゲートからさらなる軍勢が登場する。無限の天羽、第二陣だ。そのすべてが白い甲冑に青白い紋様を浮かべていた。小さな光を発している。

 それをルシファーは一目で看破する。

「即死耐性を施した鎧か」

 すでに用意していたのか即座に対応してくる。事前にあらゆる攻撃に対応できるよう装備を整えていたのだ。

 だが、どのような策を講じてもすべては無力。

 この力には、何者も敵わない。

 第二波がルシファーを囲い込む。三百六十度からの突撃と共に剣先が襲い来る。逃げる隙間はなくあらゆる死角を突いてくる。どうあっても対処は不可能。

 しかし、この状況を打破できるセフィラーが存在した。

世界を構築する第九の力ナインス・セフィラー・イェソド!」

 それは四大天羽ガブリエルが持つ力だった。それは基礎を司る力。世界とは空間と時間でできている。

 その、すべてを操作する。

 この瞬間、時が止まる。

 ルシフェルの眼前には敵の剣先が見える。その距離十センチもない。息を吐けば当たる位置にある。他にも見れば、全員が口を大きく広げ戦意を漲らせた表情でルシファーを見ていた。

 だが、動く者は一人もいない。

 制止した世界の中でルシファーは柄にゆっくりと手を伸ばす。鞘から漆黒の魔剣を引き抜き、周囲に展開する有象無象を切り裂いた。

 剣を振るう。剣を突き刺す。乱舞する刀身が敵を甲冑の上から肉を絶つ。

 そして、時は動き出す。

 直後、同時に天羽たちから血が吹き出した。緊迫とした表情は唖然に変わる。いったいなにが起こったのか分からない。その正体を知らぬまま彼らは絶命していった。

 血が噴き出し地上に落ちるよりも前にルシファーは姿を消した。突如消えたルシファーに天羽たちが焦る。ルシファーは第九の力を使い空間を跳躍していた。

 空間転移を用い別の場所に現れると奇襲を行い次々に天羽たちを地上へと落としていく。

「ルシファー!」

 そこで頭上から声が掛けられた。

 ヘブンズ・ゲートから全長二十メートルはある大男の天羽が降りてくる。人間でいうところの三十代ほどの男だ。

 大地に足を下ろしてもまだルシフェルを見下ろすほどの巨体だ。翼を広げればさらに巨大になる。まるで大人と人形ほどの体格差だ。

「この裏切り者がぁあ!」

 男は剣と盾を装備しており、片手剣を烈火の気合いとともに振り下ろした。

 でかい。まるで壁だ、この男の剣撃は塔を引き抜いて振り回すのと変わらない。影はルシファーを覆い迫り来る。

 巨大さに裏打ちされた攻撃力は受け止めるだけで全身が破裂しかねない。

 だが、ルシファーの全身が赤いオーラに包まれた。まるで燃えているかのような闘気、それはルシファーの力を格段に上げていく。

 苦境を律する第五の力フィフス・セフィラー・ゲブラー。痛みと引き替えに力を得る峻厳しゅんげんのセフィラー。

 後に聖騎士第三位、ヨハネ・ブルストの神託物が扱うセフィラーだ。

 しかし彼と違いルシファーは代償なしでこの力を使える。彼の生き様、それそのものがまさに峻厳の道だ、故に代償は決算済み。

 迫る超重量の攻撃。それを片手で、軽く跳ね返した!

「ぐおおお!」

 押し負けたのは相手の方。巨体が二歩、三歩と後ずさる。

「馬鹿な……!」

 その後驚愕の表情でルシファーを見つめた。自分が力で負けることなど想像すらしていなかったのだろう。無理もない。生まれてからこの巨体、負ける方が希有けうなことだ。

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