天下界の無信仰者(イレギュラー)

奏せいや

この炎は神罰の代行、神の怒りを知るがいい!

「走れ!」

 ルシフェルが二度叫んだことで親子は走り出していった。ルシフェルは彼らから目を離し炎柱を見上げる。この地獄を作り出している張本人を探して目を動かした。

 いた。それはすぐに見つかった。純白の羽を八枚広げ、宙に浮かぶ美麗の識天羽。

 その名を、ルシフェルは叫んでいた。

「ウリエルゥウウウ!」

 白い長髪を熱風に揺らし、ウリエルは冷淡な瞳で正面を向いていた。眼下の悲鳴には目も暮れず、町の上空を浮遊していく。

 いつもの白のワンピースではなく、ドレス調の白衣に鎧と剣を携え、壮烈さと美しさが融合している。

 その様はまるで漂う死神だ。人々は彼女の姿を見上げ恐怖する。死がやってくる。すべてを燃やし尽くす炎の化身。抵抗も、怒りも、悲しみも、すべて、すべて灰になる。

 残るのは灰、そして絶望だけ。

 人々は戦慄し、最後の声を上げる。

 そして思い知るのだ。

「我らが天主は人類の平和を望んでいた」

 彼女こそ、

「しかし、おまえたちはその愛を知らぬどころか、踏みにじり、裏切った!」

 審判の天羽。

「この炎は神罰の代行、神の怒りを知るがいい!」

 神の炎。

「すべては理想のため、平和のため。邪魔な異物は灰となるといい!」

 後に伝説となる、天羽ウリエルだということを。

 彼女の叫びと同時に新たな火柱が立ち上がる。青空に突き刺さる第二の炎柱。

 彼女を討伐しようと人間の兵士たちも馬に跨がり悪路の中を駆けつける。弓を、もしくは槍を手に彼女に投擲するが、

「無駄だ」

 彼女が発した炎にすべては燃やされた。駆けつけた兵士の部隊も足場から噴き出した炎にまたたくまに消滅してしまう。

 圧倒的だった。天から現れた羽を持つ者。それは神理のない、人理時代と呼ばれるこの時において無敵だった。

 悪夢だ。逃げられない、どうしようもない業火が人の罪を消却していく。

 差別などない。区別などない。これは、救済ゆえに。

「止めろぉおお!」

 しかし、それを阻む者の声が現れた。

 ルシフェルは翼を羽ばたかせウリエルに駆け寄った。互いに宙を浮遊する。ルシフェルはウリエルに掴みかかった。

「天羽長?」

 突如現れたルシフェルにウリエルは軽い驚きと怪訝な顔つきになる。

「なぜだ……、なぜこんなことをしたぁあ!?」

「なぜ?」

 ルシフェルの切迫した問いに疑問の色はさらに濃くなった。

 なぜならば、彼女に悪気はない。むしろあるのはたぎる使命感と正義の心だ。

「あなたこそなにを言っている? 彼らは敵だ、私たちの目的を阻み、神の愛を否定する者たちだ」

「だからといって殺したのか!?」

 けれども、そうだとしても。

 今も聞こえてくる、多くの悲鳴と炎が燃える音。こうしている最中も多くの命が散っている。

 ルシフェルには、理解できなかった。

 ルシフェルの善性と、ウリエルの正義がぶつかり合う。

「彼らは戦う気だった。これは正義の戦いだ、交渉の余地はなかった」

「お前……、これが正義か!? 反対する者を弾圧し、殺し、同調する者だけを囲って! こんなものが私たちの正義か!?」

「そうだろう!?」

「!?」

 ルシフェルは否定の数々を並べるが、ウリエルからの肯定に衝撃を受けた。

 ウリエルは表情を引き締めルシフェルを見つめている。天羽長相手に一歩も引いていない。 

「天羽長、はじめに無礼を謝っておきます。すみません。ですが、間違っているのはあなただ!」

 ウリエルの気炎が吐かれる。

「今はあの時とは違う。イヤス様はおっしゃった。犠牲を覚悟で人類を救えと言ったのだ。その意義は人類の平和のため。幸福のため。私もそれを望んでいる! 真に救われるべき人類のために、悪しき者たちを罰するのだ!」

「天主はたしかにすべての人間を管理しろとは言ったが、殺せとは一言も言っていない!」

「目的を阻む者がいるのなら、倒さずしてどうやって理想を叶えるんだ!?」

 ウリエルもルシフェルの胸元をつかみかかった。ルシフェルを睨み、強い意思が瞳に浮かぶ。

 さらに、ウリエルは叫んだ。

「さきに殺したのは、向こうではないか!?」

「…………」

 彼女の瞳には、涙が浮かんでいた。

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