天下界の無信仰者(イレギュラー)

奏せいや

そんなの、当然じゃないですか

「私との約束を覚えてくれたいたことを」

「ああ」

 それで思い出す。人類に裏切られルシフェルは自分の道を見失っていた。理想には裏切られ情熱の炎は消えかけた。

 けれど、ミカエルがそばにいた。彼との約束と熱い言葉は間違いなく彼の胸を奮わせた。

「そんなの、当然じゃないですか」

 それをミカエルは当然だと言うが、ルシフェルは懐かしそうに上空に目を向けて、遠いどこかを見つめていた。

「私と交わした約束は、間違ってなどいない、か……」

 きっと思い出しているのだろう。会議室で落ち込んでいる自分に、熱意を以て励ましてくれた者の場面を。その言葉に救われた。彼の情熱に迷いは消えて炎は再び逆巻いた。

 ルシフェルは上げていた顔を正面に戻した。

「なあミカエル、頼みがあるんだ」

「はい、なんでもッ」

 ミカエルはやや前屈みになって答えた。彼からの頼みだ、彼の力になれる。使命感のような、それを果たせる喜びのような気持ちがミカエルを動かした。

「もし」

 ルシフェルが言う。彼に、ミカエルに、かつての自分を立ち直らせた者に。

 ルシフェルは、願いを託した。

「私がまた、道を見失いそうになったとき、同じ言葉をかけてくれないか?」

 その言葉を、その願いをミカエルは黙って聞いていた。

「私が迷った時、もしくは道を誤った時、お前が私を呼び戻してくれ」

「…………」

 その言葉に、はじめなにも言えなかった。

 それは、彼の真摯な思いに、そこに込められた大きな願いに、多大な責任を感じていたからだ。

 これは易々と首を縦に振っていいものではない。ルシフェルは真剣だ。この厳しい状況にたたされて、彼は自分の人生を、万が一の時にミカエルに託したのだ。

 この願いは彼の人生、誇り、情熱そのもの。天羽長の苦境を支えられる者など、生半可な覚悟ではできない。

 それでも。

 言ったのだ。

 彼を誰よりも尊敬し、強い友情を信じていたから。

「はい」

 ミカエルは真顔だった。目つきは力強く、声ははっきりとしていた。声は大きくなかったが、そこにはすべてを受け入れなお果たすという覚悟があった。

 それを聞いて、はじめてルシフェルは振り向いた。

「ありがとう」

 ミカエルは小さく、されど覚悟とともに頷いた。

 どちらも真剣だった。時代の転換期に揺らぐ思いを感じながらも、決して変わらないものを感じていた。

 同じ夢を見て、諦めないと約束した。苦悩と失意に殴られようとも。信念を裏切られたって。

 一人じゃない。同じ理想を持つ者がここにいる。

 二人は、変わらない固い絆を感じ合っていた。

 ミカエルと別れてからルシフェルは天羽長室に戻っていた。扉を開け無人の部屋へと入る。自分の部屋という落ち着く空間。そこに身を置き改めて自分の心と向き合った。

 天羽と人類の平和。

 地上への侵攻。

 理論的には合っているはずなのに実態は目的とは真逆の行為。矛盾は葛藤を生み螺旋のように思考が絡まりついてくる。

 ルシフェルは途方に暮れたように机の前で立ち続けていた。心の整理が追いつかない。

 でも、決断しなくてはならない。苦悩はしているが迷っているわけではない、答えはすでに出ている。これは気持ちの問題だ。

 思い出せ、自分がここにいる意義を。

 奮い立て、最大の名誉を得られる喜びに。

 決断しろ。自分は一人ではない。

「……うん」

 ルシフェルは、小さくつぶやいた。自分の胸にあるもの。それは意義もあるし名誉もあった。だが、それ以上にあるのは、ミカエルの言葉だった。

 彼のまっすぐな情念が自分を後押ししてくれている。躊躇っている自分を。それでも二人でなら進める気がする。

「うん」

 ルシフェルは呟いた。今日、迷いを捨てる。理想のため、名誉のため。そして、友情のため。

 ルシフェルは、部屋を出ていった。

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