天下界の無信仰者(イレギュラー)
彼は、幻想ではなかった
ルシフェルの声にミカエルは清々しい顔で答えた。よかった。本当にそう思う。はじめはどうなることかと思ったが、結果的に成功を納めた。
多くの者たちの協力があった。ここにはいないがガブリエルもラファエルも、サリエルも熱心に取り組んでくれた。
当然他の者たちも。彼らとの連携がなければ今をこうして迎えることは出来なかっただろう。
それもすべて、この天羽の決断のおかげだ。
ミカエルは横をそっと見つめる。
真っ直ぐと正面を見つめる、ルシフェルの横顔がそこにはあった。絹のような滑らかな長髪、精悍な顔つき。他を圧倒する存在感なのに威圧感はなく、周りを引き込む陽性のカリスマ。
ミカエルは小さな高ぶりを覚えていた。以前はこうして間近で見ることも叶わない偉大な天羽で、会うよりも前から憧れていた。それこそそこら中にいるファンの一人のように。
なのに、こうして並んでいる。これまでのことでミカエルは実感していた。
彼は、幻想ではなかった。本当に素晴らしい天羽なのだと。
憧れは実体を持った尊敬に代わり、尊敬は喜びに繋がった。
私が尊敬していた天羽は、真実素晴らしかったのだと、歓喜の思いを禁じ得ない。
ミカエルは、本当にルシフェルを尊敬していた。
丘に風が吹く。その風に当てられて、黒と金色の髪が揺れていた。
そこでルシフェルもミカエルを見つめてきた。目が合う。互いに困難を達成した仲だ。視線が交わるだけでその気持ちが通じ合う。
「ふふ」
「はは」
二人は、どちらからともなく笑い出した。
「「はっはっはっはっは」」
丘の上に愉快な笑い声が広がる。今回、最大の事件を円満に解決できた。困難はあったが胸を埋めるのは疲労でも鬱屈でもない、気持ちのよい達成感だ。
よかった。
これに尽きる。
二人は笑った。互いの功績を称えるように。認め合うように。
「これからも付き合ってくれるか、ミカエル?」
「はい、天羽長」
ルシフェルからの問いにミカエルは明るく答える。断るはずがない。頼まれなくても自分からやるつもりだ。
「ルシフェルでいい」
「え」
が、そこで言われた言葉に一瞬驚く。
「いえ、それは」
さすがに天羽長の名前を呼ぶのは躊躇われる。補佐官とはいえ自分は大天羽でしかない。
けれどルシフェルは笑顔を浮かべ、ミカエルを見つめ続けていた。
「……はい、ルシフェル」
その笑顔に、ミカエルも明るい顔で応えた。
笑い合えること。この時間がたまらなく嬉しくて、二人の絆を深くしていく。固くしていく。
ミカエルは楽しかった。笑顔で笑い合えるこの一時が、最高の宝物だった。
*
あれから数日後、ルシフェルは天羽長室で自分の席に座り筆を走らせていた。
木製の本棚やソファが置かれたこじんまりとした部屋だ。棚の上には花瓶が置かれている。落ち着いた雰囲気で、窓から日の光が差し込み部屋を照らしていた。
机の上は書類の山で占拠されている。残されたスペースは手元で読む分くらいだ。
それらすべてに目を通しサインを書いていかねばならない。終わるのはいつになることか。見ただけで気落ちしそうな量だが、しかしルシフェルにそんな様子は見られない。
むしろ上機嫌に書類を読んではサインを書いていった。表情にも余裕がある。
それも、状況が好転しているからこそだ。
天羽殺害という至上最大の問題を解決してから人類との交渉はうまくいっている。ピンチこそチャンスという言葉があるがその通りであるらしい。
あの試練を乗り越えたからこそルシフェルたちは信頼を勝ち取った。苦労しただけに充足感は一入だ。
胸にはまだその時の達成感が余韻として残り、熱はやる気となって筆を走らせている。
「今日中に終わらせるか」
片づけるべき敵に侵攻された机を見渡し、ルシフェルはよしと気合いを入れて手元の資料へと目を落とした。やる気は十分だ、このまま宣言通りに本日中に終わらせてしまおう。
ドン、ドン、ドン!
「天羽長、大変です!」
が、扉を叩く音に直後背中を反った。せっかくいいところだったのだがタイミングが悪い。とはいえ追い返すことも出来ない。
「なんだ、騒々しい」
水を差されたことに若干気落ちしながらルシフェルは扉へ声をかける。
すぐに扉は開けられ男性の職員が入り込んできた。ここまで走ってきたのか息が荒い。必死な表情でルシフェルを見つめる。彼の入室に部屋は一瞬にして緊迫していた。
ただ事ではない雰囲気にルシフェルは自然と身構えた。
嫌な予感が全身を支配する。
花瓶に差した花びらが、床に落ちた。
「天羽が、人間に殺されました!」
「…………」
意識が漂白される。思考はわずかに停止して、現実感が退いていく。体は固まり、時間だけが流れていく。
「…………」
驚きに、言葉も出なかった。
「天羽長!」
そこへさらなる報せが届く。もう一人の男性職員が走って部屋に現れると、息もつかぬまま大声でしゃべった。
「熾天羽であるウリエル様が、無断で天界の門を通過していきました!」
「なに!?」
ルシフェルはすぐに立ち上がり窓から天界の門がある方向を見た。
「ウリエル……!」
多くの者たちの協力があった。ここにはいないがガブリエルもラファエルも、サリエルも熱心に取り組んでくれた。
当然他の者たちも。彼らとの連携がなければ今をこうして迎えることは出来なかっただろう。
それもすべて、この天羽の決断のおかげだ。
ミカエルは横をそっと見つめる。
真っ直ぐと正面を見つめる、ルシフェルの横顔がそこにはあった。絹のような滑らかな長髪、精悍な顔つき。他を圧倒する存在感なのに威圧感はなく、周りを引き込む陽性のカリスマ。
ミカエルは小さな高ぶりを覚えていた。以前はこうして間近で見ることも叶わない偉大な天羽で、会うよりも前から憧れていた。それこそそこら中にいるファンの一人のように。
なのに、こうして並んでいる。これまでのことでミカエルは実感していた。
彼は、幻想ではなかった。本当に素晴らしい天羽なのだと。
憧れは実体を持った尊敬に代わり、尊敬は喜びに繋がった。
私が尊敬していた天羽は、真実素晴らしかったのだと、歓喜の思いを禁じ得ない。
ミカエルは、本当にルシフェルを尊敬していた。
丘に風が吹く。その風に当てられて、黒と金色の髪が揺れていた。
そこでルシフェルもミカエルを見つめてきた。目が合う。互いに困難を達成した仲だ。視線が交わるだけでその気持ちが通じ合う。
「ふふ」
「はは」
二人は、どちらからともなく笑い出した。
「「はっはっはっはっは」」
丘の上に愉快な笑い声が広がる。今回、最大の事件を円満に解決できた。困難はあったが胸を埋めるのは疲労でも鬱屈でもない、気持ちのよい達成感だ。
よかった。
これに尽きる。
二人は笑った。互いの功績を称えるように。認め合うように。
「これからも付き合ってくれるか、ミカエル?」
「はい、天羽長」
ルシフェルからの問いにミカエルは明るく答える。断るはずがない。頼まれなくても自分からやるつもりだ。
「ルシフェルでいい」
「え」
が、そこで言われた言葉に一瞬驚く。
「いえ、それは」
さすがに天羽長の名前を呼ぶのは躊躇われる。補佐官とはいえ自分は大天羽でしかない。
けれどルシフェルは笑顔を浮かべ、ミカエルを見つめ続けていた。
「……はい、ルシフェル」
その笑顔に、ミカエルも明るい顔で応えた。
笑い合えること。この時間がたまらなく嬉しくて、二人の絆を深くしていく。固くしていく。
ミカエルは楽しかった。笑顔で笑い合えるこの一時が、最高の宝物だった。
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あれから数日後、ルシフェルは天羽長室で自分の席に座り筆を走らせていた。
木製の本棚やソファが置かれたこじんまりとした部屋だ。棚の上には花瓶が置かれている。落ち着いた雰囲気で、窓から日の光が差し込み部屋を照らしていた。
机の上は書類の山で占拠されている。残されたスペースは手元で読む分くらいだ。
それらすべてに目を通しサインを書いていかねばならない。終わるのはいつになることか。見ただけで気落ちしそうな量だが、しかしルシフェルにそんな様子は見られない。
むしろ上機嫌に書類を読んではサインを書いていった。表情にも余裕がある。
それも、状況が好転しているからこそだ。
天羽殺害という至上最大の問題を解決してから人類との交渉はうまくいっている。ピンチこそチャンスという言葉があるがその通りであるらしい。
あの試練を乗り越えたからこそルシフェルたちは信頼を勝ち取った。苦労しただけに充足感は一入だ。
胸にはまだその時の達成感が余韻として残り、熱はやる気となって筆を走らせている。
「今日中に終わらせるか」
片づけるべき敵に侵攻された机を見渡し、ルシフェルはよしと気合いを入れて手元の資料へと目を落とした。やる気は十分だ、このまま宣言通りに本日中に終わらせてしまおう。
ドン、ドン、ドン!
「天羽長、大変です!」
が、扉を叩く音に直後背中を反った。せっかくいいところだったのだがタイミングが悪い。とはいえ追い返すことも出来ない。
「なんだ、騒々しい」
水を差されたことに若干気落ちしながらルシフェルは扉へ声をかける。
すぐに扉は開けられ男性の職員が入り込んできた。ここまで走ってきたのか息が荒い。必死な表情でルシフェルを見つめる。彼の入室に部屋は一瞬にして緊迫していた。
ただ事ではない雰囲気にルシフェルは自然と身構えた。
嫌な予感が全身を支配する。
花瓶に差した花びらが、床に落ちた。
「天羽が、人間に殺されました!」
「…………」
意識が漂白される。思考はわずかに停止して、現実感が退いていく。体は固まり、時間だけが流れていく。
「…………」
驚きに、言葉も出なかった。
「天羽長!」
そこへさらなる報せが届く。もう一人の男性職員が走って部屋に現れると、息もつかぬまま大声でしゃべった。
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