天下界の無信仰者(イレギュラー)

奏せいや

それは問題ないだろう

 暴れん坊がいなくなったことで洋室は静けさを取り戻す。ラファエルはやれやれと顔を振った。

「サリエルはあんな調子だけど、まあ分からなくはないかな。他の天羽たちにも似たような感想を抱いているのはいるだろし。特に高位の天羽はね」

 ルシフェルは天羽長という立場を抜きにしても人気者だ。

 彼の側で仕えたいという天羽はいくらでもいる。特に高位の天羽であればいつか声がかかるのではと期待を抱いていた者も多い。

 しかし、いざ選ばれたのは下級の天羽。これが自分と同格か格上ならともかく、下級の天羽となれば納得いかないのは天羽も人も同じだ。

 表面に出すことはないだろうが不満が出るのは至極当然なことだった。

「彼を選任すること。それをすれば周りからの反感を買うとあの人も分かっていたはずなのに。それでも押し通したのはなぜかしら」

「いや、案外分かっていないかもしれないぞ。あの方は完璧と形容することになんら躊躇いを覚えんお方だ。そのため嫉妬というものがないかもしれん。ないのであれば察することも出来んだろう」

「それはあり得そうね……」

 完璧ゆえの欠点ということか。ガブリエルからの指摘になるほどと納得してしまう。

「大丈夫かしら、彼」

 周りからの反感にミカエルは晒されている。それだけでプレッシャーだ。おまけに補佐官という重大な役目。心労は計り知れない。

「それは問題ないだろう」

 ラファエルは彼のことを案ずるが、しかしガブリエルは言い切った。

「彼の試練は大きいものだ。しかし、彼は乗り越える」

「なぜ?」

 なぜそうも断言できるのか。ラファエルは尋ね、ガブリエルは瞳を開けた。

「天羽長。あのお方が選んだからだ」

「なるほどね」

 その答えにラファエルは微笑んだ。

 ミカエルが立たされている状況は険しいものだ。それは自身が一番感じているだろう。

 けれどもミカエルならやり遂げるだろう。

 天羽長ルシフェルの目に狂いはない。その彼が選んだのならばそれは最善ということだ。

 彼以上の者はいない。天羽長に対する信頼が彼への信頼に繋がっていた。



 別の日。ルシフェルは一人で空を飛んでいた。目の前に広がる天界の広大な青空を自由に飛んでいく。一二枚の翼を広げその姿は優雅だ。

 そうして彼がたどり着いた場所。そこは、遠見の池だった。

 洞窟を通り突き当たりに出る。ドーム上の空洞には池があり、澄んだ透明な水面がある。

 そして、そこには白い髪の天羽、ウリエルが佇んでいた。

 ここに現れたルシフェルにウリエルが気づく。

「天羽長?」

「やあ、久しぶりだな」

 ルシフェルは立場を感じさせない気さくな声で話かける。しかしウリエルは萎縮してしまい俯き加減に返事をするのが精一杯だった。

「はい、お久しぶりです……」

 ルシフェルはウリエルの隣に並んだ。水面には町の様子が映っている。今日も町は平和だ。

「君も好きだな」

「天羽長こそ」

 そう言って二人は小さく笑った。

「私はともかく、天羽長はいいのですか? 最近は特にお忙しいみたいですが。聞きました。補佐官を新たに設け積極的に人間たちと対談の機会を増やしていると」

「まあな」

 天羽長ルシフェル、並びに補佐官ミカエルの活躍は天界でも話題になっている。停滞していた状況を打開し少しずつだが賛同してくれる国が出始めていた。

「確か、補佐官はミカエルという名前でしたね」

「ああ。優秀な天羽だ」

「はい、活躍は聞いてます。それに、あなたが言うのですからそうなのでしょうね」

 天羽と人類の交流。それは天羽という第三者に治安を委任してもらうこと。見返りに平和を約束するとはいえ、言ってしまえば内政干渉だ、権力者たちからの反発は未だ根強い。

 それでもミカエルが加わったことにより外交が活発になり状況は好転している。少しずつでも賛同国が増えてくれればそれを意識して賛同を示してくれる国もあるだろう。

 天羽たちの使命が、そしてルシフェルとミカエルの夢が着実に実現していく。

 そのことにウリエルも前向きな表情を見せるが、ふとその顔に陰が差し込んだ。

「ただ残念なのは、彼をうとむ者が僅かながらいることですね」

「そうなのか?」

「天羽長……」

 隣で素の質問をしてくる上司兼人気者にウリエルはうつむいた。

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