天下界の無信仰者(イレギュラー)
みなが愛する、明けの明星だった
天羽長ルシフェル。彼の周囲はいつも優雅で笑みが絶えない。彼の歩くところでは花まで踊り鳥も歌う。それがルシフェル。無数の天羽を統べる長。
みなが愛する、明けの明星だった。
そんな彼を、宿舎の渡り廊下から遠目に見つめる一人の女性がいた。
四大の天羽、ガブリエルだ。ちょうど渡り廊下を歩いていると聞こえてきた鳥の歌声に目を向ければ、そこに天羽長の後ろ姿を見つけ足を止めていた。
花壇とは離れているが、彼ほど美しい者を見間違うことはなく、また花と鳥が彼を賛美しているのを聞き違うこともない。
それは彼が持つ品性ゆえだ。尊敬に値する天羽であり、天羽長として申し分ない素養だ。
ガブリエルは遠目に見えるルシフェルに向かい静かに会釈し、そのまま向かいの宿舎へと歩き始めた。
「行ってしまうのかい?」
その足を、彼の一言が止めた。
「……すみません、失礼のないよう配慮したつもりでしたが。邪魔をしてしまいました」
「邪魔なんてことはないさ」
ルシフェルはゆっくりと振り向きガブリエルを見た。彼は翼を広げ、乗っていたいた小鳥たちは飛び立った。ルシフェルは宙を浮かび彼女の目の前に着地する。
「一言声をかけてくれればよかったものを」
「いえ、ご友人たちと談話をされていたようなので。お邪魔かと」
「なるほど、それはそれで君らしいか」
ルシフェルは少しだけ寂しそうに笑った。ガブリエルとはあまり打ち解けて会話をする仲ではなかった。会話をする機会そのものが少ないのも原因かもしれないが、彼女はこういう性格なのだろう。
「仕事の方はどうだ? 私でよければ力になるが?」
「いえ、天羽長の手を煩わせるほどのものでは。それに、これくらいのことが務まらなければ四大天羽の名が廃れますので」
「そうか。頑張っているんだな」
「いえ、それほどのことではありません。そもそも、天羽とは役割を持って生まれてくるもの。それを全うする使命と義務があります。私はそれに準じているだけです。それに、あなたほどではありません、天羽長」
彼女の会話は丁寧だがやや固い印象がある。優秀な部下なのはルシフェルも認めているが、正直に言えばもっと距離感を縮めたかった。
「仕事熱心なのはとてもよいことだ。私もうれしいよ、ガブリエル」
「あなたからお褒めいただけるとは。光栄です」
「時に、君はどうやって息抜きをしている?」
「息抜きですか?」
「ああ。君がする楽しいことは? どんなことで笑うんだ? 君の笑顔を私は見たことが無くてね」
ルシフェルは変に気遣っていると伝わらないよう、気さくに声をかける。
「いえ、特には」
「ないのか?」
ただ、彼女の返答は期待したものとは違った。
「はい。必要だと感じたこともありません。私は自分の責任を果たします。それにやりがいも感じていますので。楽しむ余裕は私には不要です」
「そうか……」
彼女の答えにルシフェルは残念そうに目線を下げた。
ガブリエルは厳格な女性だ、他者にも厳しいが自分にも厳しい。それが彼女のいいところではあるのだが、もう少しだけ融通が利いてもいいだろう。
「しかし、そう区切るものでもないだろう。仕事をすることと楽しむ時間を持つことは両立できる。君もそうした時間を見つけてみてはどうだ? 私たちには生まれた理由はあるが、笑ってはいけないという理由はない。楽しみがないというのはそれだけで損というものだ」
仕事だけの人生など歯車と同じだ。自分の役割を果たすだけの部品。天羽も本来はそうしたものかもしれないが、しかし機械とは違う。自分で物事を考え、楽しむ心を持つ。
ルシフェルはそう思ってガブリエルに声をかけ、彼女は顎に手を添え考え込んだ。そのまま数秒してから口を開く。
「難しいですね」
「うーん。そう難しい話ではないはずだが……」
考え方は天羽それぞれということか。ガブリエルは逡巡している様子だったが、けっきょく答えは出なかった。
「すみませんが、仕事の途中ですので。ここで失礼します」
「そうだったか。こちらこそ時間を取らせて悪かったね」
「いえ。それでは」
ガブリエルは会釈し、宿舎へと入っていった。残されたルシフェルはしみじみとつぶやく。
「ふーん、難しいな」
彼女と打ち解ける日は来るのだろうか。これも時間をかける必要がありそうだ。思えば四大天羽の面々はみな個性があるというか、クセが強い。
元々気分転換が目的だった散歩だがどうにも怪しくなってきた。これは早々に部屋へと戻った方がいいかもしれない。
そう考えて、行動に移す前。ルシフェルは自室とは違う方向を向いていた。
「ここからだと、遠見の池が近いか」
ここで帰るにはあまり気分が晴れていない。最後に一つ寄って行くかとルシフェルは翼を広げた。
みなが愛する、明けの明星だった。
そんな彼を、宿舎の渡り廊下から遠目に見つめる一人の女性がいた。
四大の天羽、ガブリエルだ。ちょうど渡り廊下を歩いていると聞こえてきた鳥の歌声に目を向ければ、そこに天羽長の後ろ姿を見つけ足を止めていた。
花壇とは離れているが、彼ほど美しい者を見間違うことはなく、また花と鳥が彼を賛美しているのを聞き違うこともない。
それは彼が持つ品性ゆえだ。尊敬に値する天羽であり、天羽長として申し分ない素養だ。
ガブリエルは遠目に見えるルシフェルに向かい静かに会釈し、そのまま向かいの宿舎へと歩き始めた。
「行ってしまうのかい?」
その足を、彼の一言が止めた。
「……すみません、失礼のないよう配慮したつもりでしたが。邪魔をしてしまいました」
「邪魔なんてことはないさ」
ルシフェルはゆっくりと振り向きガブリエルを見た。彼は翼を広げ、乗っていたいた小鳥たちは飛び立った。ルシフェルは宙を浮かび彼女の目の前に着地する。
「一言声をかけてくれればよかったものを」
「いえ、ご友人たちと談話をされていたようなので。お邪魔かと」
「なるほど、それはそれで君らしいか」
ルシフェルは少しだけ寂しそうに笑った。ガブリエルとはあまり打ち解けて会話をする仲ではなかった。会話をする機会そのものが少ないのも原因かもしれないが、彼女はこういう性格なのだろう。
「仕事の方はどうだ? 私でよければ力になるが?」
「いえ、天羽長の手を煩わせるほどのものでは。それに、これくらいのことが務まらなければ四大天羽の名が廃れますので」
「そうか。頑張っているんだな」
「いえ、それほどのことではありません。そもそも、天羽とは役割を持って生まれてくるもの。それを全うする使命と義務があります。私はそれに準じているだけです。それに、あなたほどではありません、天羽長」
彼女の会話は丁寧だがやや固い印象がある。優秀な部下なのはルシフェルも認めているが、正直に言えばもっと距離感を縮めたかった。
「仕事熱心なのはとてもよいことだ。私もうれしいよ、ガブリエル」
「あなたからお褒めいただけるとは。光栄です」
「時に、君はどうやって息抜きをしている?」
「息抜きですか?」
「ああ。君がする楽しいことは? どんなことで笑うんだ? 君の笑顔を私は見たことが無くてね」
ルシフェルは変に気遣っていると伝わらないよう、気さくに声をかける。
「いえ、特には」
「ないのか?」
ただ、彼女の返答は期待したものとは違った。
「はい。必要だと感じたこともありません。私は自分の責任を果たします。それにやりがいも感じていますので。楽しむ余裕は私には不要です」
「そうか……」
彼女の答えにルシフェルは残念そうに目線を下げた。
ガブリエルは厳格な女性だ、他者にも厳しいが自分にも厳しい。それが彼女のいいところではあるのだが、もう少しだけ融通が利いてもいいだろう。
「しかし、そう区切るものでもないだろう。仕事をすることと楽しむ時間を持つことは両立できる。君もそうした時間を見つけてみてはどうだ? 私たちには生まれた理由はあるが、笑ってはいけないという理由はない。楽しみがないというのはそれだけで損というものだ」
仕事だけの人生など歯車と同じだ。自分の役割を果たすだけの部品。天羽も本来はそうしたものかもしれないが、しかし機械とは違う。自分で物事を考え、楽しむ心を持つ。
ルシフェルはそう思ってガブリエルに声をかけ、彼女は顎に手を添え考え込んだ。そのまま数秒してから口を開く。
「難しいですね」
「うーん。そう難しい話ではないはずだが……」
考え方は天羽それぞれということか。ガブリエルは逡巡している様子だったが、けっきょく答えは出なかった。
「すみませんが、仕事の途中ですので。ここで失礼します」
「そうだったか。こちらこそ時間を取らせて悪かったね」
「いえ。それでは」
ガブリエルは会釈し、宿舎へと入っていった。残されたルシフェルはしみじみとつぶやく。
「ふーん、難しいな」
彼女と打ち解ける日は来るのだろうか。これも時間をかける必要がありそうだ。思えば四大天羽の面々はみな個性があるというか、クセが強い。
元々気分転換が目的だった散歩だがどうにも怪しくなってきた。これは早々に部屋へと戻った方がいいかもしれない。
そう考えて、行動に移す前。ルシフェルは自室とは違う方向を向いていた。
「ここからだと、遠見の池が近いか」
ここで帰るにはあまり気分が晴れていない。最後に一つ寄って行くかとルシフェルは翼を広げた。
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