天下界の無信仰者(イレギュラー)

奏せいや

あの『場所』なんだ!

「君には分からない。人類が行なってきた愚行と、これからも起こる争いが。そこにあった多くの悲しみと苦しみはいつ報われる? いつになったら、人は誰しもが笑える世界になるんだ! このままじゃ、人類はいつまで経っても報われない」

 平和のため。それを誰よりも願う天羽が、神愛に問い質す。

「君に分かるのか、人類の歩むその果てが!?」

 多くの悲しみと苦しみを見届けてきたウリエルが、激情を表した。

 二千年の想いが、この場の空気を震わしていく。

 それを、

「知らねえよ!」

 神愛は、否定した。

「知るかんなもん! 世界? 人類? みんなお手て繋いで平和を作りましょうだぁ? 知らねえよ。知るわけねえだろ。俺にとってこの世界がどれだけクソだと思ってるやがる。蔑視べっし罵倒ばとう罵詈ばり雑言ぞうごん。そんなもんクソ食らえだろうが。そんな中で、お前たちは俺の宝物なんだ。俺にとって大切なもんなんてそれだけだ!」

 ウリエルの目が丸くなった。

 神愛は叫ぶ。むしろ吠える。彼女の想いすら上回らんほどに、神愛も激情をぶつけていった。

 世界の底辺で生きてきた男が、想いを叫ぶ。

 その思いは二千年と比べれば程遠く、歴史もない浅いものだ。

 けれど、人の想いに月日なんて関係ない。一目で恋をすることもある。

 全世界から向けられる憎悪を浴びて生きてきた。胸にあるのはいつも怒りと悔しさだけで、それ以外のものなんて存在しなかった。

 そんな自分の人生に現れた、友達という神より希少な存在。

 神愛は神を信じない。信仰しない。世界すら憎んでる。

 だが、

 しかし、

 だとしても。

 友達という恩人だけは、なにがあっても諦めない。

「俺にとっての世界っていうのはな、お前たちと笑い合ってた、あの『場所』なんだ!」

 それが宮司神愛という、無信仰者のすべてだった。

「ふ、ふふ……。はははは……」

 神愛の言葉を黙って聞いていたウリエルだったが、突然笑い出した。躊躇いがちの、どこか呆れた笑い声だったが、それは楽しそうだった。

 初めて見たかもしれない。こうして彼女が笑うところは。

 ウリエルは神愛を見つめる。

「相変わらずだな、君は」

「ハッ」

 ウリエルの雰囲気に合わせて神愛も気負いなく笑う。まるで戦場とは思えない自然なやり取りだった。

「神愛」

「ん?」

 そこでウリエルに声をかけられる。改まって聞かれ、神愛は振り向いた。

 ウリエルは、神愛を見つめていた。

「君と出会えて、本当に良かった」

 優しい声と優しい顔で。ウリエルは、炎に包まれた戦場で微笑んでいた。

 きれいだった。それは儚い線香花火のような、細く繊細な雰囲気だった。

「ったく、なーに最後の別れみたいなこと言ってやがる。俺たち、これからだろうが」

 でも、神愛は認めない。ウリエルがなにを諦めようとしていても、自分だけは決して諦めない。ウリエルに理想があるように、神愛も求める日常を取り戻すまでは。

「いくぜ恵瑠、俺の全力を見せてやる」

「来い。それでも私が勝つ!」

 友との語り合いはこれまでだ。久々の再会にきょうじるのもここでお終い。

 これからは倒すべき相手。互いに望む未来を手にするため。

 友としての時間は泡沫ほうまつのように消え、空気は再び戦意に震える。

「我が名はウリエル! その誇りに賭けて、君はこの場で倒す!」

 ウリエルは片手を上げる。すると曇天からいくつもの火球が降り注いできた。まるで隕石の襲来だ。衝突に建物は砕かれ破片が街に四散する。

 災厄だ、街ひとつ壊滅させんほどの大災害がこの場を襲う。これは世界の行く末を決める大勝負、空も大地も荒れ狂う。
 その中を、神愛は走っていた。天から降り注ぐ建物の瓦礫、地面は爆撃のように飛び散りひどい有様の中を。

「うおおおおお!」

 ウリエルに接近し拳を打ち出す。渾身の一撃。しかしそれはウリエルの刀身に防がれた。押し付け合う力に黄金の火花が散っていく。

 気炎の声を吐きながらいくつもの拳を振るい、ウリエルは華麗な剣技で拳を逸らし、もしくは受け止めた。

 彼女の振るう剣、それは剣術から芸術の域だった。洗練された力と技。計算された型と研磨けんまされた心は合一ごういつし彼女を炎の剣へと変えていく。神愛の妨害を一身に浴びながらも剣技に衰えは見えない。

 対して神愛の戦い方はまさにケンカ戦法だ。路上で行うものと変わらない。力任せに殴る、蹴る、技術も減ったくれもない。

 ただ強化した体で戦うだけ。それで駄目ならさらに強化して殴る。神愛らしい単純な戦法だ。だが、だからこそ強い。

 無限に強化されるその肉体は彼自身の想いと連動してどこまでも強くなる。

 相手の強さは関係ない。自分の想いが神化となり、相手の強さを上回れるかどうか。

 神愛の勝負はいつだって自分との戦いだ。

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