天下界の無信仰者(イレギュラー)

奏せいや

これで話す気になったか?

 ミルフィアはサン・ジアイ大聖堂正面広場に立っていた。目の前にいるのは外務省長官、そして四大天羽ガブリエル。

 無限に存在すると言われる天羽の中でも最上位の四大を冠する天羽。

 弱いわけがない、落ち着きながらも秘めた力の強大さが伝わってくる。

 威圧感は、あのメタトロンほどまで膨れ上がっていた。視線が重い。広場が狭く感じられる。

 それほどの敵を前にしてもミルフィアは気丈としていた。表情は引き締まり、いつ戦闘が始ってもいい体勢だ。

「話をしないか?」

 だからこそ、ガブリエルからの提案は意外であり、愚策だった。

「いえ、無駄に時間を費やす暇はありません」

 見え見えの時間稼ぎだ。天界の門ヘブンズ・ゲートの全開を防ぐため、そして大通りで戦っている者たちのためにも時間の浪費は出来ない。

 よってやるなら初めから全力による短期決戦、そのためには先制攻撃。

 ミルフィアは構え、弾圧を撃とうとした。

「本気か?」

 そんなミルフィアの行動をガブリエルはいましめる。

「私と戦うつもりか? 分かっているはずだ、私が神徒レジェンドだと」

 神徒レジェンド。それは信仰者の階位において最上のもの。その者たちは信仰を極めたがために神となる。全能なのだ。

 出来ないことなどない。世界改変が最低ラインなのだから、望んだことがそのまま現実となる。

 また全能であるが故に傷もつかない。全能は全能でしか倒せないのだ。

 この時点で、ガブリエルはウリエルやラファエル、サリエルよりも強いということが確定していた。

 もしくは天羽長であるミカエルよりも強いのかもしれない。

「術はあります」

 それを承知でミルフィアは戦う気だった。勝算はある。彼女は片手を天に翳し、思想統一のもう一つの力を発動した。

「あなたの理に反する者へ、布教する!」

 ミルフィアの持つ布教の力。それは広場の上空を黄金の波紋となって走り、この場をまばゆい光で照らした。

「ほう」

 これにはガブリエルも声を漏らした。見上げるのは黄金の布が風に揺れるかのような光景だ、美しいがしかし、自身に起こる異変に片手を何度か握ったり開いたりした。

「これがメタトロンを弱体化した技か。なるほど」

 力が思うように出せない。それは神化の低下を意味しており、神理時代において脅威的なものだ。

 そうでなくとも神理がまだ存在しない人理時代では瞬く間に人々を洗脳してしまう。

 思想統一による弾圧と布教、それが持つ強力な攻撃と弱体化がミルフィアの戦術だ。

神徒レジェンドすら弱体化させるとなると相当だな。しかしこれでは時間がかかる。この程度ではメタトロンは倒せまい」

 ガブリエルは自身の手を見つめていたがミルフィアに視線を戻した。

 弱体化は効いている。今もガブリエルの力を減らしているが、それはガブリエルからしてみれば微々たるものだった。

 彼女の強大さはこの程度ではビクともしていない。ミルフィア単体での布教では時間がかかる。

「どうだ、賭けをしないか?」

「賭け?」

 ミルフィアはいつでも攻撃できるよう片手をガブリエルに向けている。

 ただしガブリエルの言う通り、今攻撃してもダメージは望めないだろう。ミルフィアの布教を持ってもガブリエルの神化にはまだヒビ一つ入れられない。

「もしあの小僧がウリエルを説得、もしくは倒せたのなら、私も支点を壊そう。ただし戦うのはやつ一人だけだ。そして、お前には私と話をしてもらおう」

「信用できませんね」

「そうか」

 ガブリエルからの申し出を断る。ミルフィアとずいぶん話がしたいようだがそんなことは知ったことではない。

 神愛がウリエルを説得、もしくは倒せたなら支点を破壊できるならその方が戦って勝つよりも可能性が高いかもしれないが、それが果たされる保証もない。

 戦いは避けられない。それで勝つ方が確実だ。

「ではこれでどうだ?」

 そこでガブリエルが思いもよらぬ行動に出た。

 ガブリエルは振り返ると右手を支点である柱に向け、白光する球体を打ち出し破壊したのだ。

「な!?」

 まさかのことにミルフィアも驚く。支柱は砕け散り紋様は消える。ほのかに光っていた輝きもなくなり、結界の一つ、支点は間違いなく消え去った。

「これで話す気になったか?」

 いったいどういうことなのか。ミルフィアには本気で分からなかった。結界の支点守護は天羽たちにとって要も要、最重要任務のはず。

 それを、こうも容易く放棄するなど信じられない。

 嬉しい誤算であることは間違いないが、それ以上に意図が不明であり不気味だ。

 ミルフィアは閉口したままガブリエルを驚きの表情で見つめた。

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