天下界の無信仰者(イレギュラー)
約束だったからね。私は誠実なんだ
時は天界の門を開けた後、サン・ジアイ大聖堂の一室にて、ミカエルたちが話し合いをした後だった。
ガブリエルとラファエルが退室し、残ったミカエルとウリエルの間で交渉が行われる。神愛の処遇。
そのことにウリエルは黙って条件を飲みこの部屋から出て行った。
ミカエルは一人残される。しかしここに寂しげな雰囲気はなく、天羽長の威光が充ちていた。
その美貌と存在感はただの部屋でしかないこの場所を異界に変える。並みの者ならば息を呑み身動きすら取れないだろう。
全人類を支配下に置き、神の愛に応えんとする者はそれほどの存在感を持っていた。
そんな空間で軽口を吐ける者がいるのならば、その者もまたただ者ではないということに他ならない。
「くだらねえ」
「サリエルか」
一度は退室したサリエルが椅子に座っていた。定位置となった自分の席に腰掛けさきほど行っていたウリエルとの会話を振り返っていた。
「すでに事は起こってんだ、なのにこの期に及んでまだ縋ってやがる。情けねえ」
最大の転換点、天界の門は開かれた。人類との戦いはもう始まっている。
にも関わらずウリエルには抱えている一つの矛盾があるのだ、その優柔不断、情けない。サリエルは心底呆れたと「ったく」と愚痴を吐く。
「気に入らないのか?」
「そりゃそうだ」
憮然とした顔でサリエルは答える。
「職務上こういうことをされるのはなあ。なにより、こっちの方が都合がいいっていうのがなおさらな」
「フッ、皮肉だな。だが理に適っていないわけではないさ。初めから君の望みは歪んでいる、二つや三つの矛盾はあって当たり前だ」
「違いねえ」
天羽再臨。この計画を実行するために二体は協力した。思惑は違ったわけだが利害は一致している。
サリエルには長年抱いてきた禍根があったし、ミカエルとしても天羽を監視するサリエルの怪獣なくして行動は出来なかった。
自分とは違えど、彼が長年抱いてきたその執念とも呼べる願い。自分と同じくそれが実を結ぼうとしている。
「君の願い、始まりはいつだったかな」
そのきっかけ。天羽再臨も厭わない彼の執念はいつから始まっていたのか。ミカエルはふと思い返してみる。
「覚えてねえな」
それに答えるサリエルは素っ気ない態度だった。というよりも答えたくない様子だ。
「彼女といい君といい、嘘が下手だな。覚えていないんじゃない、思い出したくないんだろ」
「気づいても言わないのが優しさなんじゃねえのか、ミカエル天羽長様よぉ?」
「指摘こそが相手の成長を促す優しさだと思うんだ」
「ケッ、相変わらずだなお前はよ」
嫌味の利いた指摘に表情を歪めるもののすぐに切り替える。サリエルは目線を上げ、感慨深く呟いた。
「長かったなぁ~……」
「いよいよか」
彼の望みを知っているミカエルも同様につぶやいた。
「ああ。ようやくあいつとの決着が付けられるんだ。俺にはその理由があるし、立場上の理由だってある。ここまでは読み通り。お前の手の平ってわけか、ミカエル」
「約束だったからね。私は誠実なんだ」
「それはよかった。なら、俺は報酬をもらうとしよう」
サリエルは席を立った。扉に向かって歩く後ろ姿へミカエルは言葉を贈った。
「武運を祈るよ、サリエル」
ウリエルは神愛の殺害を命じられていながら殺さなかった。明らかな命令違反だ。
ならば彼の出番だ。
神愛が攻めてこなければ彼に手は出さないとは言ったが、ウリエルを裁かないとは言っていない。
扉は開いた、ならば用済みだ。約束通りサリエルに差し出そう。
天羽長からの声援にサリエルは足を止め、獰猛な獣を思わせる口元を大きく吊り上げた。
「ハッ、見てろよミカエル。世界が変わる前にリセットしてやるからよ。あるべき形にな」
そう、時が近づいている。宿願を果たす時がもうじきやってくる。天羽再臨の先に、約束されていた報酬を受け取るのだ。
「俺の戦いは、これからなんだよ」
サリエルは両手で扉を押し退け出ていった。興奮がじわじわと胸を焦がしている。まるで子供のように急かされる。
幼稚なくらいに自分が抑えられない。けれどこの時だけはそんな自分が嫌いになれなかった。
この興奮に酔いたい、酔い痴れたい。興奮して当然。待ちに待ったのだ、この時を。
サリエルが部屋を出て廊下に出た先、そこにはガブリエルとラファエルが立っていた。
ガブリエルは普段通り背筋を伸ばした威厳のある佇まいにラファエルは物静かに立っている。
二人がここにいる理由は一つしかない、それにサリエルは「フ」と笑った。
「話は聞いての通りだ、文句なら今の内にしてくれよ」
ガブリエルとラファエルが退室し、残ったミカエルとウリエルの間で交渉が行われる。神愛の処遇。
そのことにウリエルは黙って条件を飲みこの部屋から出て行った。
ミカエルは一人残される。しかしここに寂しげな雰囲気はなく、天羽長の威光が充ちていた。
その美貌と存在感はただの部屋でしかないこの場所を異界に変える。並みの者ならば息を呑み身動きすら取れないだろう。
全人類を支配下に置き、神の愛に応えんとする者はそれほどの存在感を持っていた。
そんな空間で軽口を吐ける者がいるのならば、その者もまたただ者ではないということに他ならない。
「くだらねえ」
「サリエルか」
一度は退室したサリエルが椅子に座っていた。定位置となった自分の席に腰掛けさきほど行っていたウリエルとの会話を振り返っていた。
「すでに事は起こってんだ、なのにこの期に及んでまだ縋ってやがる。情けねえ」
最大の転換点、天界の門は開かれた。人類との戦いはもう始まっている。
にも関わらずウリエルには抱えている一つの矛盾があるのだ、その優柔不断、情けない。サリエルは心底呆れたと「ったく」と愚痴を吐く。
「気に入らないのか?」
「そりゃそうだ」
憮然とした顔でサリエルは答える。
「職務上こういうことをされるのはなあ。なにより、こっちの方が都合がいいっていうのがなおさらな」
「フッ、皮肉だな。だが理に適っていないわけではないさ。初めから君の望みは歪んでいる、二つや三つの矛盾はあって当たり前だ」
「違いねえ」
天羽再臨。この計画を実行するために二体は協力した。思惑は違ったわけだが利害は一致している。
サリエルには長年抱いてきた禍根があったし、ミカエルとしても天羽を監視するサリエルの怪獣なくして行動は出来なかった。
自分とは違えど、彼が長年抱いてきたその執念とも呼べる願い。自分と同じくそれが実を結ぼうとしている。
「君の願い、始まりはいつだったかな」
そのきっかけ。天羽再臨も厭わない彼の執念はいつから始まっていたのか。ミカエルはふと思い返してみる。
「覚えてねえな」
それに答えるサリエルは素っ気ない態度だった。というよりも答えたくない様子だ。
「彼女といい君といい、嘘が下手だな。覚えていないんじゃない、思い出したくないんだろ」
「気づいても言わないのが優しさなんじゃねえのか、ミカエル天羽長様よぉ?」
「指摘こそが相手の成長を促す優しさだと思うんだ」
「ケッ、相変わらずだなお前はよ」
嫌味の利いた指摘に表情を歪めるもののすぐに切り替える。サリエルは目線を上げ、感慨深く呟いた。
「長かったなぁ~……」
「いよいよか」
彼の望みを知っているミカエルも同様につぶやいた。
「ああ。ようやくあいつとの決着が付けられるんだ。俺にはその理由があるし、立場上の理由だってある。ここまでは読み通り。お前の手の平ってわけか、ミカエル」
「約束だったからね。私は誠実なんだ」
「それはよかった。なら、俺は報酬をもらうとしよう」
サリエルは席を立った。扉に向かって歩く後ろ姿へミカエルは言葉を贈った。
「武運を祈るよ、サリエル」
ウリエルは神愛の殺害を命じられていながら殺さなかった。明らかな命令違反だ。
ならば彼の出番だ。
神愛が攻めてこなければ彼に手は出さないとは言ったが、ウリエルを裁かないとは言っていない。
扉は開いた、ならば用済みだ。約束通りサリエルに差し出そう。
天羽長からの声援にサリエルは足を止め、獰猛な獣を思わせる口元を大きく吊り上げた。
「ハッ、見てろよミカエル。世界が変わる前にリセットしてやるからよ。あるべき形にな」
そう、時が近づいている。宿願を果たす時がもうじきやってくる。天羽再臨の先に、約束されていた報酬を受け取るのだ。
「俺の戦いは、これからなんだよ」
サリエルは両手で扉を押し退け出ていった。興奮がじわじわと胸を焦がしている。まるで子供のように急かされる。
幼稚なくらいに自分が抑えられない。けれどこの時だけはそんな自分が嫌いになれなかった。
この興奮に酔いたい、酔い痴れたい。興奮して当然。待ちに待ったのだ、この時を。
サリエルが部屋を出て廊下に出た先、そこにはガブリエルとラファエルが立っていた。
ガブリエルは普段通り背筋を伸ばした威厳のある佇まいにラファエルは物静かに立っている。
二人がここにいる理由は一つしかない、それにサリエルは「フ」と笑った。
「話は聞いての通りだ、文句なら今の内にしてくれよ」
コメント