天下界の無信仰者(イレギュラー)

奏せいや

さあ、その時だ。天主の愛を示す時。叫べ、歓喜を上げよ!

 だけど。

(だけど!)

 ウリエルは目を見開いた。そこには決意がある。濡れた瞳が輝いた。

(私は、世界を平和にしたい!)

 生まれた時から抱いた理想。

(今度こそ!)

 それを成就するために。

 決意が悲しみを乗り越える。覚悟が迷いを断ち切った。

 世界の平和。燃え尽きた理想の灰から、新たな意志が蘇る。

(神愛君、好きだった、君のことが……)

 今一度悲恋の表情で彼のことを思い、気を引き締めた。

 ウリエルは新たな決意を瞳に映して、気迫の表情で口にする。

「聖なるかな、聖なるかな、聖なるかな。我らが天主よ、あなたの大いなる力、大いなる愛、大いなる光は万物を満たす!」

 四人の詠唱、それによりこの場は尋常ではないほどの神気に満ちていた。静まり返った空中で、しかし息を呑むほどの圧倒的存在感がある。

 降りてくるのだ、次元を超越する扉、上位次元たる天界と天下界を繋ぐ扉が。

 強大な霊的質量の出現、その前兆だけで肌が押し潰されそうな圧迫感を覚える。

 その本体が、ミカエルの言葉の後に現れた。

「天主よ、あなたの光は地上を照らし、あなたの愛は世界を包む! 光よ、それはあなたの愛、世界に降り注ぐ普遍の慈愛。解き放て、光よ。今こそ天主の愛が地上を包む時!」

 上空に広がる魔法陣のさらに上。そこに全長80メートルを超える長方形の扉が現れた。白い石工細工のような重々しくも荘厳なる扉。

 出現時、その威容を称えるかのように雲が晴れ渡った。

 天に蓋をする暗雲は吹き飛ばされサン・ジアイ大聖堂の上空だけが切り取ったように青空になる。

 降り注ぐ光が彼ら天羽を照らし出し、奇跡の出現に彼らも応える。

「「「「開かれよ!」」」」

 一斉に声が上がる。四体の叫びが重なり空に広がった。

 さあ、その時だ。

 天主の愛を示す時。

 叫べ、歓喜を上げよ!
 
「「「「天界の門ヘブンズ・ゲート!」」」」

 四体一同の叫びと共に、重く閉ざされていた扉が動き出した。

 扉が僅かに開く。その隙間から眩い光が漏れ出し、あまりの眩しさに向こう側が見えない。

 けれど現れる。それは白く塗り潰すほどの光から。

 扉の隙間、そこから十メートルもの天羽が現れた。淡い赤色をした僧衣のような服装をしており髪も同じく赤い色をしていた。

 羽を広げれば二十メートルにもなり、両足は激しく燃えていた。彼が進んだ跡にはしばらく炎が残っている。

 それを道しるべにするように、隙間から多くの天羽が現れた。大きさは人と同じであり、白衣に純白の翼を羽ばたかせ、次から次へと現れる。

 その数は数百、さらに増えてすでに千に達している。

 武装した天羽たちはいくつもの隊列を作り飛行する。その様は鳥の群れが羽ばたくようで、そうした群衆がさらにいくつもあるのだ。

 空が天羽に埋め尽くされていく。青空に浮かぶのは白い雲ではなく白い翼。まばゆい光だ。

 行進を続ける天羽の中、最初に現れた十メートルの天羽が腰に手を伸ばす。

 二メートルものラッパを手に取り、それを吹き鳴らしたのだ。

 響き渡るラッパの轟音。第一の号令。

 審判の時を告げる音色だ。

 響き渡る、響き渡る。高く、高く、世界の果てまで届くようにと。

 告げるのだ、天羽と人類の対決を。

 決戦が始まったことを。

「ふふ、ふ、ハーッハッハッハッハッ! ハッハッハッハッ!」

 ミカエルは笑っていた。待ち望んだ光景を仰ぎ、両腕を大きく広げ、勝利を確信する。

 天羽軍。それは無限の軍勢。際限ない神造体しんぞうたいの群れ。

 それを率いて挑む。戦う。負けるはずがない。

「私の勝利だ!」

 ミカエルは笑っていた。大笑が空気を震わす。いつまでも、いつまでも、ミカエルは歓喜に染まり笑っていた。




 人類と天羽の争い。ウリエルという名の堕天羽を巡る戦い。

 そこで発生する第四の信仰者というイレギュラー。

 門を開いた神官長ミカエル。

 打倒された教皇エノク。

 失意に落ちた無信仰者神愛。

 数々の思惑が入り乱れる中、この戦いがどのような結果を生むのか、まだ誰も知らない。

 戦いは、始まった。

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