天下界の無信仰者(イレギュラー)

奏せいや

まさか

 しかし、その結果不死身の矢は数を増し、この場は千を越える矢で密集していた。そのすべてがヤコブを射殺さんと執拗に追いかけてくるのだ。

 ラファエルが持つ空間転移への回答。それが空間を埋め尽くす飽和攻撃だった。

(一撃!)

 それに賭けるしかない。この状況、最初は有利かと思われたヤコブが劣勢に立たされている。逆転しようとするなら一撃だ、それでラファエルを倒さねば串刺しに遭う。

 矢が密集する中、転移先は限られている。もう数えるほどしかない転移先を慎重、かつ瞬時に見極め転移を繰り返す。

 それは細い勝利への道に向かって、パズルを組み立てるような作業だった。

 失敗は許されない。勝利へのピースを見誤れば勝算はもろくも崩れ落ちる。

 ヤコブは必死だった。懸命に空間転移を繰り返し、息もつかぬほどの高速転移、自分がどこにいるのかも見失いそう。おまけに矢はどこにでもいる。

 その苦境、しかしヤコブは諦めなかった。細い糸をたぐり寄せるように勝利へと少しずつ近づいていく。

 そして、ついにラファエルの背後を取った! この矢が密集する空間、それはヤコブの動きを縛ってはいたがそれはラファエルも同じだ。

 数が多すぎたのだ、これではラファエルの転移先も限られる。それを計算し、ようやく彼女の背後へと回り込めた。

「これで仕舞いだ!」

 二人の決着をつける剣撃、渾身の一撃に全身全霊の思いを込めて、ヤコブは刀身を振り下ろす。

 しかし、それは届かなかった。

「ぬう!」

 剣を持つヤコブの右手、それが羽によって防がれた。まるで手のように羽が動き捕まえられたのだ。

 次々に他の羽もヤコブを掴みにかかる。両手両足、首にまで。器用に翼の先を操り、ヤコブを束縛した。身動きが取れない。

 ヤコブはラファエルの後ろ姿を睨んだ。すると彼女はヤコブを見ることなく振り向いた。

「ごめんなさい……」

 直後、ヤコブの背後にいくつもの矢が突き刺さった。

「ぐう!」

 他の矢は消失し、掴んでいた羽もヤコブを放した。ヤコブは屋上に落下しうつ伏せに倒れる。

「お、のれ」

 背中の激痛に表情をしかめながらもヤコブは見上げた。

 ラファエルはゆっくりと降下してくる。八枚のきれいな翼を優雅に伸ばし、地上の少し上で浮かんでいた。

 ラファエルは、物憂げな表情でヤコブを見下ろしていた。

「これは決まっていたことよ、もう止められない。私にも、誰にも。……受け入れてちょうだい」

 そうは言いつつ無理だと思っているのだろう、彼女自身が寂しそうな顔をしている。

「決まってなどいるものか」

「え?」

 だが、ヤコブは敗北してもなお、諦めていなかった。

 この状況で、教皇宮殿は敵に囲まれラファエル以外にも強力な天羽てんはは他にもいる。戦況は明らかに劣勢だ。

 それでもヤコブは宙に浮かぶラファエルを睨み上げ、不屈の闘志で言い放った。

「よく聞け御使い。人の意思を、なめるなよ! 我々は二千年前と同じではない、我々には信仰と神化がある。数世紀以上の年寄りが、思い知るがいい!」

 手負いの状態でなお、気迫の籠もった声だった。敗者は勝利を誓い、勝者は諦めたように悲観な表情をしている。これではどちらが勝者なのか解らない。

 そんな時だった。

「これは!?」

「まさか」

 突如、この場を揺れが襲ったのだ。

 ヤコブは視線をラファエルの背後に向ける。ラファエルも振り向いた。

 それは教皇宮殿の前、そこにはこの揺れの正体、登場するだけで大地を揺るがす最大の神託物、

「エノク様!」

「メタトロン!?」

 教皇エノクの神託物、メタトロンが立っていた。

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