天下界の無信仰者(イレギュラー)

奏せいや

どの口が言うの?

 ラファエルはなにも言わなかった。表情も変わらない。

 だが、頭の中ではバレていたかと悔しさが過った。

「さきに行っててじゃねえ。俺は運び屋じゃねえんだ、監視役で来てんだよ。俺の天羽(てんは)としての役目知ってんだろ?」

 あくまで軽佻に、悪ふざけにしか見えない態度だがサリエルは本気だ。見た目はこれでも思考は冷静で冴えている。それを二千年の付き合いでラファエルも知っていた。

「…………どの口が言うの?」

 だからこそ、ラファエルは許せなかった。

 声が震え出す。胸から湧き出る感情が我慢してきた気持ちを突き動かす。

「私も、正直に言うとラグエルと同じ気持ちだった。彼は自分の役目を、あなたと同じ、天羽てんはを監視する天羽てんはとして当然の責務を果たそうとしただけだった。なのに!」

 こめかみに銃を突きつけられているのを無視してラファエルは振り向いた。そこで自分を見つめるサリエルに向かって、涙で濡れた瞳で睨みつけた。

「あなたは『ラグエルを殺害した!』 どうしてサリエル? なぜそこまでしてこんなことをしようとするの?」

 サリエルは天羽てんはでありながら天羽てんはを監視する役目を持っていた。天羽てんはといっても完全な存在ではない。

 二千年前に堕天羽だてんはが発生したように天羽てんはも時には堕落してしまう。神への従事を拒んでしまう。それを防ぐために勝手な行いをしないか監視するのがサリエルの役目だ。

 だがそれはラグエルも同じ。彼も天羽てんはを監視する天羽てんはとして、今回の騒動、神官長ミカエルの独断独行による計画を止めようとしていた。

 彼が判断を誤った点があるとすれば、それはすぐに三柱の神イヤスに報告せずに中止を訴えたことだ。

 猶予を与えたこと。その隙に、ラグエルは背後から近づいたサリエルに射殺されたのだ。

「そういえば、あいつも似たようなこと言ってたな」

 仲間殺しをしておき、しかしサリエルに悪びれた様子はなかった。自分を睨みつけてくるラファエルに銃口を固定したまま、その時のことを話し出す。

「同じ信仰で、同じ仲間で。これが我らのやることか? だったか。俺はこう言ってやったよ」

 サリエルは顔を近づけた。悔しそうに睨むラファエルへ言い放つ。

「欲しいからに決まってるだろ」

 言われ、ラファエルの目は、意思は沈んだ。どうすることも出来ない。サリエルの意思を変えることは不可能。

 そのために仲間であったラグエルは消され、天羽てんは長ミカエルの指示である以上従わざるを得ない。

「やりな。お前の役目だろ?」

 サリエルは顔を離した。銃口は変わらずラファエルに向いている。

「……そうね。これは私の役目、私にしか出来ないわ。その銃を下ろして。私を殺せばすべて終わりよ」

 ラファエルは意気を落としながらもサリエルに反抗した。蘇生が出来るのは天羽てんはの中でも生命を司るラファエルだけだ。

 ヘブンズ・ゲートを開くために恵瑠が必要なのだから、必然的にラファエルも失うわけにはいかない。それにラファエルもまたヘブンズ・ゲートの鍵である四大天羽しだいてんはの一人だった。

「おいおい、ラファエル。銃を下ろせだと? 本気か?」

 だがサリエルは気に留めていなかった。脅しになっていない。それどころか脅迫してきた。

 サリエルは銃を持つ手とは反対の手で、サングラスを少しだけ持ち上げたのだ。

「お前、俺と『にらめっこ』したいのか?」

 言われた瞬間、ラファエルはすぐに顔を背けた。視界からサリエルを追い出す。見るな、見てはならない。そんな危機感に急かされて、ラファエルは逃げるように顔を背けていた。

「お前の敗因はな、ラファエル。仲間は殺せないなんていうお優しいその考えだ」

 サリエルはサングラスから手を離す。小馬鹿にしたような話し方でラファエルに言い、再度指示を出す。

「詰みだな。進めな、無事に終わらせればご褒美にチーズケーキおごってやるよ」

「…………」

 ラファエルは顔を恵瑠へと向けた。そして銃口を向けられる中、白い魔法陣を両手に浮かべ作業を始めた。

 それから黙々と作業が続いていく。空間に浮かんだ別々の魔法陣が重なり合い、浮かぶ文字を組み込んでいく。

 そうして作業していたラファエルの手が止まった。両手に浮かんでいた魔法陣も消え、ラファエルは両手をゆっくりと下ろした。

「これで完了。蘇生プログラムは実行中。あとは時間の問題で、私でも解除は不可能よ」

 ラファエルに達成感はない。落ち込んだ様子でサリエルに作業終了の旨を告げていた。

「ふん、嘘じゃねえな」

 サリエルは銃口を外すとクルクルと回してからガンホルダーに差し込んだ。

 ラファエルが落ち込んでいる中サリエルは上機嫌で恵瑠を見上げる。待ちに待った時が近づいている。その実感にサリエルは口端を吊り上げた。

「いいねえ~、ようやくお前に会えるんだ」

 サングラスに隠れた瞳が、ぎらりと光った。

「楽しみだぜ、ウリエル」

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