天下界の無信仰者(イレギュラー)
なんのつもりかしら?
深い深い地面の底。そこに一つの部屋がある。誰も知らず、地図にも載っていない秘密の部屋。
そこには道筋も扉も存在しない。ここに入れるのは場所を知っている者と、空間転移が出来るオラクルだけだ。
薄暗い部屋には用途不明の機材からいくつもの配線が床と天井に這ってある。そして中央には薄い緑色の液体が入ったカプセル。
そこに、恵瑠はいた。
服装は白のワンピース水着のような服に着替えさせており、恵瑠はカプセルの中で立った状態で眠っているように浸っていた。
そのカプセルを見上げるのは黒髪の女性、ラファエルだった。ライトアップされたカプセルの液体が周囲を淡い緑色に照らす。
 ラファエルは物言わぬ遺体となった恵瑠を見上げ続けている。
するとラファエルの背後から人が近づいてきた。暗闇から人影が現れ緑色に照らされる。
それはサリエルだった。教皇宮殿で恵瑠を回収した後この部屋へと来ていた。彼ら神官長派の高官たち、もしくは天羽(てんは)と呼べばいいか。サン・ジアイ大聖堂の地下深くに隠されたこの部屋へと。
「どうした、手が止まってるぜ?」
サリエルはラファエルの背中に声を掛ける。そのまま彼女の隣へと立った。ラファエルは振り返ることなく見上げ続ける。
「ケッ、どうしてこんなに時間がかかるんだよ。お前なら一瞬じゃねえのか」
「これは単純な蘇生とは違うの。デリケートなのよ、あなたには分からないでしょうけどね」
「どうでもいいんだよ。さっさとしろや、それがお前の取り柄だろうが」
「はいはい」
苛立ちを露わに話しかけてくるサリエルにラファエルはやれやれと顔を横に振った。かつての仲間が死んで目の前にいる。
 そのことに隣の男はなにも思うところがないのか。ラファエルはため息を吐きそうになる。
「ねえサリエル」
そこで今度はラファエルが聞いた。自分たちの前で永遠の眠りについている彼女を見つめ、サリエルへと問いを投げかける。
「彼女が目覚めたら、あなたはどうするつもりなの?」
彼女の復活。それはウリエルの復権だ。
帰ってくるのだ、自分たちのもとを去った四大天羽(てんは)の一人が。
天羽でさえも、二千年の歴史で半ば伝説と化した存在。誰よりも激烈で、実直で、神への使命と名誉に燃えていた天羽(てんは)。
殺戮の審判者、ウリエルが帰ってくる。そして、二千年の時を経て天羽(てんは)は使命を果たす。人類を救うため、人類への侵攻を。
ラファエルからの落ち着きながらも真剣な問いに、しかしサリエルは軽佻だった。
「あ~?」
つまらないことを聞くなと言わんばかりに、不愉快そうな声を出しラファエルを見つめてくる。
「ハッ、決まってるだろ」
その後正面を向いた。そこには当然のこと恵瑠を入れたカプセルがある。そこで眠りに付く恵瑠を見上げサリエルはやる気に燃えた声で言った。
「二千年だ。二千年だぜ? 自分で自分を褒めたくなるぜ、それだけ待ったんだ。だが、ようやく叶う。挑むことができる。あの時の決着を」
サングラスの奥でサリエルの瞳が恵瑠を睨みつけているのが分かる。荒々しい戦意を隠そうともせず粗暴な態度で見上げていた。
「いやね。だと思ったけど、よくそれを私に言えるわね」
呆れたラファエルは目を伏せる。
「うるせんだよラファエル。てめえのデカイだけの胸、一つむしり取られてえか?」
「まったく。その性格も相変わらずよね」
「今更だな」
「ええ、もう慣れたわ」
実際そこまで気にしていないのだろう。ラファエルは恵瑠を見上げると両手を動かした。
 両手には白い魔法陣が手の平サイズに浮かび、それをコントローラーとして他にも空間に浮かんだ文字や図形を組み合わせていく。
「さきに行っててちょうだい。調整してから私もすぐに向かうわ」
ラファエルは作業を再開する。隣のサリエルには目もくれず己の作業を進めていた。
そんなラファエルにサリエルが近づいていく。
瞬間、サリエルは即座に銃を抜きラファエルのこめかみに銃口を突き付けてきた。
「……なんのつもりかしら?」
完全に脱力した状態からの早抜き。銃を抜く気配などまるでなかった、意識的な不意打ちだ。
ごく自然に銃を突きつけてくるサリエルだったが、しかし様子はもう変わっていた。態度こそ変わっていないがこれが冗談でないことは漂う気配から分かる。
下手すれば殺すぞと、言外に伝えていた。
ラファエルは恵瑠を見上げたまま、手を止めてサリエルに聞く。
「それはこっちの台詞だ」
サリエルは軽薄な笑みを浮かべラファエルを見つめている。サングラス越しに冷たい視線が突き刺さる。
「ラファエル。てめえ、俺が間抜けかなんかだと勘違いしてねえか?」
ラファエルは黙り、サリエルは続ける。
「俺とお前たちじゃ二千年の付き合いだぜ? 無駄無駄、隠せねえよ。お前、こいつの蘇生、わざと失敗するつもりだろ?」
「…………」
そこには道筋も扉も存在しない。ここに入れるのは場所を知っている者と、空間転移が出来るオラクルだけだ。
薄暗い部屋には用途不明の機材からいくつもの配線が床と天井に這ってある。そして中央には薄い緑色の液体が入ったカプセル。
そこに、恵瑠はいた。
服装は白のワンピース水着のような服に着替えさせており、恵瑠はカプセルの中で立った状態で眠っているように浸っていた。
そのカプセルを見上げるのは黒髪の女性、ラファエルだった。ライトアップされたカプセルの液体が周囲を淡い緑色に照らす。
 ラファエルは物言わぬ遺体となった恵瑠を見上げ続けている。
するとラファエルの背後から人が近づいてきた。暗闇から人影が現れ緑色に照らされる。
それはサリエルだった。教皇宮殿で恵瑠を回収した後この部屋へと来ていた。彼ら神官長派の高官たち、もしくは天羽(てんは)と呼べばいいか。サン・ジアイ大聖堂の地下深くに隠されたこの部屋へと。
「どうした、手が止まってるぜ?」
サリエルはラファエルの背中に声を掛ける。そのまま彼女の隣へと立った。ラファエルは振り返ることなく見上げ続ける。
「ケッ、どうしてこんなに時間がかかるんだよ。お前なら一瞬じゃねえのか」
「これは単純な蘇生とは違うの。デリケートなのよ、あなたには分からないでしょうけどね」
「どうでもいいんだよ。さっさとしろや、それがお前の取り柄だろうが」
「はいはい」
苛立ちを露わに話しかけてくるサリエルにラファエルはやれやれと顔を横に振った。かつての仲間が死んで目の前にいる。
 そのことに隣の男はなにも思うところがないのか。ラファエルはため息を吐きそうになる。
「ねえサリエル」
そこで今度はラファエルが聞いた。自分たちの前で永遠の眠りについている彼女を見つめ、サリエルへと問いを投げかける。
「彼女が目覚めたら、あなたはどうするつもりなの?」
彼女の復活。それはウリエルの復権だ。
帰ってくるのだ、自分たちのもとを去った四大天羽(てんは)の一人が。
天羽でさえも、二千年の歴史で半ば伝説と化した存在。誰よりも激烈で、実直で、神への使命と名誉に燃えていた天羽(てんは)。
殺戮の審判者、ウリエルが帰ってくる。そして、二千年の時を経て天羽(てんは)は使命を果たす。人類を救うため、人類への侵攻を。
ラファエルからの落ち着きながらも真剣な問いに、しかしサリエルは軽佻だった。
「あ~?」
つまらないことを聞くなと言わんばかりに、不愉快そうな声を出しラファエルを見つめてくる。
「ハッ、決まってるだろ」
その後正面を向いた。そこには当然のこと恵瑠を入れたカプセルがある。そこで眠りに付く恵瑠を見上げサリエルはやる気に燃えた声で言った。
「二千年だ。二千年だぜ? 自分で自分を褒めたくなるぜ、それだけ待ったんだ。だが、ようやく叶う。挑むことができる。あの時の決着を」
サングラスの奥でサリエルの瞳が恵瑠を睨みつけているのが分かる。荒々しい戦意を隠そうともせず粗暴な態度で見上げていた。
「いやね。だと思ったけど、よくそれを私に言えるわね」
呆れたラファエルは目を伏せる。
「うるせんだよラファエル。てめえのデカイだけの胸、一つむしり取られてえか?」
「まったく。その性格も相変わらずよね」
「今更だな」
「ええ、もう慣れたわ」
実際そこまで気にしていないのだろう。ラファエルは恵瑠を見上げると両手を動かした。
 両手には白い魔法陣が手の平サイズに浮かび、それをコントローラーとして他にも空間に浮かんだ文字や図形を組み合わせていく。
「さきに行っててちょうだい。調整してから私もすぐに向かうわ」
ラファエルは作業を再開する。隣のサリエルには目もくれず己の作業を進めていた。
そんなラファエルにサリエルが近づいていく。
瞬間、サリエルは即座に銃を抜きラファエルのこめかみに銃口を突き付けてきた。
「……なんのつもりかしら?」
完全に脱力した状態からの早抜き。銃を抜く気配などまるでなかった、意識的な不意打ちだ。
ごく自然に銃を突きつけてくるサリエルだったが、しかし様子はもう変わっていた。態度こそ変わっていないがこれが冗談でないことは漂う気配から分かる。
下手すれば殺すぞと、言外に伝えていた。
ラファエルは恵瑠を見上げたまま、手を止めてサリエルに聞く。
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サリエルは軽薄な笑みを浮かべラファエルを見つめている。サングラス越しに冷たい視線が突き刺さる。
「ラファエル。てめえ、俺が間抜けかなんかだと勘違いしてねえか?」
ラファエルは黙り、サリエルは続ける。
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