天下界の無信仰者(イレギュラー)

奏せいや

負けられない!

 カマエルとハニエルも動き出し大剣と戦斧をぶつけ合う。ヨハネはヤコブの剣を銃身で受け止めるがヤコブはすぐに消えてしまう。

(ここ!)

 だがこれまでの戦いからヨハネもヤコブの傾向を肌で覚えていた。次の攻撃、それは背後だと確信して振り返りながら銃口を向ける。

 しかし、

「うりゃあ!」

(なに!?)

 ヤコブが出現したのは左、勘が外れる。銃身では防げない。ヨハネは急いで背筋を反らし突きを回避する。すぐに体勢を整えるがヤコブの連撃に今度こそ防戦一方になってしまう。

(狙いがつけられない)

 ヨハネはヤコブの攻撃を躱すと建物を目指し走った。壁に背を当て荒れる呼吸を何度も繰り返す。

「はあ、はあ」

「ほう、死角を封じたか。ずいぶんと追い詰められてるなヨハネ」

 正面にヤコブが現れる。その表情には余裕があった。苦しい状況に立つヨハネを見て笑っている。

「お前などしょせんこの程度よ。お前はここで倒れろ、俺はこれからあのイレギュラーをとっちめねばならん。あの調子者、よもやここにまで攻め込むとは。その傲慢この俺が叩き潰してくれるわ」

 ヤコブはしかめ面になるがヨハネから目を逸らしてはいない。本当ならばすぐにでも後を追いかけたいところだろう。ペトロだけでなく自分まで防備を突破されては居ても立っても居られない。そのためにも早々にヨハネと決着をつける必要がある。

「……いいえ」

「なに?」

 神愛かみあを追うこと。そのことに意識が向いていたヤコブにヨハネの言葉は後ろから小突かれたようだった。

 ヨハネは壁に背を当て立っている。その姿は疲労困憊で表情にも疲れが見える。これまでの激闘で限界が近い。

 そんな状態でなにを話すか。

 それは、自分ではなく人のこと。

 神愛かみあのことだった。

「たしかに宮司みやじさんは強情だ。けれどそれは傲慢なんじゃない。彼はね、必死なんですよ」

 振り返るように静かな声でヨハネは話す。

「彼はね、誰よりも辛い人生を歩んできたんです」

 ヨハネは過去を思い出していた。初めて神愛かみあと会った時のこと。保健室で話をした時のこと。

 そこで彼が叫んだ苦しみを。

 ヨハネは神愛かみあの苦しみを知っている。だからこそ、今の彼がどれだけ幸福なのかを知っている。

「そんな彼にとって、友達とはなににも代えがたい宝物なのです。それを守るために、彼は頑張っている」

 ヨハネは口元を持ち上げた。未だ苦しそうに立っているものの、ヨハネは笑った。

「私は諦めませんよ。生徒が頑張っているのに、先に諦める教師がいるものですか!」

 ヨハネはもたれていた背中を離した。気合を入れる。ここで負けるわけにはいかない。友人を守るために頑張る生徒がいるのなら、それを支えるのが教師の矜持だと思っているから。

 ヨハネの目は見開かれている。頭上には神託物しんたくぶつカマエルが戻り、顔は気迫に満ちている。

 そして叫んだ。

「『苦境を律する第五の力フィフス・セフィラー・ゲブラー!』」

 瞬間、ヨハネの全身が赤いオーラに包まれた。僧衣の裾は靡き髪も揺れている。

「私は、諦めない!」

 一歩を踏み出す。

 地面が砕けた。

 さらに踏み出す。

 瓦礫が吹き飛んだ。

 ヨハネは立ち止まった。ヤコブを見据え、全身全霊で挑む。

「私は守るために戦うと、そう誓ったのだ!」

 ヨハネはヤコブに銃を向けた。二つの拳銃も赤いオーラに包まれており、発砲のマズルフラッシュが空間に煌めく。

 銃口から放たれたのは赤い光弾だった。猛烈な弾丸は、しかしヤコブの盾に消滅してしまう。

 ヨハネは走った。その速度は今までの比ではない。まるで瞬間移動を思わせる速さでヤコブの前に立つと銃身を叩き付ける。一つは盾に防がれるがもう一つを打ち付けた。それをヤコブは剣で受ける。

「はああ!」

「ぐうう!」

 二丁拳銃と剣、盾で押し付け合う。しかし趨勢(すうせい)はヨハネでありみるみるとヤコブを押していく。

 ヤコブは転移した。ヨハネの背後に回り込み剣を振り下ろす。死角からの一撃だ。だが、ヨハネは振り返ることなく躱した。

(む!?)

 見ることなく躱したヨハネに動揺が走りながらもヤコブは右へと転移した。まだ構えの取れていないヨハネへ横一線の剣撃をお見舞いする。

 これは銃身では防げない。また躱すにしても屈まなければならないず体勢が悪い。

 ヤコブの出現にヨハネの目が動いた。振るわれる刀身をしかし今度は躱そうとはせず、左腕で払ったのだ。

「なに!?」

 剣と左腕が衝突し、砕け散ったのは剣の方だった。

 ヤコブはすぐに空間転移で距離を取る。

 五メートルほど離れた場所でヤコブは折れた剣を見た。これまでの戦いで刃こぼれすらしていなかった刀身が見事にたたき折られている。

 そのすさまじい力は神化しんかによる身体強化に他ならないがそれだけではない。

 ヨハネを覆う赤いオーラ。あれがヨハネは通常よりも強くしている。

 ヨハネはその場で立ちヤコブを見つめている。剣を叩き折ったヨハネだがそこに余裕はなく、むしろ表情は苦しそうだった。さらに痛みを堪えた声が漏れる。

「ぐっ、ぬうう」

 眉間にしわがより痛みを我慢している。

 それで納得する。ヤコブは剣を捨てた。

「痛みと引き換えに力を得る峻厳しゅんげんの能力。だが、お前に耐えられるのか?」

 ヨハネの神託物しんたくぶつ、カマエルが持つ峻厳しゅんげんの能力『苦境を律する第五の力フィフス・セフィラー・ゲブラー』。

 厳しさとは痛みや困難に屈しないことだ。目的のため辛くても諦めない姿勢。ヨハネは力を得るために痛みを引き受けた。全身は苦痛に苛まれヨハネは立っているのも辛い状態だった。

 しかし、それで得た力は強大だ。神託物しんたくぶつカマエルも同様に赤いオーラを纏いハニエルを圧倒している。

「私、は!」

 まるで焼き鏝でも額に当てられているかのような頭痛の中、ヨハネは辛うじて声を出す。

「負けない」

 己を鼓舞こぶする。

「負けられない!」

 二度と後悔しないために。

 悔いだけが募る勝利はもう止めた。

 意義の見えない戦いはもう止めた。

 決めたのだ。

 誰かを倒すのではなく、誰かを守るために戦うと。

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