天下界の無信仰者(イレギュラー)
主張
神愛が二階へと上っていくのを見送った後、ミルフィアは目つきを険しくして母親を見つめていた。
「主の母親といえど、危害を加えるというのなら黙ってはいられません」
目の前で大切な人が傷つけられればそれが相手の親だろうが我慢できないだろう。ミルフィアは怒りをあらわにアグネスを睨む。
だが、夫に押さえられながらも彼女はミルフィアを睨んだ。
「あなたも同じよ」
増悪し、仇を見るかのような目で。
「関わらないで」
彼女からの拒絶にミルフィアはなにも言わず睨むだけだった。
「ミルフィア、神愛の様子見てきてくれない? お願い」
そんなミルフィアに加豪が声をかけてきた。ミルフィアは視線をそらさずアグネスを見つめていたが、しばらくして視線を切った。
表情は悲しそうなものに変わっており、神愛が向かっていった階段を上がっていった。
加豪もミルフィアの気持ちは分かる。それをここは耐えてもらって二階へと行ってもらった。
神愛とミルフィアがいなくなったことでアグネスも落ち着き始め、彼女を抱えている義純はアグネスを見つめた。
「とりあえず部屋に戻ろう、ね?」
アグネスの肩に手を置き義純は歩き出した。
「待って下さい!」
そこへ加豪が声をかける。
ミルフィアには二階へ上がってもらった。本当なら彼女が言いたかったことを我慢してもらい向かってもらったのだ。
なら、自分の役割は分かっている。
加豪は声をかけた。
「どうして、あんたことしたんですか?」
床には割れた破片とオニオンスープ。椅子から垂れたスープが床にぽたぽたと落ちている。
「加豪ちゃん、今はちょっと」
「どうして?」
義純は加豪を抑えようとするが、アグネスは答えた。力なく俯いて精神が不安定なのが分かる。
「あなただって分かるでしょう。あの子は神理を信仰していない。神理は多くの人を幸せにしてくれた。なのに、それを信仰しない。感謝しない。あの子はね!」
アグネスは顔を上げ、血走らせた目で加豪を見てきた。
「神を大切に思ってない。神すら愛せない、そんな人間が、家族を大切にすることができる!? 友人も、恋人も、ぜんぶ! あの子はすべてを裏切るわ。そういう子なのよ!」
それはアグネスという個人でなくとも天下界に生きる者なら誰しもが考えることだった。
どうして神理を信仰しない? しない理由が分からない。
これほど素晴らしいのに。
すごいのに。
なのになぜしないのか。
馬鹿なのか? 愚かという言葉すら当てはまらない。
まさに異端。きっと自分たちとは違うのだと、そう考えてなんの不思議がある。精神が、思考が、感情が、自分たちとは別の生き物なのだ。だから神理を信仰しない。
それが普通。アグネスの言っていることは一般論だ、ここに百人の傍聴者がいれば全員が顔を縦に振る。
その中で、加豪は静かに話し始めた。
「あなたの言っていることは分かります」
否定できない。無信仰者は全信仰者の敵だ、自分たちと違うというだけで嫌悪を抱く。
「私もそうでした」
それは加豪も同じだ。初めて神愛と出会った時、彼女だって神愛を嫌悪した。
「態度は悪くて、喧嘩腰で、いつも軽口ばかり。噂通りの最低なやつだなって、そう思いました」
初見、神愛に対する評価は最悪で、絶対に親しくなることはないと思ってた。
そんな時期もあったなと加豪はふっと笑みが漏れる。
「でも、違ったんです」
「違う?」
アグネスが聞き返す。
「あいつは誰かのために頑張ってた。その誰かのためになりたいって、必死に努力してた。私にこう言ったんです。あいつのためなら強くなれるって。それで思ったんです」
そう言った後、加豪は思い出を語る顔から真剣な表情へと切り替えた。神愛を否定する母親へと向け、まっすぐと、自分の想いをぶつけた。
「あいつは信仰している神理はないけれど、恩知らずなやつじゃない! 無信仰者っていうだけの、私たちと同じ人間なんです!」
想いをぶつける。自分たちしか知らない神愛(かみあ)のことを知ってもらうために。
加豪は胸に手を当て、一生懸命に伝えた。
「あいつは今も傷ついてる。苦しんでる。それを今までずっと我慢してきた。ここに来てようやく分かった。あいつが、今までどれだけ辛い生活をしてたのか」
思い出されるのはパレード後に再会した時。あの時、神愛は言っていた。
『お前はさっき牢屋で過ごす人生が恐ろしいって言い方してたけど、俺は、お前らがいない人生の方がよっぽどこええよ』
牢屋よりも辛い人生とはなんだろう。それはこれだ。
親からも拒絶され、誰からも見捨てられ。
惨めな思いを自分の部屋で過ごすだけ。
そんな人生だ。
なんの価値もない。
泣くだけ無駄の、悲惨な人生だ。
それが、加豪にもようやく分かった。
だから叫ぶ。体が前に出る。こんなのは間違っていると。神愛の間違った悲しみを減らすために、加豪は主張した。
「あいつは乱暴なとこはあるけど、それでもいいやつです。それを私は知っている。だからあいつの友達なんです」
「私もよ」
天和からも同意が届く。
「あいつは今、友達のために戦っている」
「もしかして、パレードの襲撃犯って……」
義純が言葉を零す。すぐに察したことから薄々とは感じていたのだろう。事件当日に実家へ帰ってきたこと。
「信じてください! あれは私もやり過ぎだと思うけど、でも、あいつは間違ったことなんてしていない! 大切な友達を守るために戦ってるんです!」
加豪は前に出ていた姿勢を正し、最後に静かな口調に戻した。
「あなたは神愛の母親かもしれない。けれど、あいつのことは私の方が知ってるつもりです。どうか、あいつと向き合ってください。あいつの苦しみを治せるのは、あなただけだと思うから」
加豪は会釈する。
話が終わったのを見計らい義純はアグネスに視線を下ろした。
「行こうか」
ゆっくりとした足取りで二人は奥へと消えていった。
「……行ったわね」
「ええ」
天和から声をかけられ顔を上げる。言いたいことは全部言った。あとは届くかどうか。加豪は不安そうに息を吐いた。
「きっと伝わるわ」
そこへ天和から励ましが届いた。
「そうだといいけど。でも、心配なのは神愛の方よ」
加豪は階段を見つめる。この先にいる友人を思い浮かべる。気丈にしていたが本当は傷ついていたはずだ。普段が明るいだけにそれを思うと胸が痛む。加豪は心配だった。
「大丈夫よ」
「?」
しかし天和は落ち着いて様子だった。何故かと加豪は視線で問う。
「ミルフィアさんが付いてるもの」
それに対し、天和は答える。
天和の言葉に加豪は小さく笑った。納得の一言に表情が晴れていく。
「そうね」
心配はなくなっていき胸の内が軽くなる。
「あとはミルフィアに任せるわ」
階段のさき。そこにいる神愛とミルフィア。ここから先は彼女の役目だ。
「頼んだわよ」
呟いて、加豪は階段から視線を切った。
「主の母親といえど、危害を加えるというのなら黙ってはいられません」
目の前で大切な人が傷つけられればそれが相手の親だろうが我慢できないだろう。ミルフィアは怒りをあらわにアグネスを睨む。
だが、夫に押さえられながらも彼女はミルフィアを睨んだ。
「あなたも同じよ」
増悪し、仇を見るかのような目で。
「関わらないで」
彼女からの拒絶にミルフィアはなにも言わず睨むだけだった。
「ミルフィア、神愛の様子見てきてくれない? お願い」
そんなミルフィアに加豪が声をかけてきた。ミルフィアは視線をそらさずアグネスを見つめていたが、しばらくして視線を切った。
表情は悲しそうなものに変わっており、神愛が向かっていった階段を上がっていった。
加豪もミルフィアの気持ちは分かる。それをここは耐えてもらって二階へと行ってもらった。
神愛とミルフィアがいなくなったことでアグネスも落ち着き始め、彼女を抱えている義純はアグネスを見つめた。
「とりあえず部屋に戻ろう、ね?」
アグネスの肩に手を置き義純は歩き出した。
「待って下さい!」
そこへ加豪が声をかける。
ミルフィアには二階へ上がってもらった。本当なら彼女が言いたかったことを我慢してもらい向かってもらったのだ。
なら、自分の役割は分かっている。
加豪は声をかけた。
「どうして、あんたことしたんですか?」
床には割れた破片とオニオンスープ。椅子から垂れたスープが床にぽたぽたと落ちている。
「加豪ちゃん、今はちょっと」
「どうして?」
義純は加豪を抑えようとするが、アグネスは答えた。力なく俯いて精神が不安定なのが分かる。
「あなただって分かるでしょう。あの子は神理を信仰していない。神理は多くの人を幸せにしてくれた。なのに、それを信仰しない。感謝しない。あの子はね!」
アグネスは顔を上げ、血走らせた目で加豪を見てきた。
「神を大切に思ってない。神すら愛せない、そんな人間が、家族を大切にすることができる!? 友人も、恋人も、ぜんぶ! あの子はすべてを裏切るわ。そういう子なのよ!」
それはアグネスという個人でなくとも天下界に生きる者なら誰しもが考えることだった。
どうして神理を信仰しない? しない理由が分からない。
これほど素晴らしいのに。
すごいのに。
なのになぜしないのか。
馬鹿なのか? 愚かという言葉すら当てはまらない。
まさに異端。きっと自分たちとは違うのだと、そう考えてなんの不思議がある。精神が、思考が、感情が、自分たちとは別の生き物なのだ。だから神理を信仰しない。
それが普通。アグネスの言っていることは一般論だ、ここに百人の傍聴者がいれば全員が顔を縦に振る。
その中で、加豪は静かに話し始めた。
「あなたの言っていることは分かります」
否定できない。無信仰者は全信仰者の敵だ、自分たちと違うというだけで嫌悪を抱く。
「私もそうでした」
それは加豪も同じだ。初めて神愛と出会った時、彼女だって神愛を嫌悪した。
「態度は悪くて、喧嘩腰で、いつも軽口ばかり。噂通りの最低なやつだなって、そう思いました」
初見、神愛に対する評価は最悪で、絶対に親しくなることはないと思ってた。
そんな時期もあったなと加豪はふっと笑みが漏れる。
「でも、違ったんです」
「違う?」
アグネスが聞き返す。
「あいつは誰かのために頑張ってた。その誰かのためになりたいって、必死に努力してた。私にこう言ったんです。あいつのためなら強くなれるって。それで思ったんです」
そう言った後、加豪は思い出を語る顔から真剣な表情へと切り替えた。神愛を否定する母親へと向け、まっすぐと、自分の想いをぶつけた。
「あいつは信仰している神理はないけれど、恩知らずなやつじゃない! 無信仰者っていうだけの、私たちと同じ人間なんです!」
想いをぶつける。自分たちしか知らない神愛(かみあ)のことを知ってもらうために。
加豪は胸に手を当て、一生懸命に伝えた。
「あいつは今も傷ついてる。苦しんでる。それを今までずっと我慢してきた。ここに来てようやく分かった。あいつが、今までどれだけ辛い生活をしてたのか」
思い出されるのはパレード後に再会した時。あの時、神愛は言っていた。
『お前はさっき牢屋で過ごす人生が恐ろしいって言い方してたけど、俺は、お前らがいない人生の方がよっぽどこええよ』
牢屋よりも辛い人生とはなんだろう。それはこれだ。
親からも拒絶され、誰からも見捨てられ。
惨めな思いを自分の部屋で過ごすだけ。
そんな人生だ。
なんの価値もない。
泣くだけ無駄の、悲惨な人生だ。
それが、加豪にもようやく分かった。
だから叫ぶ。体が前に出る。こんなのは間違っていると。神愛の間違った悲しみを減らすために、加豪は主張した。
「あいつは乱暴なとこはあるけど、それでもいいやつです。それを私は知っている。だからあいつの友達なんです」
「私もよ」
天和からも同意が届く。
「あいつは今、友達のために戦っている」
「もしかして、パレードの襲撃犯って……」
義純が言葉を零す。すぐに察したことから薄々とは感じていたのだろう。事件当日に実家へ帰ってきたこと。
「信じてください! あれは私もやり過ぎだと思うけど、でも、あいつは間違ったことなんてしていない! 大切な友達を守るために戦ってるんです!」
加豪は前に出ていた姿勢を正し、最後に静かな口調に戻した。
「あなたは神愛の母親かもしれない。けれど、あいつのことは私の方が知ってるつもりです。どうか、あいつと向き合ってください。あいつの苦しみを治せるのは、あなただけだと思うから」
加豪は会釈する。
話が終わったのを見計らい義純はアグネスに視線を下ろした。
「行こうか」
ゆっくりとした足取りで二人は奥へと消えていった。
「……行ったわね」
「ええ」
天和から声をかけられ顔を上げる。言いたいことは全部言った。あとは届くかどうか。加豪は不安そうに息を吐いた。
「きっと伝わるわ」
そこへ天和から励ましが届いた。
「そうだといいけど。でも、心配なのは神愛の方よ」
加豪は階段を見つめる。この先にいる友人を思い浮かべる。気丈にしていたが本当は傷ついていたはずだ。普段が明るいだけにそれを思うと胸が痛む。加豪は心配だった。
「大丈夫よ」
「?」
しかし天和は落ち着いて様子だった。何故かと加豪は視線で問う。
「ミルフィアさんが付いてるもの」
それに対し、天和は答える。
天和の言葉に加豪は小さく笑った。納得の一言に表情が晴れていく。
「そうね」
心配はなくなっていき胸の内が軽くなる。
「あとはミルフィアに任せるわ」
階段のさき。そこにいる神愛とミルフィア。ここから先は彼女の役目だ。
「頼んだわよ」
呟いて、加豪は階段から視線を切った。
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