天下界の無信仰者(イレギュラー)
友達だからな
恵瑠は地面を見つめながら歩いていた。見えるのは自分の足と舗装された道だけだ。
そんな中、周りから自分のことを悪く言う話が時折聞こえてくる。
それが、彼女には辛かった。かつての過ちを償いたくて天羽を止めたのに、結果論とはいえこういう目に遭うとは。
「ボクは……」
知らず恵瑠はつぶやいていた。
その時、ふと隣から神愛の気配がしないことに気付いた。それで顔を上げてみる。
「神愛君?」
そこには神愛の姿がない。慌てて辺りを見渡すが姿が見えなかった!
「しまった! 足元見てる最中に見失うなんて!」
慌てる。最悪の事態だ、早く見つけて合流しなければ。仲間と合流する前に隣人が消えるとかホラー映画みたいな展開になっている。
恵瑠はすぐに周囲を見渡すが、その時だった。小学生くらいだろうか。道の隅に自分よりも小さな女の子が立っており、それも泣いているようだった。
「おかあさん……」
どうやら母親とはぐれてしまったようだ。
つぶやきは小さく道を行き交う人には届いていない。女の子が困っているのに気付けたのは恵瑠だけだ。
だが、ここで恵瑠が助けに行けば正体がバレるかもしれない。残念だが彼女を助けるわけにはいかない。
 とりわけ緊急性のある問題でもなさそうだ。時間が経てば誰か気づくか母親が探してくれるだろう。
普通ならそう考える。だけど。
「ねえ、どうしたの?」
恵瑠は、考える前に話しかけていた。
恵瑠は女の子の前に立っていた。まだ幼児の女の子が恵瑠を見上げる。
「え?」
「お母さんとはぐれちゃったのかな?」
「……うん」
恵瑠は笑顔で話しかけるが女の子は悲しそうに顔を下げてしまった。
「君のお名前はなんですか?」
「……エリザ」
恵瑠の質問に女の子は小さい声だが答えてくれた。
ならば今度は自分が応える番だ。恵瑠はニコっと笑うと元気よくガッツポーズを取る。
「ボク参上! 今から君をレスキューします!」
「え?」
「だから大丈夫ですよ、ね?」
恵瑠は笑った。彼女は慈愛連立の信仰者、困っている人を助けるのが教えの、心優しい女の子だ。目の前で泣いている人がいる。困っている人がいる。
人を助ける理由なんて、それだけで十分だ。
今、泣いている女の子を助けるために、恵瑠は笑顔で近づいた。
「ほんとに?」
「うん! 任せてください!」
不安そうな女の子に恵瑠は頷き、彼女の横に並ぶ。そして街行く人々に向け、両手を口に当てて叫んだ。
「エルザちゃんのお母さぁああん!」
「エリザです」
目の前を歩いていく大勢の人々に聞こえるように。困っている人を助けるんだと、恵瑠は力いっぱいに叫んだ。
「エリサちゃんのお母さぁああん!」
「エリザです」
隣にいるエリザちゃんから冷静なツッコみを貰いつつ、恵瑠がもう一度叫ぼうとした時だった。
「エクザ――」
「エリザ!?」
「お母さん!」
母親らしき女性が駆け寄ってきた。その女性にエリザちゃんも抱き付く。どうやら見つけてもらえたようだ。
よかった。二人の再会に恵瑠はにこにこしながら見つめていた。
だが、母親がお礼を言おうと恵瑠を見た時だった。
「あなた、もしかして指名手配の人!?」
「え……」
温かい気持ちに冷水を掛けられたように表情が青ざめていく。バレた。母親は急いでエルザちゃんを抱きかかえると恵瑠から離れていった。
「私の娘になにをするつもりだったの!?」
「いや、違うんです! ボクはただ!」
「お母さん、この人はそんなんじゃ」
「エリザ、あなたは黙ってて!」
恵瑠とエリザが揃って説明しようとするが母親は聞く耳を持ってくれない。
「誰かぁ! 指名手配犯よ、私の娘に手を出そうとしたわ!」
「待ってください、ボクはただ助けたくて!」
恵瑠は説得するが街を歩いていた人たちの足が止まる。一斉に恵瑠を注目してきた。次々に「ほんとうだ」と声が上がる。
恵瑠はすっかり町の人々に囲まれていた。人垣が生まれ非難と冷たい目で見てくる。「最低だ」「なんてやつだ」心無い言葉が飛んでくる。そこに、彼女を信じてくれる者はいなかった。
ただ困っている人を助けたかった。それだけだった。
しかし、その結果得られたのは感謝ではなく疑心と非難だけだった。
人を救おうとしただけなのに、自分は救われない。
恵瑠は俯いた。この現実に、胸が締め付けられるほど苦しくなる。
「ボクは……」
誰も助けてくれない。
「ボクは……!」
味方などいない。
まるで、ここに居場所なんてないように。
だけど。
「おい」
そんな時だった。
「静まれ静まれ!」
彼は、やってきた。
一人の少年の大声が響く。ここにいる全員が彼に注目した。恵瑠も顔を上げ声の主を見つめる。
そこにには、人垣を分けて来る神愛の姿があった。
「神愛君……」
この場の人たちは誰しもが指名手配犯の恵瑠を見つけ非難している。おまけに娘に手を出そうとしたと言われれば空気は最悪だ。
だけど、神愛は違った。
いったいなにをするつもりなのか?
神愛は自分の腕章を無理やり引き取ると、それを全員に見せつけた!
「慈愛連立の信仰者が。この、黄色のダイヤが目に入らぬかぁ!」
「その腕章は!?」
町の人々が驚く!
「ここにいる俺を誰だと心得てやがる。畏れ多くも天下界唯一のイレギュラー、宮司神愛だぞ! 俺様の御前である。頭が高い、控えろ控えろぉお!」
町の人々を黙らせながら神愛は前に進んでいく。さらに神愛の口上は続く。
「俺さん、僕さん、こらしめてあげなさい。いくぜおらぁあああ!」
「お前がやるんかい!」
町民の一人がツッコむ。
神愛は恵瑠を助けるために現れた。しかし人々は畏まるどころか返ってきたのは当然悲鳴だった。
「きゃあああ! イレギュラーよ!」「どうしてイレギュラーがこの場所に!?」「出て行けイレギュラー。神を信じない不届き者が!」「イレギュラーなんて火あぶりだ!」
「おいいいい! イレギュラーっていうだけでなんだその反応は!?」
静まり返った空気が一転さきほどよりも大きな罵声となって返ってくる。もう恵瑠そっちのけだ。ただの犯罪者よりも無信仰者の方がよっぽど性質が悪い。
 なにせここは天下界、神を信じぬ不届き者など火あぶりの刑にされてもおかしくない。
しかし、そっちがその気なら神愛もその気だ!
「ふざっけんな! てめえらの家ぜんぶに火ぃ付けてやろうか! 顔全員覚えたからな!」
「きゃあああ!」
まさしく火に油である。
「早く衛兵を呼ぶんだ!」「やっぱりイレギュラーは最低だ!」「こんな危険人物見たことがない!」
「んだとオラぁあ!?」
神愛が怒鳴り散らすと街の人々は蜘蛛の子を散らすように逃げて行った。そんな彼らを神愛はいつまでも睨みつけていた。
「くそ、ふざけやがって」
苛立ちが収まらないのが見ていて分かる。
「神愛君、どうして」
「ん?」
そんな神愛を恵瑠は見上げていた。だがそれは怒っていることよりも別のことが気になっていたからだ。
「どうして、自分がイレギュラーだってこと言ったんですか? そんなことしたらみんなから嫌われるって分かってたはずなのに」
それが恵瑠には分からなかった。
あの状況で大勢の人から拒絶された。信じてもらえなかった。それはとても辛く悲しいことだったのに。
 なのに神愛は自らその状況へと飛び込んだ。自分でイレギュラーであることを明かし全員から非難された。
恵瑠にはとてもではないが真似できない。あんな辛く悲しい目に遭うなんてこと。
「自分の正体を明かすのが怖いか?」
神愛が恵瑠を見つめる。その顔は穏やかだった。さっきまでの苛立ちは消え、恵瑠を優しく見つめていた。
「お前だけに辛い思いなんてさせねえよ」
それはいつもの彼だった。軽口で、少し乱暴で、いい加減で。
でも、優しい神愛だった。
「友達だからな」
神愛は、そう言うと笑って手を伸ばしてくれた。
恵瑠はようやく理解した。
なぜ正体を明かしたのか。
それは、自分を助けるためだった。わざと自分に非難を向けさせたのだ。
誰も助けてくれないあの状況で。
彼だけは、自分を守ってくれた。
「うん」
その手を、恵瑠は掴んだ。
さきほどまであった辛い気持ちも悲しみもぜんぶが消えていた。
彼がそばにいる。
それだけで。
恵瑠は明るさを取り戻していた。
そんな中、周りから自分のことを悪く言う話が時折聞こえてくる。
それが、彼女には辛かった。かつての過ちを償いたくて天羽を止めたのに、結果論とはいえこういう目に遭うとは。
「ボクは……」
知らず恵瑠はつぶやいていた。
その時、ふと隣から神愛の気配がしないことに気付いた。それで顔を上げてみる。
「神愛君?」
そこには神愛の姿がない。慌てて辺りを見渡すが姿が見えなかった!
「しまった! 足元見てる最中に見失うなんて!」
慌てる。最悪の事態だ、早く見つけて合流しなければ。仲間と合流する前に隣人が消えるとかホラー映画みたいな展開になっている。
恵瑠はすぐに周囲を見渡すが、その時だった。小学生くらいだろうか。道の隅に自分よりも小さな女の子が立っており、それも泣いているようだった。
「おかあさん……」
どうやら母親とはぐれてしまったようだ。
つぶやきは小さく道を行き交う人には届いていない。女の子が困っているのに気付けたのは恵瑠だけだ。
だが、ここで恵瑠が助けに行けば正体がバレるかもしれない。残念だが彼女を助けるわけにはいかない。
 とりわけ緊急性のある問題でもなさそうだ。時間が経てば誰か気づくか母親が探してくれるだろう。
普通ならそう考える。だけど。
「ねえ、どうしたの?」
恵瑠は、考える前に話しかけていた。
恵瑠は女の子の前に立っていた。まだ幼児の女の子が恵瑠を見上げる。
「え?」
「お母さんとはぐれちゃったのかな?」
「……うん」
恵瑠は笑顔で話しかけるが女の子は悲しそうに顔を下げてしまった。
「君のお名前はなんですか?」
「……エリザ」
恵瑠の質問に女の子は小さい声だが答えてくれた。
ならば今度は自分が応える番だ。恵瑠はニコっと笑うと元気よくガッツポーズを取る。
「ボク参上! 今から君をレスキューします!」
「え?」
「だから大丈夫ですよ、ね?」
恵瑠は笑った。彼女は慈愛連立の信仰者、困っている人を助けるのが教えの、心優しい女の子だ。目の前で泣いている人がいる。困っている人がいる。
人を助ける理由なんて、それだけで十分だ。
今、泣いている女の子を助けるために、恵瑠は笑顔で近づいた。
「ほんとに?」
「うん! 任せてください!」
不安そうな女の子に恵瑠は頷き、彼女の横に並ぶ。そして街行く人々に向け、両手を口に当てて叫んだ。
「エルザちゃんのお母さぁああん!」
「エリザです」
目の前を歩いていく大勢の人々に聞こえるように。困っている人を助けるんだと、恵瑠は力いっぱいに叫んだ。
「エリサちゃんのお母さぁああん!」
「エリザです」
隣にいるエリザちゃんから冷静なツッコみを貰いつつ、恵瑠がもう一度叫ぼうとした時だった。
「エクザ――」
「エリザ!?」
「お母さん!」
母親らしき女性が駆け寄ってきた。その女性にエリザちゃんも抱き付く。どうやら見つけてもらえたようだ。
よかった。二人の再会に恵瑠はにこにこしながら見つめていた。
だが、母親がお礼を言おうと恵瑠を見た時だった。
「あなた、もしかして指名手配の人!?」
「え……」
温かい気持ちに冷水を掛けられたように表情が青ざめていく。バレた。母親は急いでエルザちゃんを抱きかかえると恵瑠から離れていった。
「私の娘になにをするつもりだったの!?」
「いや、違うんです! ボクはただ!」
「お母さん、この人はそんなんじゃ」
「エリザ、あなたは黙ってて!」
恵瑠とエリザが揃って説明しようとするが母親は聞く耳を持ってくれない。
「誰かぁ! 指名手配犯よ、私の娘に手を出そうとしたわ!」
「待ってください、ボクはただ助けたくて!」
恵瑠は説得するが街を歩いていた人たちの足が止まる。一斉に恵瑠を注目してきた。次々に「ほんとうだ」と声が上がる。
恵瑠はすっかり町の人々に囲まれていた。人垣が生まれ非難と冷たい目で見てくる。「最低だ」「なんてやつだ」心無い言葉が飛んでくる。そこに、彼女を信じてくれる者はいなかった。
ただ困っている人を助けたかった。それだけだった。
しかし、その結果得られたのは感謝ではなく疑心と非難だけだった。
人を救おうとしただけなのに、自分は救われない。
恵瑠は俯いた。この現実に、胸が締め付けられるほど苦しくなる。
「ボクは……」
誰も助けてくれない。
「ボクは……!」
味方などいない。
まるで、ここに居場所なんてないように。
だけど。
「おい」
そんな時だった。
「静まれ静まれ!」
彼は、やってきた。
一人の少年の大声が響く。ここにいる全員が彼に注目した。恵瑠も顔を上げ声の主を見つめる。
そこにには、人垣を分けて来る神愛の姿があった。
「神愛君……」
この場の人たちは誰しもが指名手配犯の恵瑠を見つけ非難している。おまけに娘に手を出そうとしたと言われれば空気は最悪だ。
だけど、神愛は違った。
いったいなにをするつもりなのか?
神愛は自分の腕章を無理やり引き取ると、それを全員に見せつけた!
「慈愛連立の信仰者が。この、黄色のダイヤが目に入らぬかぁ!」
「その腕章は!?」
町の人々が驚く!
「ここにいる俺を誰だと心得てやがる。畏れ多くも天下界唯一のイレギュラー、宮司神愛だぞ! 俺様の御前である。頭が高い、控えろ控えろぉお!」
町の人々を黙らせながら神愛は前に進んでいく。さらに神愛の口上は続く。
「俺さん、僕さん、こらしめてあげなさい。いくぜおらぁあああ!」
「お前がやるんかい!」
町民の一人がツッコむ。
神愛は恵瑠を助けるために現れた。しかし人々は畏まるどころか返ってきたのは当然悲鳴だった。
「きゃあああ! イレギュラーよ!」「どうしてイレギュラーがこの場所に!?」「出て行けイレギュラー。神を信じない不届き者が!」「イレギュラーなんて火あぶりだ!」
「おいいいい! イレギュラーっていうだけでなんだその反応は!?」
静まり返った空気が一転さきほどよりも大きな罵声となって返ってくる。もう恵瑠そっちのけだ。ただの犯罪者よりも無信仰者の方がよっぽど性質が悪い。
 なにせここは天下界、神を信じぬ不届き者など火あぶりの刑にされてもおかしくない。
しかし、そっちがその気なら神愛もその気だ!
「ふざっけんな! てめえらの家ぜんぶに火ぃ付けてやろうか! 顔全員覚えたからな!」
「きゃあああ!」
まさしく火に油である。
「早く衛兵を呼ぶんだ!」「やっぱりイレギュラーは最低だ!」「こんな危険人物見たことがない!」
「んだとオラぁあ!?」
神愛が怒鳴り散らすと街の人々は蜘蛛の子を散らすように逃げて行った。そんな彼らを神愛はいつまでも睨みつけていた。
「くそ、ふざけやがって」
苛立ちが収まらないのが見ていて分かる。
「神愛君、どうして」
「ん?」
そんな神愛を恵瑠は見上げていた。だがそれは怒っていることよりも別のことが気になっていたからだ。
「どうして、自分がイレギュラーだってこと言ったんですか? そんなことしたらみんなから嫌われるって分かってたはずなのに」
それが恵瑠には分からなかった。
あの状況で大勢の人から拒絶された。信じてもらえなかった。それはとても辛く悲しいことだったのに。
 なのに神愛は自らその状況へと飛び込んだ。自分でイレギュラーであることを明かし全員から非難された。
恵瑠にはとてもではないが真似できない。あんな辛く悲しい目に遭うなんてこと。
「自分の正体を明かすのが怖いか?」
神愛が恵瑠を見つめる。その顔は穏やかだった。さっきまでの苛立ちは消え、恵瑠を優しく見つめていた。
「お前だけに辛い思いなんてさせねえよ」
それはいつもの彼だった。軽口で、少し乱暴で、いい加減で。
でも、優しい神愛だった。
「友達だからな」
神愛は、そう言うと笑って手を伸ばしてくれた。
恵瑠はようやく理解した。
なぜ正体を明かしたのか。
それは、自分を助けるためだった。わざと自分に非難を向けさせたのだ。
誰も助けてくれないあの状況で。
彼だけは、自分を守ってくれた。
「うん」
その手を、恵瑠は掴んだ。
さきほどまであった辛い気持ちも悲しみもぜんぶが消えていた。
彼がそばにいる。
それだけで。
恵瑠は明るさを取り戻していた。
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コメント
奏せいや
蛇足かもしれませんが、第四の神理については人類側も謎が多く、三柱の神とは無関係なこと、なぜ神愛が発現できたのか、神愛に従うミルフィアとは何者なのか。これらに対して人類が行動を起こすのは本編でのちのち、という感じです。
奏せいや
>Beater
コメントありがとうございます。第四の神理発現は全世界に発信されています。ただし無信仰者としての認識が長かったため現在でも無信仰者としての認識が一般的になっています(ホッチキスの正式名称はステープラーですが現在でもホッチキスと呼んでいるような感じでしょうか)。本人もそれを自称していることと差別意識というのはなかなかなくならないもの、なのかもしれません。
決事
第四の神理が発言したことはまだ全世界に発表されていないんですか?
何故まだ無信仰などと言われるのでしょう…