天下界の無信仰者(イレギュラー)
大切な世界
一学期も半ば、六月となれば通学の風景も見慣れたもので、道の両側に生えている桜の木もすっかり見た目が変わっていた。
「ふぁ~あ」
俺は校門から校舎へと続く道を歩きながら盛大にあくびをする。未だに残る眠気が辛い。
 そこで思うんだが、眠いというのも体調不良の一種でいいんじゃいか? だって危険だろ?
 こうして歩くだけで転びそうだし車を運転してたら事故を起こしかねん。そう、泥酔と同じなんだ。
 だから俺は学校を休んで……いいわけないよな、分かってる、思ってみただけだ。
「ふぁ~あ」
あくびまでため息が出る。
まあ俺がどんなことを思おうがやっぱりこの道を歩いていかなければならないわけで。素直に言えば億劫だ。けれど、それも最初の時に比べればだいぶマシになった。というのも。
天下界の無信仰者、宮司神愛といえば悪名で有名だ。
三柱の神が住んでいる天上界。そして俺たちが住んでいる天下界。天下界の住人はみないずれかの信仰を持っている。
三柱の神の一人、イヤスの神理、慈愛連立。
リュクルゴスの神理、琢磨追求。
シッガールタの神理、無我無心。
全員がこの三つのどれかを信仰しているんだ。
そんな中で無信仰者なんて異端もいいとこ。普通の生活なんて無理。俺だってそう思ってた。
でも。
この神律学園で俺には三人の友達ができた。それぞれクセのあるやつだけど、俺は彼女たちとの生活に満足していた。
 友達がいる。一人じゃない。それだけで学園に通う気持ちがこうも変わるんだもんな。
「なんだかんだで、一番助けられてるのは俺なんだろうな~」
天気のいい青空を見上げながら俺は呟いた。
「助けられてるってなんのことですか?」
「うお!」
ビックリした、上を向いてたから全然気づかなかった。
視線を元に戻す。隣から話しかけてきた人物に振り向いた。
「なんだよ恵瑠、いるなら声かけろよな」
「いたから声かけたんですよ!」
隣にいた女の子が俺の意見にぴょんぴょん跳ねながら反論している。
栗見恵瑠。三人の友人の一人で、白い髪をツインテールにした小柄な女の子。慈愛連立の信仰者で根から優しい明るい女の子だ。
 ただ、頭がちょっと弱いところがあって、それがいいところでもあるんだが見ていて時折こっちの方が頭が痛くなる。
初めて会った時は無信仰者の俺にビビりまくっていたが、今ではこうして普通に話すことが出来ている。なんていうのかな、こいつの能天気さはなんだか見てて癒される、そんなやつだった。
「いたもなにも見えねえんだよ。もっと牛乳飲んでデカくなれ」
「でも神愛君、ほんとに牛乳飲んで背が伸びるんですか?」
「伸びる伸びる、見てみろあれ」
そう言って俺は神律学園の校舎を指さした。
「あの校舎だって牛乳飲んであんなにデカくなったんだぞ?」
「えええええええええええ!?」
恵瑠が驚いている。
「牛乳で!? あんなに!? そして飲んだの!? どうやって!?」
やっぱりアホだこいつ。
「よーし! ボクも牛乳飲んで大きくなるぞ!」
「おーがんばれがんばれ」
「そして神愛君を見下ろして鼻で笑ってやるんだ!」
「んだとゴルァ!」
「きゃーきゃー!」
俺は逃げる恵瑠を捕まえ頭を両手でぐりぐりしてやる。
「痛いです~!」
「偉そうなこと言った罰だ罰」
「そんな~!」
俺はあばれる恵瑠を押さえつけグリグリの刑をするのであった。
それで解放してやると恵瑠は頭を擦りつつ口先を尖らせている。
「むぅ~、だっていつも神愛君見下ろしてるじゃないですか~。ボクだって一度くらい見ろしたいもん」
「そんなこと言っても無駄だもん」
「もーう!」
恵瑠が近づいてくる。そして俺の腹をポカポカ両手で殴りつけてきた。
「こいつめ! こいつめ!」
「んだよいってえな!」
俺は恵瑠を引き離す。いや、言うほど痛くはないんだが。まるで猫に殴られてるくらいの感じしかしない。だが殴り過ぎだろお前! てかいつからボクシングポーズになった!? そしてデンプシーだと!?
そんなこんなでこいつを鎮め、俺は恵瑠と並んで歩いていた。
もうお馴染みの光景だった。こうして誰かと一緒に登校することは。数か月前までならあり得なかったのに。
今の俺は、こうして幸せな毎日を過ごしていた。
「そういえばミルフィアさんは一緒じゃないんですか?」
「ああ、あいつは日直だからな。先に行ってるとよ」
「そうなんですね!」
俺の答えに恵瑠が大声で納得している。
ミルフィア。昔からの知り合いで自称奴隷の少女。俺はそんな生き方を止めさせようといろいろ頑張ったが未だ実らず、あいつは俺の奴隷として今日も精を出しているわけだ。
でも進展はあった。今のあいつはここの生徒で同じ教室に通っている。恵瑠や他の二人とも親しくやっていて友達としてうまくやっているんだ。
俺は隣を歩く恵瑠に言ってみた。
「今だから言うけどさ、ありがとな。ミルフィアと一緒につるんでくれてさ」
「なに言ってるんですか、ミルフィアさんとはお友達ですよ!」
「はは、そうだな」
そうやって明るく言ってくれる恵瑠が素直に嬉しい。見れば拳を握り締め俺を力強く見つめている。
その後力を抜くと、俺に向かってニッコリと笑った。
「それに、神愛君とも友達ですよ?」
「え?」
普通本人に向かってそれ言うか? なんて一瞬頭を過ったけれど、それはいわゆる照れ隠しみたいなやつで。
「はは、ったく」
素直に嬉しかったんだ。
「ああ。お前は俺の友達だよ」
「はい!」
俺の言葉に、恵瑠は笑顔で頷いてくれた。
無信仰者の俺を怖がるやつは未だに多い。
それでも。
こうして傍にいてくれる人がいる。
それだけで。
人生はこうも違うものに見えるんだな。
「それはそれでいいんですけど~」
「ん? なんだよ」
しかし恵瑠としてはなにかしら思うところがあるようで、言うか言うまいか悩んだ素振りを見せた後、俺を覗くように見つめてきた。
「今の神愛君はもう王金調律という立派な信仰があるじゃないですか。もっと友達を増やそうって思わないんですか?」
「あー……」
そんなことか、と俺は内心呟くが言われてみればその通りなんだよな。
ふと左腕の腕章に目をやる。そこには黄色のダイヤが描かれていた。
王金調律。天下界に現れた第四の神理。これを信仰しているのは俺とミルフィアの二人だけだ。
 もとは黄金律という思想で、それのおかげで俺には友達ができたしミルフィアとも前より仲良くなれた。今でもこの教えについては感謝してる。
でもなー。
「別にいい。王金調律とかかったりぃし、俺は無信仰のままでいいよ」
「えええええええええええ!?」
恵瑠がめちゃくちゃ驚いている!
「でもでも! 神愛君腕章ちゃんとあるじゃないですか? 王金調律信仰してるじゃないんですか!?」
「こんなん飾りだよ。それに自分がされて嬉しいことは人にもして、自分がされて嫌なことは人にもしないだっけ? そりゃそうだけどさ、そんなこといちいち気にして生きるなんて堅苦しいの嫌だしなー。お前らいるからそれでいいよ」
そ。もともと俺が欲しかったのは友達だ。それが叶った今これに縋る意味もないし。それに他人の顔色伺いながら生きるのは俺のキャラじゃない。
けれど恵瑠としてはやはり意外なのかしつこく聞いてくる。
「でもでも! せっかく発現した神理じゃないですか!? もったいないですよ!?」
「でもだりいよな~」
「王金調律信仰しないんですか!?」
「俺は俺らしく生きたいんだよ」
「腕章付けてるじゃないですか!?」
「だからこんなん飾りだって」
「頑張ればもっと友達増えて、クラスのみんなとも仲良くなれますよ!?」
「べつに全員に好かれなくてもいいし」
「さすが神愛君だよ……」
ようやく納得したようだ。
恵瑠は俯きながらトボトボと歩いていく。
けれど、そんな時だった。
「でも、ボクはやっぱり」
「ん?」
隣を見てみればなにやら真剣な顔だ。それから顔を上げて青空に目をやると、パッと晴れやかな表情になっていた。
「ボクは、みんなが仲良しの友達の方がいいです。好き嫌いはそれはあるでしょうけど、でも! それでも相手を思いやって、助け合う世界。そんな風になれたらいいなって、ボク思います!」
彼女の青い瞳は輝いていた。それこそ空に広がる青のように澄んでいて、想いを語る心は純真なんだって見てて伝わる。
「…………」
人と人が助け合い、互いに笑顔でいられる世界。
そんな世界にしたいと本気で思っているんだ。
それが、栗見恵瑠。彼女という女の子だった。
「まったく。お前らしいよ」
「えへへ~」
そう言うと屈託のない笑顔で恵瑠は微笑んだ。
そんなこいつが、俺は大好きだった。
「ふぁ~あ」
俺は校門から校舎へと続く道を歩きながら盛大にあくびをする。未だに残る眠気が辛い。
 そこで思うんだが、眠いというのも体調不良の一種でいいんじゃいか? だって危険だろ?
 こうして歩くだけで転びそうだし車を運転してたら事故を起こしかねん。そう、泥酔と同じなんだ。
 だから俺は学校を休んで……いいわけないよな、分かってる、思ってみただけだ。
「ふぁ~あ」
あくびまでため息が出る。
まあ俺がどんなことを思おうがやっぱりこの道を歩いていかなければならないわけで。素直に言えば億劫だ。けれど、それも最初の時に比べればだいぶマシになった。というのも。
天下界の無信仰者、宮司神愛といえば悪名で有名だ。
三柱の神が住んでいる天上界。そして俺たちが住んでいる天下界。天下界の住人はみないずれかの信仰を持っている。
三柱の神の一人、イヤスの神理、慈愛連立。
リュクルゴスの神理、琢磨追求。
シッガールタの神理、無我無心。
全員がこの三つのどれかを信仰しているんだ。
そんな中で無信仰者なんて異端もいいとこ。普通の生活なんて無理。俺だってそう思ってた。
でも。
この神律学園で俺には三人の友達ができた。それぞれクセのあるやつだけど、俺は彼女たちとの生活に満足していた。
 友達がいる。一人じゃない。それだけで学園に通う気持ちがこうも変わるんだもんな。
「なんだかんだで、一番助けられてるのは俺なんだろうな~」
天気のいい青空を見上げながら俺は呟いた。
「助けられてるってなんのことですか?」
「うお!」
ビックリした、上を向いてたから全然気づかなかった。
視線を元に戻す。隣から話しかけてきた人物に振り向いた。
「なんだよ恵瑠、いるなら声かけろよな」
「いたから声かけたんですよ!」
隣にいた女の子が俺の意見にぴょんぴょん跳ねながら反論している。
栗見恵瑠。三人の友人の一人で、白い髪をツインテールにした小柄な女の子。慈愛連立の信仰者で根から優しい明るい女の子だ。
 ただ、頭がちょっと弱いところがあって、それがいいところでもあるんだが見ていて時折こっちの方が頭が痛くなる。
初めて会った時は無信仰者の俺にビビりまくっていたが、今ではこうして普通に話すことが出来ている。なんていうのかな、こいつの能天気さはなんだか見てて癒される、そんなやつだった。
「いたもなにも見えねえんだよ。もっと牛乳飲んでデカくなれ」
「でも神愛君、ほんとに牛乳飲んで背が伸びるんですか?」
「伸びる伸びる、見てみろあれ」
そう言って俺は神律学園の校舎を指さした。
「あの校舎だって牛乳飲んであんなにデカくなったんだぞ?」
「えええええええええええ!?」
恵瑠が驚いている。
「牛乳で!? あんなに!? そして飲んだの!? どうやって!?」
やっぱりアホだこいつ。
「よーし! ボクも牛乳飲んで大きくなるぞ!」
「おーがんばれがんばれ」
「そして神愛君を見下ろして鼻で笑ってやるんだ!」
「んだとゴルァ!」
「きゃーきゃー!」
俺は逃げる恵瑠を捕まえ頭を両手でぐりぐりしてやる。
「痛いです~!」
「偉そうなこと言った罰だ罰」
「そんな~!」
俺はあばれる恵瑠を押さえつけグリグリの刑をするのであった。
それで解放してやると恵瑠は頭を擦りつつ口先を尖らせている。
「むぅ~、だっていつも神愛君見下ろしてるじゃないですか~。ボクだって一度くらい見ろしたいもん」
「そんなこと言っても無駄だもん」
「もーう!」
恵瑠が近づいてくる。そして俺の腹をポカポカ両手で殴りつけてきた。
「こいつめ! こいつめ!」
「んだよいってえな!」
俺は恵瑠を引き離す。いや、言うほど痛くはないんだが。まるで猫に殴られてるくらいの感じしかしない。だが殴り過ぎだろお前! てかいつからボクシングポーズになった!? そしてデンプシーだと!?
そんなこんなでこいつを鎮め、俺は恵瑠と並んで歩いていた。
もうお馴染みの光景だった。こうして誰かと一緒に登校することは。数か月前までならあり得なかったのに。
今の俺は、こうして幸せな毎日を過ごしていた。
「そういえばミルフィアさんは一緒じゃないんですか?」
「ああ、あいつは日直だからな。先に行ってるとよ」
「そうなんですね!」
俺の答えに恵瑠が大声で納得している。
ミルフィア。昔からの知り合いで自称奴隷の少女。俺はそんな生き方を止めさせようといろいろ頑張ったが未だ実らず、あいつは俺の奴隷として今日も精を出しているわけだ。
でも進展はあった。今のあいつはここの生徒で同じ教室に通っている。恵瑠や他の二人とも親しくやっていて友達としてうまくやっているんだ。
俺は隣を歩く恵瑠に言ってみた。
「今だから言うけどさ、ありがとな。ミルフィアと一緒につるんでくれてさ」
「なに言ってるんですか、ミルフィアさんとはお友達ですよ!」
「はは、そうだな」
そうやって明るく言ってくれる恵瑠が素直に嬉しい。見れば拳を握り締め俺を力強く見つめている。
その後力を抜くと、俺に向かってニッコリと笑った。
「それに、神愛君とも友達ですよ?」
「え?」
普通本人に向かってそれ言うか? なんて一瞬頭を過ったけれど、それはいわゆる照れ隠しみたいなやつで。
「はは、ったく」
素直に嬉しかったんだ。
「ああ。お前は俺の友達だよ」
「はい!」
俺の言葉に、恵瑠は笑顔で頷いてくれた。
無信仰者の俺を怖がるやつは未だに多い。
それでも。
こうして傍にいてくれる人がいる。
それだけで。
人生はこうも違うものに見えるんだな。
「それはそれでいいんですけど~」
「ん? なんだよ」
しかし恵瑠としてはなにかしら思うところがあるようで、言うか言うまいか悩んだ素振りを見せた後、俺を覗くように見つめてきた。
「今の神愛君はもう王金調律という立派な信仰があるじゃないですか。もっと友達を増やそうって思わないんですか?」
「あー……」
そんなことか、と俺は内心呟くが言われてみればその通りなんだよな。
ふと左腕の腕章に目をやる。そこには黄色のダイヤが描かれていた。
王金調律。天下界に現れた第四の神理。これを信仰しているのは俺とミルフィアの二人だけだ。
 もとは黄金律という思想で、それのおかげで俺には友達ができたしミルフィアとも前より仲良くなれた。今でもこの教えについては感謝してる。
でもなー。
「別にいい。王金調律とかかったりぃし、俺は無信仰のままでいいよ」
「えええええええええええ!?」
恵瑠がめちゃくちゃ驚いている!
「でもでも! 神愛君腕章ちゃんとあるじゃないですか? 王金調律信仰してるじゃないんですか!?」
「こんなん飾りだよ。それに自分がされて嬉しいことは人にもして、自分がされて嫌なことは人にもしないだっけ? そりゃそうだけどさ、そんなこといちいち気にして生きるなんて堅苦しいの嫌だしなー。お前らいるからそれでいいよ」
そ。もともと俺が欲しかったのは友達だ。それが叶った今これに縋る意味もないし。それに他人の顔色伺いながら生きるのは俺のキャラじゃない。
けれど恵瑠としてはやはり意外なのかしつこく聞いてくる。
「でもでも! せっかく発現した神理じゃないですか!? もったいないですよ!?」
「でもだりいよな~」
「王金調律信仰しないんですか!?」
「俺は俺らしく生きたいんだよ」
「腕章付けてるじゃないですか!?」
「だからこんなん飾りだって」
「頑張ればもっと友達増えて、クラスのみんなとも仲良くなれますよ!?」
「べつに全員に好かれなくてもいいし」
「さすが神愛君だよ……」
ようやく納得したようだ。
恵瑠は俯きながらトボトボと歩いていく。
けれど、そんな時だった。
「でも、ボクはやっぱり」
「ん?」
隣を見てみればなにやら真剣な顔だ。それから顔を上げて青空に目をやると、パッと晴れやかな表情になっていた。
「ボクは、みんなが仲良しの友達の方がいいです。好き嫌いはそれはあるでしょうけど、でも! それでも相手を思いやって、助け合う世界。そんな風になれたらいいなって、ボク思います!」
彼女の青い瞳は輝いていた。それこそ空に広がる青のように澄んでいて、想いを語る心は純真なんだって見てて伝わる。
「…………」
人と人が助け合い、互いに笑顔でいられる世界。
そんな世界にしたいと本気で思っているんだ。
それが、栗見恵瑠。彼女という女の子だった。
「まったく。お前らしいよ」
「えへへ~」
そう言うと屈託のない笑顔で恵瑠は微笑んだ。
そんなこいつが、俺は大好きだった。
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エルス・ギルバート
思ったけど神愛って自分が神だからナルs(殴