勇者になれなかった俺は異世界で

倉田フラト

お礼と別れ

 ジブがやる気を出したようで帽子を深くかぶりなおす動作をし、
 軽く腰を下ろし腕を前に持って行き構えの姿勢を取った。
 此方もジブに応える形で戦闘態勢に入る。

 ジブお姉ちゃん本当に強いからな……最初から本気でいかないと。
 俺は初っ端から身体強化を掛けてジブの動きに対応できるように準備する。
 ついでに武器も用意する死なないと分かっている以上、
 思う存分に武器を振りかざせる。

「っ!?」

 光創でいつも通りの短剣を作りだした瞬間――
 今まで目の前にいたジブの姿が歪み、一瞬にして背後を取られてしまい、
 短剣を持っている方の手首を思いっきり捕まれ、
 更に手の甲を力強く押されてしまい握っていた短剣を地面に落としてしまった。

 後ろに向かって肘を突き出し、一瞬の隙を生み急いで距離を取る。
 もう一度武器を具現化しようかと考えたが、なんだか同じ結果に
 なってしまいそうな予感がするのでやめておく。

 やっぱりジブお姉ちゃん強いや……身体強化を使っていても
 対応しきれなかった……まぁ、不意打ちだったからなんだけども。
 今度はこちらから行かせてもらおう。

 手加減は一切無しに全力でジブの下に飛んでいく。
 一瞬にして目の前に辿り着き迷うことなく拳を鳩尾に入れる。
 身長があれなもんで丁度良い位置にあるのだ。

「くぅ」

 小さく声を漏らしたが怯むことなく反撃してくる。
 鳩尾に攻撃を加えた腕を引く前に掴み、
 そのまま上に持ち上げられジブの後方へと叩きつけられる。
 痛みは無いが振動が酷い。
 一度や二度では腕を離すことなく何度も叩きつけられる。

 ジブお姉ちゃん、嫐る趣味は無いんじゃなかったのかよ!?

「くっそ――!」

 振り上げられる瞬間を狙って重力操作を発動させ
 自分の重力を無に変えた。
 そんな事は予想も出来るはずがないジブは力を緩めることは無く、
 全力で俺の事を振り上げた――

「っ!?」

 肩が外れそうな勢いで宙に上げられジブお姉ちゃんの真上まで上がった瞬間に、
 俺は待ってましたと言わんばかりに再び重力操作を発動させ、
 次は自分にえげつないほどの重力を掛ける。

「――っ!」

 ドンッ――と、俺はステージの床へと落下する。
 その際にジブに話されまいと今度はこっちが腕をつかんでいた。
 空に向いていた腕が急速に下ろされる。
 限界を越える所まで引っ張られジブの腕はダラリとし使い物にならなくなった。

 ジブからは声にならない悲鳴が漏れる。
 気が付けば観客席からの歓声も罵声も消えていた。

「予想以上にやるな」

「そりゃ、どう――っくそ!」

 油断していた。
 人狼族の治癒力を舐めすぎていた!
 ジブが声をかけてきたのは時間稼ぎのためだったのだ。
 ほんの少しの時間だったがその時間で腕が完治するのには十分すぎたのだ。

 人狼族の治癒能力で完治し、下になっている俺は
 首を絞められる形でつかまれてしまった。
 全く危機感を覚えないのだが、息ができないのは嫌だ。
 ここでも俺は重力操作を使い、ジブの重力を無にして
 思いっきり上に蹴り上げる。

 解放された俺はすぐさまその場を離れ、
 それと同時にジブにえげつないほどの重力を掛ける。

「ガッ!」

 ドォンと物凄い音を出し地面に叩きつけられる。
 臓器が滅茶苦茶になってしまっているのだろうか、
 呼吸も儘ならず何度も吐血している。
 人狼族の治癒力は化け物染みていることは先ほど身を染みて体験したので
 ここで油断することは無く、さらにジブに向かって重力を掛けていく。

 重力操作大活躍。

「ぅ――っ!!」

 潰れることはないが、ジブの体はもう動くことすらできないだろう。
 このまま重力を掛け続けても人狼族の治癒力によって一生勝敗はつかない。
 そう判断した俺はジブお姉ちゃんに近づいた。
 間近で苦しむジブの顔を見ると胸が締め付けられ罪悪感に襲われる。

 ごめんね、ジブお姉ちゃん……でもこれは勝負なんだ。
 手加減は出来ないよ。

 この状況で勝負に勝つ方法は一つ。
 ジブお姉ちゃんの体を場外に出すということだ。
 罪悪感に押しつぶされそうになりつつも、
 俺はジブお姉ちゃんを場外に出す前にある事を思い出した。

 お礼言わないとな、これがジブお姉ちゃんに言える最後の機会だろうし。

 誰の子かも分からない俺の事を我が子の様に愛し大切にしてくれて、
 何時も構ってくれて、此処まで育ててくれて本当に――

「ありがとう、ジブお姉ちゃん……さようなら」

 本当はもっと伝えないことがある。
 だが、思い出せば思い出すほど別れがつらくなってしまう。
 俺は覚悟を決めてそうジブお姉ちゃんに言い、
 重力操作を使い無に変えジブの体を場外に投げる。

 俺は宙を舞うジブお姉ちゃんから目を離さずにもう一度お礼を言う。

「ありがとう」

 一瞬だがジブと目が合った。
 気のせいだと思うがその目はとても優しく嬉しそうな目だった。

『し、試合終了――!!勝者奴隷のラソ!!』

 ジブの体が場外の地面に叩きつけられた瞬間に
 俺の勝利を告げるアナウンスが流れた。
 勝利したというのに観客席からは歓声が全く飛んでこない。
 少し寂しいが気もするが気にせずに俺はヘリムたちの下へと戻ろうと
 ジブに背を向けて歩き出す。 

 ジブお姉ちゃんはやっぱり優しな。
 最後だって狼の姿になれば確実に戻ってこれたのに。

『おっと!?これはなんという――』

 そんな事を思っていると焦り気味のアナウンスが流れ、
 俺は何だろうと思い、後ろを振り返った。
 ボフっと黒い何かに包まれると同時にアナウンスが聞こえなくなり
 周りの音が一切聞こえなくなってしまった。

「な、なんだこれ――ん!!」

 よく見ると俺を襲ったのは狼だった。
 この場で野生の狼が出てくるなんてことはまずありえないし
 この狼はジブお姉ちゃんで確定だ。
 俺を押し倒している狼は両手で拘束し、大きな口を俺の顔に近づけてきた。

 まずい!喰われる!?

 そう思ったのだが、狼が白い光を発して
 もとのジブの姿になり――

「んんんんん!?」

『おっと、これは……いやらしい展開です!!』

 ジブに唇を奪われてしまった。
 狼の毛のせいで聞こえなかったアナウンスも聞こえくる。
 目の前には赤くなったジブお姉ちゃんの顔。
 結構長いこと口をふさがれ、何時終わるのかと思っていれば
 ガクンとジブお姉ちゃんが俺の上に力なく倒れこんできてしまった。 

「ジブお姉ちゃん?」

 一瞬だけ焦ったが、どうやら気絶してしまっている様だ。

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