勇者になれなかった俺は異世界で

倉田フラト

極み

「戻るのはもう少ししてからで良い?」

「何でじゃ?」

 今はポチの尻尾の下敷きになってあまり姿は見えていないが、
 そこには色々とお世話になった捕虜がいる。

「そいつのお陰で楽に勝てたし無理矢理起こすのは申し訳ない
 ……気がするから目が覚めるまでは此処に居たい」

 エキサラが「誰の事じゃ?」と言いながら
 周りをきょろきょろとしていたので、
 ポチの尻尾の辺りを指さし彼女の位置を教えた。

「おぉ、そこに居たのかのう。
 分かったのじゃ、ではゆっくりするとするかのう」

 エキサラはそう言いながら
 何をするのか魔物の死体の近くに行き、
 興味深そうにその死体をジロジロと観察を始めた。

 そんなエキサラの行動を不思議に思いつつ、
 俺は縛られて一か所に集まっている捕虜達に視線を向けた。
 ポチのフワフワの毛の所為で少し見難いが
 それ以上に心地が良いので気にしない。

 捕虜達の顔を見る限り先ほどまでの怯えの色は抜け、
 何やらコソコソと数人で話したりしている。
 少し何を話しているのかは気になるが、
 この状況で逃げようとなどと言う気は起こさないだろうと
 考え放っておくことにした。

『ソラよ、あの捕虜どもはどうするんだ?』

「んー、軽く尋問して本当に情報を持っていないのならば
 解放してあげるって感じかな」

 幾ら激しい尋問をしようが知らないものは知らないのだ。
 当然真実など吐ける訳もなく時間の無駄になるだけだ。
 嘘を吐く可能性はあるがその時はヘリムに頼もう。
 きっとあの神様なら嘘を見抜くぐらい容易いだろう。

『優しいなソラは』

「そうか?」

『ああ、てっきり腕の一つや二つ
 切り落とすのかと思ってたぞ』

「おうおう、俺はそんなにじゃないぞ」

 それに、そんな事しなくても捕虜達はもう十分な程罰を与えられている。
 目の前でさっきまで話していただろう仲間達が一瞬で
 塵と化したんだ、その時点でもうかなり弱ったはずだ。
 そこからさらに追い打ちを掛ける様に激しい尋問をするのは流石に可哀そうだ。

「まぁ、歯向かったりしたらそれぐらいはやるかもしれないな
 ……ヘリムとかが」

『それは恐ろしいな』

「ああ、捕虜達が歯向かわないことを祈っておくよ」

 ふと、ヘリムは今頃城内でエルフ達と仲良くやっているのだろうか
 そんな疑問を抱いたが、直ぐにそれは無いなと首を横に振り否定した。
 基本的に俺以外には興味無いヘリムが赤の他人と仲良くやる訳ないからだ。
 何事も無く生きてれば良いんだが……エルフ達。

「それにしても、ご主人様は何をやっているんだ?」

 死体を興味深そうに観察していたかと思うと、
 自分の爪を変形させて死体の皮膚を引っかいたりと
 物凄く物騒な事をやっているエキサラの事を見つめながら
 ボソリとポチに尋ねてみた。

『知らんぞ。直接聞いてみたらどうだ』

「えぇ……」

 このモフモフの幸福空間に包まれている状態から
 抜け出してエキサラの下まで行かないと行けないのは苦渋の決断だ。
 此処から声を出して聞いてみるというのもあるが……
 俺はポチの尻尾の下敷きなっている彼女の事を見つめ、
 大声を出して起こしてしまっては悪いと考え、仕方なく起き上がった。

「あぁ、モフモフが……」

 うっとりと心地の良い空間から解き放たれ、
 あるべきモフモフが無くて寂寥感に襲われた。
 寂しい目でポチの事を見ていると、思いが通じたようで
 首を横に振りやれやれと言った仕草をしながら起き上がってくれた。

『乗りな』

「ポチ~!!」

 エキサラが居る場所までは歩いて数秒で着く位置にあるのだが、
 ポチのモフモフを再び堪能出来ると考えるだけで物凄くうれしくなり、
 勢いよくポチの背中に飛び乗り背中に抱き着く形で座った。
 優しい毛並みが全身を包み込み再び幸福感に満ちる。

「あぁ~幸せだ」

『ふっ、我もそんなに喜ばれると嬉しくなるな』

 ゆっくりとエキサラの下へ向う、その少しの間を満喫していた。
 ふと、今まで尻尾の下敷きになっていた彼女の事が気になり、
 視線をずらしてみたが未だにぐっすりと眠っていた。
 恐らく、物凄い魔力を使ってくれたのだろう。
 本当に起きたら感謝しないとな。

「む、どうしたのじゃ?」

 近寄ってきた俺達に気が付きそう尋ねてきた。
 相変わらず爪を伸ばし、死体の皮膚をカリカリとしていた。
 物凄く鋭く伸びた爪は魔女を彷彿させる。
 そういえばあの爪を最初に見たのってエキサラと初めて出会った時か。
 まだそんなに日が経ったわけではないが少し懐かしい感じがするな。

 そんな事を思ったが、不思議そうに此方を見ている
 エキサラに此処にやってきた訳を話す。

「さっきから何してるんだ?」

「妾もソラに聞きたいところなんじゃが……」

 エキサラは恐らく俺がポチの背中に抱き着いている事に
 ついて聞きたいのだろう。
 だが、この気持ちよさは人に説明できるレベルではないのだ。
 ごめんよ、ご主人様、そう簡単に説明出来る事じゃあないんだ。

「妾はのうちと気になる事があるのじゃ」

「気になる事?」

「うむ、これを見てくれるかのう」

 言われた通りに視線を向けると、
 エキサラは鋭く長い爪で魔物の死体を
 先ほどからやっている様に引っかきだしだ。
 結果も同じで死体の皮膚には傷一つ付いていなかった。

「こういう事じゃ」

「なるほど……」

 エキサラから直接説明された訳ではないが、
 先ほどの行動を見れば『気になる事』は一目瞭然だ。
 エキサラ程の化け物が態々爪を変形させてまで皮膚を
 引っかいているのにも関わらず皮膚には一切傷一つ付かない。

 これは明らかに異常だ。
 俺でさえ傷付けあろうことか倒してしまったのだ。
 俺よりも何倍も強いエキサラが傷すらつけられないのはおかしい。

「じゃがのう、こうやって力を入れると――」

 グチャリと何とも言えない生々しい音を立て、
 エキサラの爪は皮膚を切り裂き肉までも抉り裂いた。

「なんだよ、効いてるじゃん……」

「うむ、思いっきり力を入れたからのう。
 妾の爪なら軽く切り裂けると思ったのじゃが
 こやつの皮膚は異常なぐらい硬いのじゃ」

「ご主人様が思いっきり力を入れないと行けないって
 相当硬いんだな……って――」

 じゃあ、なんで俺は倒すことが出来たんだ?
 エキサラが思いっきり力を入れないと切り裂けない相手を
 ご主人様と比べたら圧倒的に弱い俺は倒してしまった。
 彼女の魔法も少しは関係していると思うが、
 それにしてもおかしい。

「のう、ソラよ。
 こやつに突き刺さっている大剣はソラが出したのかのう?」

「うん、そうだけど?」

 魔物を地面に固定した大剣。
 確かにそれは俺がイメージして具現化した武器だ。

「なるほどのう――ふんっ!」

 エキサラは突き刺さっている大剣を片手で抜き上げた。
 真っ黒な刀身が魔物の血によって真っ赤に染め上げられ、
 無くしていたはずの厨二心が少し蘇ってきたきがした。
 エキサラの体よりも大きい大剣を器用に地面に突き刺した。

「どうするつもりだ?」

「ん~、こうするの――じゃっ!」

 変形した爪を思いっきり大剣に向かって振るった。
 そんな事をしたら結果は目に見えている。
 俺は折角作った大剣を少し勿体なく思った。
 だが、結果はその予想を覆す。

――ボキッ

 折れたのは大剣ではなくエキサラの爪の方だった。
 俺はその光景をみて目をまるくした。
 折れたと言ってもその数秒後には復活しているが。

「やはりのう」

 エキサラは人で納得した様で
 首を縦にうんうんと振り頷いていた。
 一方まったく納得していない俺は取り残され、
 もやもやとしていた。

「どういうこと?」

「どうもこうも見ての通りじゃ
 ソラがつくりだした武器が物凄く強いのじゃ」

「なるほど……って何故?」

 前の様に全魔力を消費して作り出した武器なら
 まだそういわれても不思議ではないが、
 あまり魔力を消費していない武器でそう言われると物凄く不思議だ。

「ふむ、それはソラが毎日欠かせずに練習した成果かのう
 つまり、極めたって事じゃな」

 エキサラが前に言っていた幾つもの魔法を使うよりも
 一つの魔法に絞り極めた方が良いと。
 俺は一つの魔法を極める事が出来、その成果がこれだ。

「まじか……やっと極める事が出来たのか」

 真面目に毎日やってきたかいがある。
 これで後は肉体を鍛えればある程度は戦えるようになる。
 これからも日々の鍛錬を怠らずにやって行こう。
 一に筋トレ、二に魔法、三に筋トレだ。

「うむ、それじゃ、次の魔法を極めるのじゃ」

「え、次?」

「うむ、何がいいかのう~」

 てっきり、もう魔法は極めなくて良いと思っていたが、
 エキサラは俺にまだまだ魔法を覚えさせるつもりらしい。
 楽しそうに何の魔法を極めさせるのか考えている。

「うむ、そうじゃな!」

 掌に拳をぽんとたたきつけ、
 閃きの動作を表していた。

「騎乗を覚えるのじゃ!」

「は?」

 騎乗って馬に乗って移動したりするあれだよな?
 あれって魔法なのか?
 そもそも何でそんなの覚えなきゃいけないんだ

「騎乗じゃ、絶対に落ちない騎乗じゃ。
 ソラがポチに乗ってのう、うははは~いって敵を倒していくのじゃ」

「うはは~いって……」

 エキサラの表現には不満があるが、
 ポチに乗って戦場を駆け回るのは悪い考えではない。
 幸福感に包まれながら戦場を掛ける抜ける事ができる。
 そんなに最高じゃないか!

「でも、それって魔法なのか?」

 騎乗ってどっちかというも使う人の技術だと思うんだが。
 それとは違うのか?

「魔法じゃ、何があっても落ちない様に
 魔力をポチと繋げて透明の縄の様な物で結ぶのじゃ」

『ほう』

「なるほど」

 小さな腕を振り回して透明の縄と言う物を表現している様だ。
 その必死さが物凄く可愛いのだが、
 絶対に表情には出さない様にする。

 魔力をポチと繋げる……
 やらなくても一つだけ分かることがある。
 それは、騎乗という魔法はかなり大変だという事だ。
 魔力の操作する感覚を掴むまで何日も掛かったんだ。
 それをポチと繋げるのは相当な日数を必要とするだろう。 

「詳しい事は後日教えるからのう、
 結構大変なのじゃ、覚悟しておくのじゃ!」

「ああ……頑張らないとな」

 結構辛い練習になると思うが、
 その先にあるものがかなりでかい。
 戦場でもポチと一緒に居られる。
 戦場でリラックスできるなんて最高だ。

 その為にも死ぬ気で頑張らないとな。
 死なない体質だと
 死ぬ気って言葉も随分と軽くかんじるな。

『ソラよ、目を覚ましたようだぞ』

「おっ、やっとか」

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