勇者になれなかった俺は異世界で

倉田フラト

出会い

「あぁ……」

 最悪の目覚めだった。
 ぽっかりと空いた空白の記憶が一気に塗りつぶされていった。
 記憶が蘇り、何があったのかは思い出す事が出来た。

 ヘリムには感謝しないとな。

 じゃあ、何が最悪だったのか、
 それは、
 精神汚染状態だったとは言え、
 ヘリムの前であんな恥ずかしい姿を晒してしまった事だ。

 子供みたいに小さくなって涙を流し、 
 ましては膝枕まで……

「あぁ、最悪だ。」

 どうせ、ヘリムの事だから
 ずっとその事で弄って来るんだろうな。

 まぁ、ヘリムもヘリムで俺の前で恥ずかしい姿晒してるからな……
 お相子か。

「はぁ、」

 そうため息を吐いて俺は横になっている体を起こし、
 目の前に落ちていたパンを見た。

「一昨日の食事と昨日の食事と今日の食事の分のパンか。」

 目の前には無造作に牢屋の中に投げ込まれたであろうフランパンの様なパンが
 床に3本転がっていた。

 このパンは一日の中の唯一の食事だ。
 時間は不定期だが、
 ひょろひょろでちょっと突っ突いただけで骨が折れそうな爺さんが
 牢屋の中にパンを投げ込んでくれる。

 その爺さんと会話してみたが、
 全くと言って此方に耳を傾けてくれなかった。

 そして、一日一回の食事であるこのパンが3本も床に転がっていると言う事は
 即ち、三日間俺は何も口にしていなかったという事になる。

 蘇った記憶には一昨日から俺の精神は完全に崩壊していた。
 最初の方確りとパンを口にして餓死しまいと必死になって硬いパンを食べていた。
 だが、日を重ねる事に食べる量も減っていきしまいには手を付けなくなってしまった。
 そして、一昨日俺の精神は完全に崩壊し、魂の抜けた物の様になっていた。

「うわぁ、余り詳しい事は思い出したくないな。」

 流石にキツイな。
 ヘリムのおかげで元に戻ったけど自分がぶっ壊れてたって。

――グウゥ

「あっ、」

 腹減ったな。
 3本もフランスパン擬きがあるしお腹いっぱいにはなりそうだ。

「いただきます。」

 パンを手に持ち、それを齧らずに手で千切って小さくしてから口の中に放り込んだ。
 パサパサで硬くて味がしなくて只々口の中の水分を奪っていく
 せめて水と塩があればもう少し美味しく食べれるのだが、
 と思ったが贅沢は言っていられない。

 今はこのパンだけでも在り難い。
 餓死しないからな。

――モグモグ

 贅沢は言えないと自分に言い聞かせてパンを黙々と食べ続けたが
 流石に3本も食べる事は出来ず、2本食べるだけでも結構大変だった。

「ふー、」

 お腹一杯だ。
 そう言えばここに来て今日で何日目なんだろうか?

 牢屋からは外の様子を伺う事は出来ず、
 朝と夜の区別も付かない。
 唯一の手掛かりは一日一回配られるパンだけだった。
 が、気が付けば数えるのも忘れていた。

 何日かは置いといて、
 取り敢えず脱出を考えないとな。
 ずっとこんな所に居るわけにはいかない。

「どうしようか。」

 魔法を使って檻か壁を破壊して脱出、
 と言う方法は初日に試したが、俺の魔法が発動する事は無かった。
 恐らくだが、この首輪とかが関係してるんだろうな。

 精神汚染をしてくるんだ。
 流石に魔法は何らかの方法で封印してくるだろう。

 魔法はだめ。
 だったら俺が考え付く方法は残り二つだ。

 一つは此処で何時来るか分からないヘリムの事を待つ。
 ヘリムはもう少しと言っていた、
 そして、あいつは今の俺の状況も知っている。
 時間は掛かるかも知れないが、
 安全に此処から脱出できる方法だ。

 もう一つは奴隷として誰かに買われるのを待つ。
 奴隷と言うからには当然奴隷を買う奴だっている。
 そいつがどんな奴でどんな事を命令してくるかは分からない。
 だが、此処から脱出するには一番可能性のある方法だ。

 何方も人任せな方法だが、
 今は頼るしかない。
 本当はお父さん達が助けに来てくれるはずと期待したい所だが、
 その可能性はかなり低い。

 ゴウルが生きて居ればまだ可能性があるだろうが、
 あのやられ方をして生きて居るとは考え難い。
 恐らく相手は手馴れたプロ集団だ。手掛かりを残す様なヘマはしないだろう。

 まぁ、どの方法にしろ
 大人しく牢屋の中で待つことに変わりはないんだ。
 幸い、精神汚染は掛かってないから再び可笑しくなることは無いだろう。

 だったら、俺が牢屋の中で出来る事を精一杯やってやろうじゃないか。
 やる事は限られるが、何もしないよりはマシだ。

 誰かが来てくれるまで、俺は――

「そうだな、筋トレでもしてるか。」

 俺は弱い。
 十分に分かっている事だ。
 だが、このままではいけない。
 ヤミ達に会うために俺は強くなる。

 そう思い、牢屋の中で出来る筋トレを始めた。

・・・・

 牢屋の中で毎日腹筋や腕立て伏せなどの筋トレをやり続けて数日が経った。
 日数は一日一回配られるパンだけで判断しているので正確な日数は分かっていない。
 実はパンは二日に一回かも知れないし、一日に二回配られているのかもしれない。
 何しろ一切外の世界が見えない為、正確な時間が分からない。

 毎日筋トレ生活を送っている中、
 俺は意外にも奴隷を買いに来る人が多い事に驚いた。
 一日に少なくても3人の姿は見る。
 此処が人気なだけなのか、奴隷を買う事が流行っているのか良く分からないが。

 奴隷を買いに来る奴はどいつもこいつも同じような恰好をしてる奴等ばかりだ。
 派手な服装に贅沢体型、金持ちのボンボン野郎共だ。
 此奴等は決まって俺の事は見向きもせずに、
 女の奴隷ばかりを見て、気に入った子が居たら買っていく。

 奴等の目はどれも下種な目だ。
 体全体を舐めまわす様に見てるいやらしい目。
 目を見ただけで買われた女の子がどんな目に合うかわかってしまう。
 本当に不愉快だ。

 かと言って俺に何か出来る訳でもない。
 只ひたすら下唇を噛みしめて奴等を睨みつける事位しか出来ない。
 俺の日課は筋トレをして奴等が来たら睨みつける、
 それだけの日々だ。 

「はぁ。」

 一通りの筋トレを終えた後、俺は大きなため息を吐いた。

 今日も誰かが犠牲になるのを只々見てるだけか。
 奴隷ってのは救われねえよな、本当に。
 どいつも此奴も……

「ああ、嫌な世界だ。」

 それにしても、どいつも此奴も女ばかり買っていきやがる……
 本当に今更気が付いたんだが、

「男の奴隷って需要なさすぎだろ。」

 一番可能性のあるって思ってたけど、
 流石に越えられない性別の壁があったな……
 こりゃ、一番可能性が低いのかもな。

「なぁ、爺さんよ。
 俺はどうしたら良いんだ?」

 俺は今日も今日とてパンを持ってきてくれる爺さんにそう問いかけた。

「……知らん」

 爺さんはそうボソリと答えてくれた。
 ここ数日俺は毎日欠かせず爺さんに話しかけた成果がこれだ。
 最初は無視されまくったが、
 日を重ねる事に段々爺さんは俺の言葉に反応してくれるようになった。

「一体俺は何時までここに居ると思う?」

「……知らん。」

「じゃあ、俺を買ってくれそうな天使の様な方は
 居ないか?」

「……知らん。」

 爺ちゃんは沢山ある牢屋の中にパンを投げ入れつつも
 俺の言葉に反応してくれている。
 といっても、知らん。だけだが。

「なぁ、爺さんよ。
 あんたは知らん知らんロボットじゃないんだから、
 もう少し会話しようぜ?」

「儂はそんな暇は無い。」

「はぁ、少しは牢屋の中に入ってる
 こっちの身の事も考えてくれよ。
 暇すぎてじじいになっちまうぞ。
 あっ、どうも。」

 爺さんがパンを牢屋の中に投げ込んできて
 俺はそれを慣れた動きでキャッチした。

「あれ、もう行っちゃうのか。
 またな~」

 爺さんは何も言わずに何処かへ消えて行った。

 全く、あの爺さんもう少し会話してくれてもいいだろ。
 まぁ、反応してくれるだけでありがたいけど。
 ……ここにいる奴等は全員空っぽだからな、
 あの爺さんが唯一の会話相手だ。

 他の奴隷達は皆、精神汚染の影響で
 魂が抜かれて人形の様になってしまっている。
 声を掛けても全く反応しない。

「嫌になるな……パン食べよ。」

――モグモグ~

 相変わらず美味しくないパンだ。
 そうだ、次爺さんに在ったら塩掛けて貰えないか聞いてみるか。
 砂糖も良いな。

 パンをモグモグしていると、扉の開く音が聞こえてきた。
 また何処かのボンボンが奴隷を買いに来たのだろう。
 どうせ、また女の奴隷目当てだろうと思い、
 俺はそのままパンを黙々と食べ続けた。

 コツコツと足音が聞こえてくる。
 俺はその足音に違和感を覚えた。

 この足音はハイヒール的な何かじゃね?
 もしかして女のボンボンが来てるのか、
 まぁ、あまり期待しないで置こう。
 もしかしたらアッチ系の人かもしれないし。

 つか、アッチ系の人だったら危ないぞ……
 やばい……顔見せない様に背向けとくか。

 お尻に危機を感じて俺は背を向けて
 再びパンを食べだした。

――モグモグ

 コツコツコツコツと足音が徐々に俺のいる牢屋に近付いて来る。
 俺は少し怯えながらも絶対に顔は見せまいと壁と向き合ってパンをモグモグ。
 コツコツコツコツコ……
 そして、遂にその足音が俺の牢屋の前を通り――止まった。

 やばい……

 俺の体は全身から汗を噴き出し、
 警告を始めた。

「おい、」

 声を掛けられた。

 だが、今の俺は全身が拒否反応を起こしている為、
 声がうっすらとしか聞こえなかった為、
 どんな声か判断出来なかった。

 俺は恐怖を紛らわすためにパンを
 勢い良く食べた。

「おい……聞こえておらぬのか!
 そこのモグモグしてるお主!」

 予想よりも綺麗な声でそう怒鳴られる。

 うっすらとだが女の声と確認し、
 俺の体は拒否反応が弱まり、汗が止まった。

 そして、俺は恐る恐る振り向いた。

「っ!」

 そこには女神様が立っていた。
 ゴスロリの様な衣装を纏った少女、
 身長は小さいが、長く美しい黒髪吸い込まれそうな赤い瞳。

 傍から見えれば只のロリに見えるだろうが、
 俺からしてみれば女神に見えた。
 今まで屑野郎しかやってこなかった此処に、
 現れた少女。

 そして、その少女は今俺の牢屋の前に立っている。

「おお、やっと此方を向いたのう、
 全くこの妾を無視するとはのう、良い度胸じゃ。」

 そして、この口調。
 まさに女神ロリババア!!

 俺は買われるならやっぱり
 こういう可愛い子に買われたいな。

「お主、良い目をしておる。」

「そうか?」

「それに、他の奴よりも生きが良いのう」

 女神ロリババアがそう言った瞬間、
 女神ロリババアの俺の見る目が獲物を狩る猛獣の様な鋭い目に変わった。

 思わず、唾を飲み込む。
 背中から汗が噴き出し、体が震え出した。
 本能が警告してくる。
 危険だと。

「そりゃ、どうも……」

「くははは、良いのう。良いのう!
 偽りの身体にかなりの術を身にまとっているのう
 お主、妾に喰われてくれないかのう。」

 おう……
 こりゃ、女神ロリババアなんて生易しいもんじゃねえな。
 1発で俺の正体を見破り、へリムのかけたモノまで見えている。ただものでは無いことは間違いない。

「此処から出られるなら喜んで喰われてやるが、
 死ぬのは御免だな。」

「ほう、そうか。
 では、死なない程度なら問題なかろう?」

「出来れば優しく扱ってほしいんだが。」

「なーに、安心せい。
 お主の様な珍しい魂を雑には扱ったりしないぞ。」

 珍しい魂?

「そりゃ、ありがたい」

「くははは。
 おい!奴隷商、こやつを買い取りたいんじゃが。」

「へーい。今いきまっせ~」

 遠くから、急ぎ足で見るからに怪しい男がやってきた。
 此奴を見るのは初めてでは無いが、やっぱり何時見ても怪しいな。

「いくらじゃ?」

「ふーむ、これは余り売れない物なんで……
 500デリスでいいっすよ。」

 デリス、此処に居る間何度か聞いたことがある。
 この世界のお金の名称らしい。

 つか、500って……
 他の奴等は安くても5000デリスだったぞ……
 何か複雑な気分だな。

「随分と安いのう、ほれ。」

「……500デリスちょっきりすね。」

 デリスだけにリスってか?
 うぅ、寒いよ。そして、気付いてあげて。

「……では、手続きを開始しまっす。
 お客様の血をちこーっと此処に垂らしてくださいな。」

 怪しい男がポケットから紙を取り出し、
 そう言うと、

「ほれ」

 ロリババア様は自分の爪をグニャリと変形させて、
 鋭くなった爪で指先をチクリと刺した。

 奴隷商はその光景を見て驚いた様だったが、
 直ぐに冷静になっていた。

「これで完了っす。これ、鍵っす。」

「うむ」 

 鍵を受け取ったロリババア様は俺の方を見て
 何やら邪悪な笑みを浮かべて鍵を開けた。

コメント

  • ペンギン

    うーん?神様なのかな...?

    1
コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品