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春野ひより

第一章



 紙に汗ばんだ腕が張り付く季節。
 左手が視界に入れば嫌でも
 見えてしまう硬い蛸。

 あの時の失敗から僕はどの大会にも
 個人出場しかさせてもらえなかった。
 どれだけ一生懸命に引いても、
 弓は僕の本心を見抜いてささやく。

 そのままだとまた外すぞ。
 そう言われた瞬間、僕の身体は強ばり
 腕が木の枝にでもなったかのような
 感覚に陥る。

 酷い音を立てて安土が跳ねる。
 こんな射にしたいわけじゃない。
 もっと大きくて。迫力があって。
 堂々としていて。冷静で。

 しかし僕の理想は所詮口だけのもの。
 ある日弓が言った。
「お前に引かれたくない」
 ある日矢が言った。
「もっと的に中てくれる人がいい」
 練習中にそんな台詞が頭の中を駆け巡る。
 思い込みだと思えないその台詞に、
 僕の身体はどんどん支配されていく。

 周りの視線を気にしながら
 引くのはもう疲れた。
 せめてもの救いが、皆が僕を気にせずに
 選手争いをしてくれるところだ。
 これで誰かが僕の代わりに大前で
 引くことに気を遣って、
 優しく慰めたり励まそうとするものなら
 きっと僕は情けなさで崩壊してしまう。

 僕をいないものとして練習してくれるのが
 皆の長所だ。


 弓道部の部長を任命されて約二ヶ月で
 実力を買われ高総体の大前を任された。
 団体の要だ。
 大前が一射目に中れば自ずと後ろも中る。
 団体の長として引っ張っていかなければ
 ならない僕が、四射一中の愚弄をおかした。

 全国大会出場常連の我が校が全国大会の
 予選で敗退したことの原因が部長であり
 団体の長である自分にある。
 その自責の念が一日中、
 どの瞬間にもふと顔を出す。

「すみませんでした」

 僕の言葉に誰も耳をかそうとはしなかった。
 完全に緊張からだった。
 真っ直ぐ矢が的から逸れる様を
 他人事のように見つめていた。
 矢に意思があるんじゃないかと
 思ったその時から、僕の意識は的に
 届いていなかった。

 僕は、常に一緒にいた半ば分身状態の
 彼らのことを信用できていなかったのだ。
 自分が正しく引きさえすれば弓矢は
 応えてくれると言うのに。

 窓から入ってきていた風が凪いだ。
 教室はしんと静かで、なんとなく
 あの情景を彷彿とさせた。

 無心で鉛筆を走らせ徐ろに目を瞑る。
 感情のない紙のにおいが
 僕の心を落ち着かせた。






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