かわいい俺は世界最強〜俺tueeeeではなく俺moeeeeを目指します〜
17話 密会。
招かれています。手をくいくいっとして。どうやら私とアレンの一連の流れを見ていたようで、しっーと口に指も当てています。アレンにはナイショということでしょうか。
しかしこのお招きは私にとっても好都合でした。いまいち盛り上がりきれない会話をぐだぐだと続けるより、強引にでも一回リセットする方がいいいいからです。
ベストタイミングでのお助け船を出してくれた店主さんに応えるために、私は伝家の宝刀「おトイレ」を使いました。幸いにもトイレは厨房の横を通る必要があるので、自然と店主さんの方へと行けます。
厨房前まで行くと店主さんに手首を掴まれ、強引に中に引きずり込まれました。突然のことに私も反応出来ず、なす術なく、なすがままにされました。
いやっ、襲われてしまうの私。百合は嫌いじゃないけど、精神的には男でして、でも体は女であるし、はて、どちらなのでしょう。
そんな風に変な方向に走ってしまう、思考が迷走してしまったところで店主さんが口を開きました。
「ごめんね、デートの最中なのに」
「いえ。ちょうどよかったです」
「そっか。うん。そうだ名前は? それくらいわからないとね」
「フィアナです。店主さんは?」
「え、アレンの奴言ってなかったの? まったくあいつは……。私はハル。好きに呼んで」
「わかりましたハルさん。私も好きに呼んでください」
「じゃあフィアナさんだ」
と、強引に連れ込まれて最初に交わした言葉は自己紹介でした。
あれ? ハルさん、このために私を手招きしたんじゃないですよね? 私的には、こう何かお話を聞けると思っていたのですが。おこがましでしょうか? それともご都合主義が過ぎるでしょうか?
「じゃあ、あんまり長くなっても恥ずかしいだろうから、早速本題に移ろうか」
「はい。お願いします。多分、ハルさんは何か知ってると思うので」
だから私を呼んだのでしょう。タイミングが良すぎますから。それにハルさんのアレンに言った「思い出に踏み込まれること」。どう考えても意味深い発言です。隠す気はさらさらないのでしょう。
「予想は出来ていると思うんだけど、もしかしたら知ってるかもね。この店、アシュレイ様がアレンと一緒に通っていた店なのよ」
「それは、はい。小さい頃から通っていると言っていましたから、なんとなく」
「だよね。アレンも小さい頃は可愛かったんだけどねぇ、今はあれだし。どこがいいの?」
「え……?」
「いけないいけない。すぐ話が脱線しちゃうのは悪い癖よね」
「は、はあ」
危ないところでした。
アレンのどこがいいのかという質問に対する答えは、10は作ってあります。それも当たり障りがないもの攻めたものどちらも。当然です、いつそれが必要になるかわかりませんから。予想されることは、徹底的に準備しなくてはいけません。
しかし今は、言うなればエクストラステージ。予想外もいいところな、アドリブ満載のステージなわけです。
隠れキャラであるハルさんの質問は、そんな唐突なエクストラステージでおいても唐突。初見殺しですかと文句を言いたくなるものでした。
そんな初見殺しハルさんは脱線した話を戻してくれました。
「アシュレイ様に気に入ってもらえて、この店も繁盛し始めたの。アレンも気に入っていたけど。
アシュレイ様はいろんな種類を頼んでいた。それこそ当時店にあったメニューは制覇されたもの。それに、アシュレイ様の要望でメニュー化したものもあるし」
アレンの甘党はアシュレイさん譲りのようです。
「だからさっきのね食べさせ合いっこ。多分アシュレイ様に重なったんだと思うの」
「食べさせ合いがですか?」
「そう。アシュレイ様は色んな種類をたのんで、アレンにもあげてたの。昔からベリータルトしか食べなかったからね、アレン」
昔からアレだけなんですか、アレンは。
「ベリータルトしか注文しないのに、アシュレイ様があげるのは食べるんだから。いっつもニコニコして、口開けて、おねだりしてね。
アシュレイ様もそれがわかってるから一口は必ず残していたのよ」
それは微笑ましい光景だったことでしょう。まだ素直だった頃のアレンが見せるイタズラな表情。全てお見通しで、しかしそれを指摘せずに可愛がるアシュレイさん。かわいらしいスイーツにも囲まれて、絵になりそうです。
「偶然かもしれないけどね、アシュレイ様は卵タルトが好きだったの。
あなたが悪いわけじゃないのはわかってるんだろうけどね、ほら、アシュレイ様に瓜二つでしょう? 余計に重ね合わせちゃったのよ。
あとそうだ。この店に女の人を連れてきたのはフィアナさんが初めてだしね」
「それは、はい。わかっていました。卵タルトはさすがに予想外でしたが」
「そっか。なら、私からもお願いしていいかな」
「無理なことじゃなければ」
「アレンに、いい加減別のメニューも食べろって言ってやってよ。美味しいのはベリータルトだけじゃないんだし。それに、卵タルトだってもっと美味しくなってるんだから」
またお願いされてしまいました。エルバードさんもそうでしたが、アレンは市民に愛されているようです。
確かに女癖は悪いですし、それに関しては弁護のしようがないでしょう。ですから、あの馬鹿はと口々に出てくるのです。まあ、性格の悪さもあるとは思いますが。
ですが、それでも気にかけてはもらえているのです。それもかなり。
私的には安請け合いはしたくない気持ちです。気持ちというか、スタンスです。
しかし今回は、今回も、受けてはいいとも思うのです。だってついでに片手間にですから。私がアレンを攻略することに変わりはないのですから、情報料としてそれくらいなら受けもいいも思います。
「はい。私もアレンさんには食べて欲しいです。美味しいですもんね」
「ありがとう」
エクストラステージクリア、といったところでしょうか。どうやら今回のステージ、進展があるわけでも新展開があるようでもなく、ただのついででした。
アレンとアシュレイさんの思い出を知っただけです。
アレンがいかに私に対して、アシュレイさんの影を重ねているかを再認識しただけです。
それだけでした。が、大切でした。
***
ハルさんに解放された私は席へと戻りました。その頃にはアレンも調子を取り戻し、平然と自分のベリータルトを口にしていました。
私も席について食べます。美味しいです。改めてこれを私に酷似していた人が好きだったと知ると、どうにも不思議な気分になるわけでした。
まあ、それがなんなのかと言われればそれまでなのですが、私としてはそうはいけませんでした。
もともと、このデートの最終目的はアレンを萌えさせることです。そのためにいくつかの段階や、状態を設けていて、策略も存在します。
その一つであり最大の課題であるアシュレイさんとの差別化。これはアシュレイさんが理想の大元だと知った時から、悩みに悩み続けてきた課題でした。これを越えることができなければ、アレンが本当の意味で萌えることはないと、断言することが出来ます。
なのに今の私は無意識にとは言えアシュレイさんに近しい行動をとってしまいました。いえ、行動自体は問題ないのでしょう。だってそれは些細なことだから。アシュレイさんが理想の大元なのだから、そうなるのが自然なのです。
むしろ、アシュレイさんという似非清楚属性を演じるなあたって、私は最善の選択をしたと自覚しているのです。そこに抜かりはなく、失敗もありませんでした。
では何を問題にしたいのかと言いますと、アシュレイさんを想起させてしまったということです。
これもある程度なら許容範囲内でしょう。強すぎる、というか元ネタがありそれを演じるとなれば、どうしてもかすってはしまうのですから。
それに元ネタがあるというのは、それこそがメリットでもあるのです。
例えばモノマネ。地球ではモノマネグランプリが数多く催されていましたが、あれが一番わかりやすいでしょう。
ある時モノマネ番組を見て私は思いました。あんまり面白くないな、と。だって漫才でもありませし、笑えるわけがないです。
では何が大衆に受け入れられて、求められたのかと考えました。いえ、考えるまでなく、同じ部屋にいたお父さんを見ていればわかることでした。
お父さんはモノマネ番組が大好きでした。あ、今もきっとご存命ですからね。現在進行形で大好きでしょう。まあ、私がいなくなったことでどうなったのかは知りえませんが。少しだけ申しわけとも思います。
話を戻します。
とにかくお父さんはモノマネ番組が大好きでした。あえていうなら、カラオケ番組もです。これも似たところがあります。
〇〇スペシャルがあれば必ず番組はそれ。テレビの番組選択権が弱いお父さんでしたが、私もお母さんもお父さんが珍しく大好きなものだと知っていましたので、その時は譲るのです。
そうして私は大して面白くない番組を見る羽目になるわけでした。
しかしお父さんはモノマネが大好きと先程から言っている通りですから、当然面白いと感じているのです。側から見ていて丸わかりです。
お母さんもなのです。夫婦の年の差はさほど離れていません。ですから趣味が合うのか、と軽く考えていました。
軽視し過ぎた、というより節穴過ぎました。
だって、それが要するに答えだったからです。
モノマネ番組が面白いと感じるお父さんとお母さん。それに対して面白いないと、つまらないと感じる私。違うのは、世代でした。
現在モノマネ番組で何がモノマネされているのかと言えば、大半が少し前の、私が生まれる前の人達のモノマネ。もっと言えば、私が記憶に残っている以前のモノマネ。
もちろん現在の流行りネタや、流行を取り入れたりはしています。ですが、形式上で取り入れいるだけであって、あくまでモノマネをしているのはそれではなく昔の人。
それだと私みたく「え? 似てるの似てないのどっち? というか誰?」となるわけです。面白い面白くない以前に、似ている似ていない以前に、モノマネなのかそうじゃないのかという時点に取り残されているわけです。
ところが、お父さんやお母さんは当然自分達が青春を過ごした時代のモノマネばかり。懐かしさもあるでしょうし、「似ているのか似ていないのか」ということもわかるわけです。だから自然と面白さが出てくるのです。
さて、ここまで前振りをして何が言いたいのかと言いますと。
モノマネ、あるいはそれに準ずる近しいことは、元ネタを知ってさえいれば効果は抜群だということです。
ここで言うなら、似非清楚という属性を演じるにあたって、アシュレイさんという元ネタをアレンは知っているのだから効果は抜群、だということです。
アレンはさぞかし懐かしく感じていることでしょう。それが転換して、理想をくすぐられていることでしょう。
ですがその転換にも許容範囲があり、やりすぎはマイナス効果になってしまうのです。毒になります。
メリットが増すならデメリットも増してしまうのです。
アシュレイさんと私が重なってしまうわけです。
「どうかしたか」
「い、いえ」
どうやらぼんやりとしすぎてしまったようです。いけないいけない。
考えることも大事ですが、今は目の前にも集中しないと。
だいたい、切り札があるのですから、あとはどうその状況に持っていくかだけを考えるだけです。それは行動しながら、臨機応変に対応しなければ出来ません。
さしあたっては、そろそろお店を出るためにも、名残惜しくはありますが……、卵タルトを、食べてしまうとしましょう。……してしまいましょう。
「ごちそうさまでした」
綺麗に食べました。さらにはカスもなく、これなら上品に見えるでしょう。けっして美味しいから少しでも食べたいとかそんな浅ましい願望があったわけではなくて、ただ単にアレンに美しく見せるために綺麗に食べただけです。本当に本当です、多分。
「綺麗に食べるな」
「ありがとうございます。本当に美味しかったので」
ほら、これが私の涙ぐましい努力の成果です。こうした塵も積もれば山となる、略して塵積なことが大事なんです。かわいいは継続、萌えはトドメ。
お茶も飲んでしまいました。
そんな些細事にもさすがアレン、気がついてくれました。
「そろそろ店を出るか?」
「そうですね。長いこと居座ってしまいましたし」
「そうだな。では会計か」
身だしなみを整えてカウンターに向かいます。この時ばかりはアレンの少し後ろに立ちます。全額アレンが払ってくれるのです。その横で金額を確認するのは野暮というものでしょう。
「美味しかった?」
「まあまあだな」
「私が聞いてるのはフィアナさんよ」
「紛らわしい。……うん? おばさん、いつフィアナの名前を知った? 俺は言ってないはずだが」
「会話が少し聞こえただけだよ」
「なんだ。盗み聞きか?」
「しないわよ。あんたのおかげで店は暇だし静かだからよく聞こえちゃうの」
「一言一言嫌みを言いやがって」
「お互い様でしょう」
「あの、美味しかったですよー」
油断大敵! 本当にどこからでも痴話喧嘩を始めきます。なんですかそれ、本当に。まったく油断なりません。というかハルさん、私の応援をしてくれたんじゃないんですか? どうして目の前で繰り広げてくれてんですか? 
「よかったよかった。また来てね」
「是非」
「行くぞフィアナ」
「はい。ではまた」
「またのお越しを」
「気が向いたらな」
「あんたはいつも来てるでしょう」
結局を店を出るまで痴話喧嘩ですか……。
と、観念にも似た心持ちでいると、店の扉が開け放たれました。
「やっと見つけたわよアレンっ!」
そこには肩で息をし、髪を乱した女性が。
どうやら物語はここまでがジェットコースターで言うところの登りで、それも随分と高くゆっくりと登っていたようで、やっと急な坂になるようです。一回転くらい余裕そうです。
しかしこのお招きは私にとっても好都合でした。いまいち盛り上がりきれない会話をぐだぐだと続けるより、強引にでも一回リセットする方がいいいいからです。
ベストタイミングでのお助け船を出してくれた店主さんに応えるために、私は伝家の宝刀「おトイレ」を使いました。幸いにもトイレは厨房の横を通る必要があるので、自然と店主さんの方へと行けます。
厨房前まで行くと店主さんに手首を掴まれ、強引に中に引きずり込まれました。突然のことに私も反応出来ず、なす術なく、なすがままにされました。
いやっ、襲われてしまうの私。百合は嫌いじゃないけど、精神的には男でして、でも体は女であるし、はて、どちらなのでしょう。
そんな風に変な方向に走ってしまう、思考が迷走してしまったところで店主さんが口を開きました。
「ごめんね、デートの最中なのに」
「いえ。ちょうどよかったです」
「そっか。うん。そうだ名前は? それくらいわからないとね」
「フィアナです。店主さんは?」
「え、アレンの奴言ってなかったの? まったくあいつは……。私はハル。好きに呼んで」
「わかりましたハルさん。私も好きに呼んでください」
「じゃあフィアナさんだ」
と、強引に連れ込まれて最初に交わした言葉は自己紹介でした。
あれ? ハルさん、このために私を手招きしたんじゃないですよね? 私的には、こう何かお話を聞けると思っていたのですが。おこがましでしょうか? それともご都合主義が過ぎるでしょうか?
「じゃあ、あんまり長くなっても恥ずかしいだろうから、早速本題に移ろうか」
「はい。お願いします。多分、ハルさんは何か知ってると思うので」
だから私を呼んだのでしょう。タイミングが良すぎますから。それにハルさんのアレンに言った「思い出に踏み込まれること」。どう考えても意味深い発言です。隠す気はさらさらないのでしょう。
「予想は出来ていると思うんだけど、もしかしたら知ってるかもね。この店、アシュレイ様がアレンと一緒に通っていた店なのよ」
「それは、はい。小さい頃から通っていると言っていましたから、なんとなく」
「だよね。アレンも小さい頃は可愛かったんだけどねぇ、今はあれだし。どこがいいの?」
「え……?」
「いけないいけない。すぐ話が脱線しちゃうのは悪い癖よね」
「は、はあ」
危ないところでした。
アレンのどこがいいのかという質問に対する答えは、10は作ってあります。それも当たり障りがないもの攻めたものどちらも。当然です、いつそれが必要になるかわかりませんから。予想されることは、徹底的に準備しなくてはいけません。
しかし今は、言うなればエクストラステージ。予想外もいいところな、アドリブ満載のステージなわけです。
隠れキャラであるハルさんの質問は、そんな唐突なエクストラステージでおいても唐突。初見殺しですかと文句を言いたくなるものでした。
そんな初見殺しハルさんは脱線した話を戻してくれました。
「アシュレイ様に気に入ってもらえて、この店も繁盛し始めたの。アレンも気に入っていたけど。
アシュレイ様はいろんな種類を頼んでいた。それこそ当時店にあったメニューは制覇されたもの。それに、アシュレイ様の要望でメニュー化したものもあるし」
アレンの甘党はアシュレイさん譲りのようです。
「だからさっきのね食べさせ合いっこ。多分アシュレイ様に重なったんだと思うの」
「食べさせ合いがですか?」
「そう。アシュレイ様は色んな種類をたのんで、アレンにもあげてたの。昔からベリータルトしか食べなかったからね、アレン」
昔からアレだけなんですか、アレンは。
「ベリータルトしか注文しないのに、アシュレイ様があげるのは食べるんだから。いっつもニコニコして、口開けて、おねだりしてね。
アシュレイ様もそれがわかってるから一口は必ず残していたのよ」
それは微笑ましい光景だったことでしょう。まだ素直だった頃のアレンが見せるイタズラな表情。全てお見通しで、しかしそれを指摘せずに可愛がるアシュレイさん。かわいらしいスイーツにも囲まれて、絵になりそうです。
「偶然かもしれないけどね、アシュレイ様は卵タルトが好きだったの。
あなたが悪いわけじゃないのはわかってるんだろうけどね、ほら、アシュレイ様に瓜二つでしょう? 余計に重ね合わせちゃったのよ。
あとそうだ。この店に女の人を連れてきたのはフィアナさんが初めてだしね」
「それは、はい。わかっていました。卵タルトはさすがに予想外でしたが」
「そっか。なら、私からもお願いしていいかな」
「無理なことじゃなければ」
「アレンに、いい加減別のメニューも食べろって言ってやってよ。美味しいのはベリータルトだけじゃないんだし。それに、卵タルトだってもっと美味しくなってるんだから」
またお願いされてしまいました。エルバードさんもそうでしたが、アレンは市民に愛されているようです。
確かに女癖は悪いですし、それに関しては弁護のしようがないでしょう。ですから、あの馬鹿はと口々に出てくるのです。まあ、性格の悪さもあるとは思いますが。
ですが、それでも気にかけてはもらえているのです。それもかなり。
私的には安請け合いはしたくない気持ちです。気持ちというか、スタンスです。
しかし今回は、今回も、受けてはいいとも思うのです。だってついでに片手間にですから。私がアレンを攻略することに変わりはないのですから、情報料としてそれくらいなら受けもいいも思います。
「はい。私もアレンさんには食べて欲しいです。美味しいですもんね」
「ありがとう」
エクストラステージクリア、といったところでしょうか。どうやら今回のステージ、進展があるわけでも新展開があるようでもなく、ただのついででした。
アレンとアシュレイさんの思い出を知っただけです。
アレンがいかに私に対して、アシュレイさんの影を重ねているかを再認識しただけです。
それだけでした。が、大切でした。
***
ハルさんに解放された私は席へと戻りました。その頃にはアレンも調子を取り戻し、平然と自分のベリータルトを口にしていました。
私も席について食べます。美味しいです。改めてこれを私に酷似していた人が好きだったと知ると、どうにも不思議な気分になるわけでした。
まあ、それがなんなのかと言われればそれまでなのですが、私としてはそうはいけませんでした。
もともと、このデートの最終目的はアレンを萌えさせることです。そのためにいくつかの段階や、状態を設けていて、策略も存在します。
その一つであり最大の課題であるアシュレイさんとの差別化。これはアシュレイさんが理想の大元だと知った時から、悩みに悩み続けてきた課題でした。これを越えることができなければ、アレンが本当の意味で萌えることはないと、断言することが出来ます。
なのに今の私は無意識にとは言えアシュレイさんに近しい行動をとってしまいました。いえ、行動自体は問題ないのでしょう。だってそれは些細なことだから。アシュレイさんが理想の大元なのだから、そうなるのが自然なのです。
むしろ、アシュレイさんという似非清楚属性を演じるなあたって、私は最善の選択をしたと自覚しているのです。そこに抜かりはなく、失敗もありませんでした。
では何を問題にしたいのかと言いますと、アシュレイさんを想起させてしまったということです。
これもある程度なら許容範囲内でしょう。強すぎる、というか元ネタがありそれを演じるとなれば、どうしてもかすってはしまうのですから。
それに元ネタがあるというのは、それこそがメリットでもあるのです。
例えばモノマネ。地球ではモノマネグランプリが数多く催されていましたが、あれが一番わかりやすいでしょう。
ある時モノマネ番組を見て私は思いました。あんまり面白くないな、と。だって漫才でもありませし、笑えるわけがないです。
では何が大衆に受け入れられて、求められたのかと考えました。いえ、考えるまでなく、同じ部屋にいたお父さんを見ていればわかることでした。
お父さんはモノマネ番組が大好きでした。あ、今もきっとご存命ですからね。現在進行形で大好きでしょう。まあ、私がいなくなったことでどうなったのかは知りえませんが。少しだけ申しわけとも思います。
話を戻します。
とにかくお父さんはモノマネ番組が大好きでした。あえていうなら、カラオケ番組もです。これも似たところがあります。
〇〇スペシャルがあれば必ず番組はそれ。テレビの番組選択権が弱いお父さんでしたが、私もお母さんもお父さんが珍しく大好きなものだと知っていましたので、その時は譲るのです。
そうして私は大して面白くない番組を見る羽目になるわけでした。
しかしお父さんはモノマネが大好きと先程から言っている通りですから、当然面白いと感じているのです。側から見ていて丸わかりです。
お母さんもなのです。夫婦の年の差はさほど離れていません。ですから趣味が合うのか、と軽く考えていました。
軽視し過ぎた、というより節穴過ぎました。
だって、それが要するに答えだったからです。
モノマネ番組が面白いと感じるお父さんとお母さん。それに対して面白いないと、つまらないと感じる私。違うのは、世代でした。
現在モノマネ番組で何がモノマネされているのかと言えば、大半が少し前の、私が生まれる前の人達のモノマネ。もっと言えば、私が記憶に残っている以前のモノマネ。
もちろん現在の流行りネタや、流行を取り入れたりはしています。ですが、形式上で取り入れいるだけであって、あくまでモノマネをしているのはそれではなく昔の人。
それだと私みたく「え? 似てるの似てないのどっち? というか誰?」となるわけです。面白い面白くない以前に、似ている似ていない以前に、モノマネなのかそうじゃないのかという時点に取り残されているわけです。
ところが、お父さんやお母さんは当然自分達が青春を過ごした時代のモノマネばかり。懐かしさもあるでしょうし、「似ているのか似ていないのか」ということもわかるわけです。だから自然と面白さが出てくるのです。
さて、ここまで前振りをして何が言いたいのかと言いますと。
モノマネ、あるいはそれに準ずる近しいことは、元ネタを知ってさえいれば効果は抜群だということです。
ここで言うなら、似非清楚という属性を演じるにあたって、アシュレイさんという元ネタをアレンは知っているのだから効果は抜群、だということです。
アレンはさぞかし懐かしく感じていることでしょう。それが転換して、理想をくすぐられていることでしょう。
ですがその転換にも許容範囲があり、やりすぎはマイナス効果になってしまうのです。毒になります。
メリットが増すならデメリットも増してしまうのです。
アシュレイさんと私が重なってしまうわけです。
「どうかしたか」
「い、いえ」
どうやらぼんやりとしすぎてしまったようです。いけないいけない。
考えることも大事ですが、今は目の前にも集中しないと。
だいたい、切り札があるのですから、あとはどうその状況に持っていくかだけを考えるだけです。それは行動しながら、臨機応変に対応しなければ出来ません。
さしあたっては、そろそろお店を出るためにも、名残惜しくはありますが……、卵タルトを、食べてしまうとしましょう。……してしまいましょう。
「ごちそうさまでした」
綺麗に食べました。さらにはカスもなく、これなら上品に見えるでしょう。けっして美味しいから少しでも食べたいとかそんな浅ましい願望があったわけではなくて、ただ単にアレンに美しく見せるために綺麗に食べただけです。本当に本当です、多分。
「綺麗に食べるな」
「ありがとうございます。本当に美味しかったので」
ほら、これが私の涙ぐましい努力の成果です。こうした塵も積もれば山となる、略して塵積なことが大事なんです。かわいいは継続、萌えはトドメ。
お茶も飲んでしまいました。
そんな些細事にもさすがアレン、気がついてくれました。
「そろそろ店を出るか?」
「そうですね。長いこと居座ってしまいましたし」
「そうだな。では会計か」
身だしなみを整えてカウンターに向かいます。この時ばかりはアレンの少し後ろに立ちます。全額アレンが払ってくれるのです。その横で金額を確認するのは野暮というものでしょう。
「美味しかった?」
「まあまあだな」
「私が聞いてるのはフィアナさんよ」
「紛らわしい。……うん? おばさん、いつフィアナの名前を知った? 俺は言ってないはずだが」
「会話が少し聞こえただけだよ」
「なんだ。盗み聞きか?」
「しないわよ。あんたのおかげで店は暇だし静かだからよく聞こえちゃうの」
「一言一言嫌みを言いやがって」
「お互い様でしょう」
「あの、美味しかったですよー」
油断大敵! 本当にどこからでも痴話喧嘩を始めきます。なんですかそれ、本当に。まったく油断なりません。というかハルさん、私の応援をしてくれたんじゃないんですか? どうして目の前で繰り広げてくれてんですか? 
「よかったよかった。また来てね」
「是非」
「行くぞフィアナ」
「はい。ではまた」
「またのお越しを」
「気が向いたらな」
「あんたはいつも来てるでしょう」
結局を店を出るまで痴話喧嘩ですか……。
と、観念にも似た心持ちでいると、店の扉が開け放たれました。
「やっと見つけたわよアレンっ!」
そこには肩で息をし、髪を乱した女性が。
どうやら物語はここまでがジェットコースターで言うところの登りで、それも随分と高くゆっくりと登っていたようで、やっと急な坂になるようです。一回転くらい余裕そうです。
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