虫のこえ
第6話 -手向け-
雲は月の光を遮り、黒く空を塗り潰す。空からは雨が降り注ぎ、森に本当の闇が訪れる。冷たく吹く風は葉を揺らし、大樹は亡くなった魂を弔うかのように音を奏でる。そして、溜まった涙がこぼれ落ちるかのように、大樹の葉の先からは雫がシトシトと落ち始めていた。その傘はシキシャの身体を濡らさぬよう、しっかりと雨を遮っている。そしてその傍に、暗闇で覆われた大樹の下、寂しい光がロウソクのように灯っていた。
「これだけしか、今はしてやれないね…。」
ナマリは最後の一枚をシキシャの頭上に置き、目を瞑る。…どうか、安らかに眠ってくれ。
シキシャの周りには数種類の花びらが敷き詰められ、一つの花になるようにシキシャを取り囲んでいる。蛙が立ち去ってから暫くして、ナマリとケラケラはシキシャの墓を作ることにしたのだ。大樹の周りに咲く花々から花びらを集め、それを手向けとして。
「風で飛ばされちゃったりしないかな…?」
ケラケラは心配をしてナマリを見つめる。
「きっと大丈夫だよ。ここは木の根で風が遮られてるし、それに…ここはシキシャの縄張りだ。大樹がきっと守ってくれる。」
ナマリがそう言うと大樹は風に揺られて"…ォオオオ"と呼応するかのように音を立てる。
「私…シキシャに最後に会った時、酷いことを言っちゃった。『アンタなんか、夢も希望も諦めた愚か者よ。毎日そうやって騒ぎ惚けてればいいわ!』って…。」
ケラケラはクルクルと身体を巻き、顔をそこに埋める。
「だって、アイツ…生前の私とそっくりだったんだもの。毎日毎日、呑気にお城の中で執事達と同じような生活をして、それでいて夢を語ってる。いつか王子様が城の中から救い出してくれるってそう思ってた。でもそんなのは全部空想だった。私はずっとお城の中、変わらないまま生涯を終えたの。だから私はアイツを見ていられなかった。自分みたいで、嫌気がさした。」
ナマリはケラケラの話を真剣に聞いている。ケラケラの目からは涙がポツリ、ポツリと落ち始めていた。
「でもシキシャは違った。シキシャの願いは《生きたい》って、ただその一心だった。あの山型のアスレチックの上での日々が、シキシャの望む全てだった。それなのに私は、本当に酷いことを言った。サイテーだ…。」
ケラケラの目からは涙が溢れ出す。ナマリはそれを見ないように目を外し、シキシャの墓を眺めた。そして、墓の前に膝をつき、花びらを触り目を伏せる。しばらくして、ケラケラの方を見つめ、優しい声で言った。
「たしかにその時君は酷いことを言ったかもしれない。でも、今君が作ったこの墓は素晴らしいものだよ。シキシャもきっと許してくれる。」
それを聞くとケラケラは何も言わず、更に泣く声を強めた。ナマリの暖かい光に包まれて、しばらくそのまま泣き続けた。
葉の揺れる音と雨の音とケラケラの泣き声が調和して、それはどこか悲しくも暖かい音楽になっていた。そしてケラケラの頭上では、指揮者がタクトを振るかのようにゆらゆらと枝が揺れていた。
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