鮫島くんのおっぱい

とびらの

バルゴの巣

 唸り声を上げる、イヌ型の獣。
 梨太の知る、大型犬の最大サイズである。梨太ならば十分、跨がって乗れる大きさだ。

 バルゴと慎重に対面しながら、猪は虎と距離を取った。武器のリーチに巻き込まないためだろう。言葉だけを同僚へ向ける。

「虎。こいつが、逃げた一匹に間違いないか?」

「あ? しらねえよ。獣の個体識別なんかつかねえ」

「……自分もちらりとしか見て取れなかったが、ずいぶん小柄のような気がする」

「じゃーきっと、走って逃げて、痩せたんだろっ――!」

 そのセリフを咆哮として、虎は一気に距離を詰めた。

 地を這うほどに低い体勢から、右手に握ったダガーを振り上げる。反射的に横に逃げるバルゴ、その先で、左のダガーが迎え撃つ。

 ギャン! ――獣の悲鳴。後ろ足を斬られ、赤い血が弧を描く。虎は勢いのまま全身を回転させ、中空の獣へ第三撃をうった。
 剥き出しになっていた腹部を、横なぎに刃が裂いた。

 赤い、塊。

 梨太は反射的に身をこわばらせ、一瞬、目を閉じてしまった。
 しかしすぐに瞼をこじ開ける。背後を振り返り、持っていたシャベルをスイングさせる。

 その先に、小型のバルゴ。

 平たい金属部分が、口をあけた獣の横面にあたった。その音で、気が付いた猪が振り返る。

「ううっ!――」

 手がしびれるほどに重い衝撃――梨太の背後、さきほど一匹のバルゴが飛び出してきたその巣穴から新たに現われた個体は、子犬であった。
 成体と比べて二回りは小さい。
 それでも跳ね返ってきた衝撃はとうとうなものだった。震えるシャベルを抑え込むのに、梨太の軸足が地面をえぐる。

 跳ね飛ばされた仔は一メートルほど吹っ飛んで、地面にバウンド、しかしすぐに身を起こした。四つんばいで激しく吠える。
 ワンワンという、犬の鳴き声によく似ていた。

 虎が目を見開く。

「子供――あかんぼ」

「まだ出てくるよ!」

 梨太の叫びに反応したのは猪。手斧を振りかざし、まさに巣穴から頭をだしたばかりの首をはねた。
 こちらも小さい。その死骸を乗り越えてさらに二匹、同じように、無力にその体を躯へと変えた。先ほど出てきた一匹も、虎がすでに薙いでいる。

 獣の血に濡れた刃を下して、虎は汗をぬぐった。

「なんだよ、まじでこれ、いえだったのか……もう、これで終わりか?」

 梨太は最初の成体の死骸に屈みこみ、うなずく。

「おそらくね。ほら、この雌、乳首がいま吸わせてたように赤く濡れてる。それに乳首が四対。哺乳動物の乳首の対数は一度の出産数の平均とだいたい同じになるんだ。子供らみんな同じくらいちゃんと育ってるし、四つ子だと思う」

「いや。おそらくもう一匹、成体がいる。追っていたバルゴは雄、やはりこれよりもずっと大きかった。こいつは逃げたものとは違う個体だ」

 猪がそう言って、手斧を軽く振り、その血を落とした。

 飛沫が一滴、梨太のほうへ飛んできた。小さな悲鳴を上げると、気づいた猪が大仰に目を見開く。

「すまぬ、汚れてしまったか。弁済をしたい」

「い、いや……大丈夫……」

 若干、魂の抜けた声でつぶやき、梨太は視線を巡らせた。

 虎が倒した成体と、抱き上げられるほどの大きさの子供が四匹。梨太はしずかに、イヌの形をした地球外生命体を見下ろす。

 目を閉じ、両手を合わせた。

「……なにやってんだ?」

 虎がその後ろから覗き込んできた。空気を読まないことにブレない信念を持つ彼を、苦笑いで振り返る。

「ねえ……あの、人を眠らせる武器。麻酔刀、って、バルゴには使えないの?」

 虎が不思議そうな顔をして、そしてうなずいた。

「あれはヒトの神経に作用する電気信号で作られた機械だ。威力が高いぶんだけ精緻で、これだけ種族が違うと効かない」

「……じゃあ、麻酔銃とか」

「ココは日本だぜ、警察さんからガッチリ禁止されちまったよ。それに、どうせバルゴは殺処分される。生かして捕まえても邪魔なだけだ」

「……そうなんだ……」

「リタ殿」

 手斧を持ったまま、猪が歩み寄ってくる。彼は腰を直角に曲げて頭を下げた。びっくりする梨太に、謝罪する。

「自分が付いておりながら危ない目にあわせてしまった。気分の悪いことも、させてしまって、詫びる言葉がない」

「えっ? や、そんな」

「逃げ出した大物も、おそらくまだこの辺にいるだろう。この場の処理は自分が引き受けるので、リタ殿は安全なところへ退避していただきたい。虎。お連れしろ」

 有無も言わせぬ口調だが、虎も思うところはあったらしい。素直にダガーを納めると、梨太のほうへ顎をしゃくった。

 梨太がけがをすれば、騎士たちになにかしら罰が与えられるだろうということは察しがついた。
 それはどこの組織からなのか、日本か、ラトキアか――鯨将軍からか、騎士団長からなのか。
 わからないまま、猪に一礼する。

 勝手に歩き始めていた虎の背中を追って、梨太はその戦場を後にした。

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