鮫島くんのおっぱい
鮫島くんの担当
おかわりを注ぎ、それと鮫島が買ってきたパンで朝食をとる。彼の好みの傾向が全く見えてこない、棚からランダムに取っただけのような品ぞろえである。
のんびりと目玉焼きパンをかじっている彼の向かい席で、あんパンを飲み込み、梨太は尋ねた。
「鮫島くん。今回の仕事って、どのくらい、地球にいるの」
「……いつまでと期間を定められたわけではなく、バルゴを殲滅させしだい、ということになる。それでも前回よりは長くかからないだろう。一応、軍からの通達ではひと月を目標にと書かれていた」
「その間、騎士たちはずっと戦ってるんだよね?」
その問いには、彼はすぐに首を振った。
「いや。今回は、生体センサーにバルゴの反応がないと動けないのだから、センサーを持ってウロついている時間のほうが長いだろうな。……生態分析をしている犬居だけはずっと忙しいだろうけど」
「団長は、どうしてるの?」
「一番強いやつを倒しにいく」
あっさりした即答に、梨太は肩をコケさせた。
「なにその少年漫画のキャッチフレーズ。いや、なんというか、それって団長の仕事? どちらかというと若手下っ端の見せ場ってかんじだけどな」
「……よくわからない。おまえの思う団長とは、たとえばどういう立場で想像していたんだ」
「えー? うーん、だから、まずは部下に情報を集めさせて、分析官が分析するでしょ、んで、それをもとに作戦を考えて、戦闘員に指さして、行け! って命令する係……?」
言いながら自分でもぼやけてくる。一番偉そうにしている人、というイメージだけで、具体的に毎日なにをしているのかというと確かによくわからない。以前にみていた限り、確かに鮫島は誰にも命令をせず、分析したり作戦を考えたり、真ん中に座っていた印象はまったくなかった。むしろ、そういったことは鯨や犬居に任せ、言われるがまま、前衛で戦っていたのが彼である。
(一般高校生である僕の意見にも、すんなり従ってたしなあ)
もとより鮫島に、自分が主導者として人を動かす気概はないらしい。「俺がリーダーだ!」というプライドもないのだろう。それは彼個人の性格によると思っていたのだが。
「ラトキア騎士団長って、つまり特攻係なの?」
尋ねると、鮫島は首を傾げた。
「いや……先代は、ほとんど航海にすら出てこず、いまの鯨のように、通信で作戦を指示してくるようなひとだった。それ以前は知らないが、たぶんそうして表にでてこないパターンが多かったんじゃないかと思う」
「じゃあなんで鮫島くんは前線に?」
「俺にはそれしかできないから」
鮫島の回答に、梨太は目をぱちくりとさせた。こんな反応をされることは想定していたのだろう、苦笑して、ラトキアの青年は静かに話した。
「俺が、騎士団の長となったのは十六歳の時で……入団して四年。功績のぶん、戦場にいた時間が長く、ほとんど寮にもいついてなかった。交流も無く孤立して、団員の名前もひとりも覚えてなかった。誰に、なにをさせればよいのか、なにもわからなくて……」
鮫島は、漆黒のまつげを伏せて眉を垂らす。
「出撃の編成も、相部屋の部屋割りも、まったくどう采配していいかも、なにもかも。
それを助けてくれたのは、犬居だったんだ」
「……犬居さんが? だって、犬居さんは鮫島くんよりも後輩だよね」
「うん。だけど犬居は実戦が得意ではないから、諜報や敵情視察を担当していた。それに、あの髪の色だから……自分の身の置き場のために、上手く騎士たちに取り入っていたらしい。
いまではそれが役割分担になり、犬居は俺のサポート、騎士たちの人間関係調整にと努めてくれている。彼がいなければ、今の騎士団はないだろうな」
滔々と語る彼を、梨太はなんだか不思議な感覚で見つめてしまった。
三年前、出会ったときから完成されていた大人の社会。そこにも歴史がある。
頭だけで理解していたが、自分と同じ年頃の青年から昔話のように聞かされるのは違和感があった。少しだけ、寂しいような気がした。
「じゃあ、鮫島くんは、ほんとは戦わなくってもいいの?」
あえてそんな聞き方をしてみた。
鮫島はきょとんと目を丸くする。
「……なんでだ? 俺は犬居のような仕事はできない。その分、戦うことで給料をもらっている。働かないと生きていけないのは、地球人だって同じだろう」
麗しい面を苦笑させ、意外と明るい口調でそういった。
梨太はしばらく無言で、食事を再開した彼の様子をみつめていた。
鮫島の所作は、相変わらず美しかった。繊細な指がパンをちぎり、バラ色の口元へ送る。
特別、格式張った上品な所作をしているわけではない。食べ方そのものは梨太と変わらないのに、ただそうしているだけで画になる。
どうして、この人は、こんなにきれいなんだろう。
ずっと思っていた疑問を深く考えてみる。ただ居るだけで、在るだけで、生まれてきただけで奇蹟のような、宝石のような美しい人。
心身を傷つけ命を削り、血と泥にまみれるような、あんな仕事をしているのに。
梨太は首を振って、疑問を改めた。
どうしてこんなにきれいなのに、こんな仕事をしているのだろう。
不思議に思うべきは、むしろこちらであった。
のんびりと目玉焼きパンをかじっている彼の向かい席で、あんパンを飲み込み、梨太は尋ねた。
「鮫島くん。今回の仕事って、どのくらい、地球にいるの」
「……いつまでと期間を定められたわけではなく、バルゴを殲滅させしだい、ということになる。それでも前回よりは長くかからないだろう。一応、軍からの通達ではひと月を目標にと書かれていた」
「その間、騎士たちはずっと戦ってるんだよね?」
その問いには、彼はすぐに首を振った。
「いや。今回は、生体センサーにバルゴの反応がないと動けないのだから、センサーを持ってウロついている時間のほうが長いだろうな。……生態分析をしている犬居だけはずっと忙しいだろうけど」
「団長は、どうしてるの?」
「一番強いやつを倒しにいく」
あっさりした即答に、梨太は肩をコケさせた。
「なにその少年漫画のキャッチフレーズ。いや、なんというか、それって団長の仕事? どちらかというと若手下っ端の見せ場ってかんじだけどな」
「……よくわからない。おまえの思う団長とは、たとえばどういう立場で想像していたんだ」
「えー? うーん、だから、まずは部下に情報を集めさせて、分析官が分析するでしょ、んで、それをもとに作戦を考えて、戦闘員に指さして、行け! って命令する係……?」
言いながら自分でもぼやけてくる。一番偉そうにしている人、というイメージだけで、具体的に毎日なにをしているのかというと確かによくわからない。以前にみていた限り、確かに鮫島は誰にも命令をせず、分析したり作戦を考えたり、真ん中に座っていた印象はまったくなかった。むしろ、そういったことは鯨や犬居に任せ、言われるがまま、前衛で戦っていたのが彼である。
(一般高校生である僕の意見にも、すんなり従ってたしなあ)
もとより鮫島に、自分が主導者として人を動かす気概はないらしい。「俺がリーダーだ!」というプライドもないのだろう。それは彼個人の性格によると思っていたのだが。
「ラトキア騎士団長って、つまり特攻係なの?」
尋ねると、鮫島は首を傾げた。
「いや……先代は、ほとんど航海にすら出てこず、いまの鯨のように、通信で作戦を指示してくるようなひとだった。それ以前は知らないが、たぶんそうして表にでてこないパターンが多かったんじゃないかと思う」
「じゃあなんで鮫島くんは前線に?」
「俺にはそれしかできないから」
鮫島の回答に、梨太は目をぱちくりとさせた。こんな反応をされることは想定していたのだろう、苦笑して、ラトキアの青年は静かに話した。
「俺が、騎士団の長となったのは十六歳の時で……入団して四年。功績のぶん、戦場にいた時間が長く、ほとんど寮にもいついてなかった。交流も無く孤立して、団員の名前もひとりも覚えてなかった。誰に、なにをさせればよいのか、なにもわからなくて……」
鮫島は、漆黒のまつげを伏せて眉を垂らす。
「出撃の編成も、相部屋の部屋割りも、まったくどう采配していいかも、なにもかも。
それを助けてくれたのは、犬居だったんだ」
「……犬居さんが? だって、犬居さんは鮫島くんよりも後輩だよね」
「うん。だけど犬居は実戦が得意ではないから、諜報や敵情視察を担当していた。それに、あの髪の色だから……自分の身の置き場のために、上手く騎士たちに取り入っていたらしい。
いまではそれが役割分担になり、犬居は俺のサポート、騎士たちの人間関係調整にと努めてくれている。彼がいなければ、今の騎士団はないだろうな」
滔々と語る彼を、梨太はなんだか不思議な感覚で見つめてしまった。
三年前、出会ったときから完成されていた大人の社会。そこにも歴史がある。
頭だけで理解していたが、自分と同じ年頃の青年から昔話のように聞かされるのは違和感があった。少しだけ、寂しいような気がした。
「じゃあ、鮫島くんは、ほんとは戦わなくってもいいの?」
あえてそんな聞き方をしてみた。
鮫島はきょとんと目を丸くする。
「……なんでだ? 俺は犬居のような仕事はできない。その分、戦うことで給料をもらっている。働かないと生きていけないのは、地球人だって同じだろう」
麗しい面を苦笑させ、意外と明るい口調でそういった。
梨太はしばらく無言で、食事を再開した彼の様子をみつめていた。
鮫島の所作は、相変わらず美しかった。繊細な指がパンをちぎり、バラ色の口元へ送る。
特別、格式張った上品な所作をしているわけではない。食べ方そのものは梨太と変わらないのに、ただそうしているだけで画になる。
どうして、この人は、こんなにきれいなんだろう。
ずっと思っていた疑問を深く考えてみる。ただ居るだけで、在るだけで、生まれてきただけで奇蹟のような、宝石のような美しい人。
心身を傷つけ命を削り、血と泥にまみれるような、あんな仕事をしているのに。
梨太は首を振って、疑問を改めた。
どうしてこんなにきれいなのに、こんな仕事をしているのだろう。
不思議に思うべきは、むしろこちらであった。
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