鮫島くんのおっぱい
鮫島くんとおしゃべり
梨太のネタ振りに、鮫島は少しだけ思考すると、すぐによどみなく話し始めた。
「三年前――あのあと。梨太によって救出された俺は建物へ戻り、動けなくなった烏と白鷺を捕縛、本拠地へと運び込んだ」
やはり、彼は仕事に関する報告ならば饒舌だ。反射的に「軍人」モードになるのだろう、心なしか姿勢まであらためて、時系列順に話を詳解する。
切れ長の双眸はさらに怜悧なものとなり、知性を感じさせた。梨太は、こういう鮫島の顔も好きだった。
「烏を捕まえると、猿川は自分が実質のリーダーだったと自白した。烏は資金源だった。彼が捕まってしまっては亡命者はみな路頭に迷ってしまう、逮捕されたほうがまだ、寝食のめどが立つからな。我々はそのすべて捕らえたが、猿川も把握していない者たちはそのまま取り逃した。追跡にかかるコストに対し罪が軽く、本国から帰還命令が出て、捜査は終了になった」
唇は震えるほどしか開かれていないのに、滑舌に非の打ちどころがない。腹話術が出来そうだなあなどと考えながら、相槌をうって促す。
「……それは、任務成功ってことでいいの?」
「一応な。帰還後に報償が出たってことはそれで良かったんだろう」
雑なことをいう騎士団長。そして、眉を寄せて、
「でも俺は、リタの回復を見ずに『敵味方ともに死亡重傷者なし』と報告を書くべきではないと思うし、まして勲章など受け取れない。無事に目覚めたと聞くまでずっと、気が気じゃなかったよ」
梨太は顔をほころばせた。
「烏や、白鷺、捕まった人たちは?」
「随時、裁判にかけられた。罪の重さは人それぞれだ。テロ団に拉致されてきた『被害者』もいたし、金で雇われただけの傭兵も罪は軽い」
「傭兵ってそういうものなんだ?」
ピンとこない梨太に鮫島はうなずく。
「傭兵は……なんというか、基本的に『武器』という、モノだと考えられている。剣で人を傷つけても、それは刃物ではなく振るった者が悪いだろう? 傭兵は悪でも正義でもない、ただの道具。
だから、戦中において敵兵を相手にし、殺人を犯しても無罪放免なんだ。戦犯として裁かれるなら雇い主のほう。戦乱に乗じて『暴挙』――略奪や強姦をすればそちらは罪になるけどな」
なるほどと理解はしても実感は難しい。はてこの地球にいる傭兵は、どういうシステムで雇われているのだろう、そういえば考えたこともないままだった。
そこを思案している間にも、鮫島の話は続いた。
「今回で裁判にかけられたのはその『暴挙』のほう。宇宙船強奪と惑星外逃亡、つまり地球への不法入植だな。しかし白鷺は、ただ金で雇われた傭兵という言い訳は通らなかった。俺に対する私怨というのも鑑みて、懲役二十五年」
「ええと、それは重いの?」
「傭兵としては規格外に重いな。白鷺はラトキアで人を死なせていたし、騎士を辞めたのも自己都合。人を殺さねば自分が飢える環境ではない。それで元騎士が民間人を傷つけたとあれば厳しく断罪しなくてはならない」
「そういうのもあるのか……」
「烏は、一番重い」
「……現地人を傷つけたから?」
「それもあるが、ラトキアの刑罰は、実際に行われた行為よりも動機のほうを重く見て量刑される。烏はいわゆる愉快犯だ。政治思想もなく、金銭目的ですらない。こういう、趣味嗜好で人を傷つけた場合が一番重いんだ」
「へえ? それは、なに、再犯率が高いからとか」
鮫島は頷いた。
「もちろんそれは厳密に審判されるが……烏は自分で認めたからな。この性癖は死んでも治らないって」
「うーん、僕なんだかあのひとのそーゆー、変態として潔く自律してるとこ嫌いになれないなあ」
梨太は思わず笑ったが、鮫島の顔は晴れない。
……白鷺の、懲役二十五年よりも重い刑。それは実際にどうなったのか、梨太は質問を飲んだ。
鮫島にとって、あの化学者はただの『加害者』ではない。重刑に処されて万歳といえるものではないだろう。
「鮫島くんは、どうやって過ごしてた?」
しれっと、話題を転換してみる。
すこし漠然とした質問になってしまっただろうか、鮫島は答えあぐねて唇をつぐんでしまった。
さきほどの質問の数倍の秒数、思案したあげく、
「七年前から、だいたい、おなじ」
雑なことを言った。
(……ううむ、手ごわい)
さて次はどの切り口でいこうか……と考えている梨太に、今度は彼の方がじっと視線をあててきた。なにか聞きたいことがあるのだと察して、促してやる。
「リタは?」
それは梨太にとって、答えにくい話題ではなかったが、はて鮫島に理解できるかは疑問である。
とりあえず先ほどの彼と同じ、ざっくり簡単に。
「僕は、まじめに学生やってるよ。日本の大学に籍おいてるけど、ウェブ講義で出席単位が取れるから、ほとんどこっちには通学はしない。で、ちょっと遠い国に留学中」
「……忙しそうだな」
まさかの言葉が騎士団長から頂けた。梨太は謙遜はせず、それなりにねと返しておいた。
そこで話題を終わらせるつもりだったが、鮫島の方が追及してくる。
「いつまで、そういう生活を?」
「うーん。外国暮らしは少なくとも今年度いっぱい。そのあと残留するかどうかは、今年度の結果次第だね。一応大学はあと二年で卒業だけど、たぶん院生になるんじゃないかなあ」
「……院生とはなんだ」
さらに追及してくる。梨太はそろそろ解説に困り始めた。
「ええと、勉強しながら研究する学生……実は今やってることもほとんどそれなんだけど」
「よくわからない」
「うーんとね。高校までは、先生の言うことを覚えて理解して、そう、『もう在るもの』を『すでに居る人』と同じようにできるようにつとめるのが勉強じゃない?
だけどこれからは『まだ無いもの』を作り、『いままで居なかった人』に、僕自身が成るために、すでに在るものをきちんと理解して自分のものにする必要がある。
毎日勉強、っていう、やってることは一緒だけど最終目的が全然違うんだ」
「……よくわからない」
梨太は笑った。やっぱり無理だよなと諦観していた。
そもそも鮫島は、地球の教育システムをわかっていない。ラトキアとは概念が違うのだ。
日本人同士でも梨太の話を諒解してもらえないことは多々ある。大学は『就職のための通過点』、つまりは学歴製造機と考えているものが大多数ではないだろうか。
それを異邦人に伝えるのはなお難しい。詳しく話す必要もないだろうと達観して、梨太はなるべくわかりやすい言葉だけで真実に近づけた。
「今、僕は今そうやって毎日を過ごしていて、将来も、それをさらに突き詰めていく予定で、その長い道のりのまだまだ途中ってこと」
話しながら、梨太は自分の言葉を反芻し、納得してうなずいた。
「うん、そう。僕はまだまだ、勉強することがたくさんあるんだ」
大人しく聞いていた鮫島が、眉をひそめる。
やはり難しい内容だっただろうか。
梨太はもともと勉学に関する話題を部外者とするのは好きではなかった。たいていは鮫島のようによくわからないと首をかしげるか、良い感情を持たれない。
「ねえ、騎士団のみんなは元気してた?」
それは、万人仕様の質問であったはずだが、鮫島はなぜか体をこわばらせた。
しばらく緊張して黙り込み、そして複雑な動作をする。眉をしかめ、首をかしげながら、口元だけ笑って、斜めにうなずく。しばらく無言で考え込んで、彼は、梨太に向かってまっすぐに言った。
「ひとそれぞれ」
「だろうね」
半眼になる梨太。
(今度本屋に行ったら、銀座ホステスのヒトタラシ会話術とかいうあの本を買ってみよう……)
その反応に、鮫島なりに、自分が雑談の展開に失敗したことを理解したらしい。
なにか情報を追述しようとしたが、やがてあきらめて息を吐いた。
「よく知らないんだ。……騎士の私生活には、団長の俺は関与していない。騎士団寮では共に生活をしているが、団長室は執務室と兼用、一般騎士の部屋とは棟が違う。食事も個室で、孤立している。俺が彼らと話すのは訓練と、任務中だけで……あまり、私語は……俺は……苦手だから」
本当にその通りだね、という言葉は何とか飲み込んだ。
梨太はそのあたりは諦めて、それでも、別方向からアプローチをしてみる。
「プライベートの詳細はともかく、大きな事なら、業務連絡がてら耳に入ってくるんだよね」
「まあ、冠婚葬祭くらいは」
「そうそれ!」
梨太は手を叩いた。突然大きな音をたてられて、鮫島の深海色の瞳がぱちぱちと瞬きする。
「虎ちゃん、結婚したんだって!? びっくりだよねーっ。年も鮫島くんより若いでしょ、僕と同じくらいじゃないの?」
「ああ、たしか二十歳、だから、リタと同じだな」
「やっぱそんな若いんだあの人。いやほんとびっくりだよ、僕が知ってる虎ちゃんの最後の姿は、寝たきりの植物人間だったから。たまに白目剥いて泡とか吹いてたし」
「そうだな……元気になれてよかった」
ふっと微笑む、鮫島の言葉には、同じ境遇であった梨太のことも含まれていた。
微笑んだまま、嘆息する。
「ちょっと、元気すぎるような気はするが。
……仲良くしているのは、なんとなく知っていたが、まさかいきなり妊娠させるとはな。個人的なことを非難するつもりはないが、急な退団となるのだからタイミングは考えてほしいよ。むしろ虎が生むべきだ。騎士団の戦力としては虎のほうが代わりが効く。まったくあいつはやはり肝心なところで役に立たない」
愚痴にまぎれてひどいことを言う。細い眉を真ん中に寄せた横顔が、職場の人間関係に悩む中間管理職そのものだ。
どうやら虎のお相手は騎士仲間らしい。彼女は鮫島にとっても身近で、大事な戦力だったようである。
そこで、梨太はアレッと声を漏らした。
「でも、たしか騎士に女性――雌体優位のひとは居ないんじゃなかった?」
鮫島が顔を上げる。知らなかったのか、という面差しで、
「完全なる女性は居ないが、俺のような雌雄同体、つまり男性としてまだ完成されていない者はわずかながらいる。騎士団は実戦部隊だけではないからな。最低限の戦闘力試験はあるけど」
「あ、なるほど。いろいろいるんだね」
「そう。鹿はもともと薬物開発専門の化学者だ。烏への対策に役立つのではないかと引き抜かれただけで、まだ正式な騎士でもなかった。職場恋愛をするなとは言わないが、なにせ辞めるのが唐突で困る。無責任だ」
「うーんそうだよね、僕もデキ婚批判するわけじゃないけども、確かに鹿さんも虎ちゃんも、女性が仕事を持ってるならそこはちゃんと配慮して――」
本格的に愚痴っぽくなった鮫島の相槌に、深くうなずいて――
――…………。
そのまま、梨太はきっかり三分、フリーズした。
「…………えっ?」
鮫島が深々と嘆息した。
「……困った二人だ」
それで、会話が途切れた。
「三年前――あのあと。梨太によって救出された俺は建物へ戻り、動けなくなった烏と白鷺を捕縛、本拠地へと運び込んだ」
やはり、彼は仕事に関する報告ならば饒舌だ。反射的に「軍人」モードになるのだろう、心なしか姿勢まであらためて、時系列順に話を詳解する。
切れ長の双眸はさらに怜悧なものとなり、知性を感じさせた。梨太は、こういう鮫島の顔も好きだった。
「烏を捕まえると、猿川は自分が実質のリーダーだったと自白した。烏は資金源だった。彼が捕まってしまっては亡命者はみな路頭に迷ってしまう、逮捕されたほうがまだ、寝食のめどが立つからな。我々はそのすべて捕らえたが、猿川も把握していない者たちはそのまま取り逃した。追跡にかかるコストに対し罪が軽く、本国から帰還命令が出て、捜査は終了になった」
唇は震えるほどしか開かれていないのに、滑舌に非の打ちどころがない。腹話術が出来そうだなあなどと考えながら、相槌をうって促す。
「……それは、任務成功ってことでいいの?」
「一応な。帰還後に報償が出たってことはそれで良かったんだろう」
雑なことをいう騎士団長。そして、眉を寄せて、
「でも俺は、リタの回復を見ずに『敵味方ともに死亡重傷者なし』と報告を書くべきではないと思うし、まして勲章など受け取れない。無事に目覚めたと聞くまでずっと、気が気じゃなかったよ」
梨太は顔をほころばせた。
「烏や、白鷺、捕まった人たちは?」
「随時、裁判にかけられた。罪の重さは人それぞれだ。テロ団に拉致されてきた『被害者』もいたし、金で雇われただけの傭兵も罪は軽い」
「傭兵ってそういうものなんだ?」
ピンとこない梨太に鮫島はうなずく。
「傭兵は……なんというか、基本的に『武器』という、モノだと考えられている。剣で人を傷つけても、それは刃物ではなく振るった者が悪いだろう? 傭兵は悪でも正義でもない、ただの道具。
だから、戦中において敵兵を相手にし、殺人を犯しても無罪放免なんだ。戦犯として裁かれるなら雇い主のほう。戦乱に乗じて『暴挙』――略奪や強姦をすればそちらは罪になるけどな」
なるほどと理解はしても実感は難しい。はてこの地球にいる傭兵は、どういうシステムで雇われているのだろう、そういえば考えたこともないままだった。
そこを思案している間にも、鮫島の話は続いた。
「今回で裁判にかけられたのはその『暴挙』のほう。宇宙船強奪と惑星外逃亡、つまり地球への不法入植だな。しかし白鷺は、ただ金で雇われた傭兵という言い訳は通らなかった。俺に対する私怨というのも鑑みて、懲役二十五年」
「ええと、それは重いの?」
「傭兵としては規格外に重いな。白鷺はラトキアで人を死なせていたし、騎士を辞めたのも自己都合。人を殺さねば自分が飢える環境ではない。それで元騎士が民間人を傷つけたとあれば厳しく断罪しなくてはならない」
「そういうのもあるのか……」
「烏は、一番重い」
「……現地人を傷つけたから?」
「それもあるが、ラトキアの刑罰は、実際に行われた行為よりも動機のほうを重く見て量刑される。烏はいわゆる愉快犯だ。政治思想もなく、金銭目的ですらない。こういう、趣味嗜好で人を傷つけた場合が一番重いんだ」
「へえ? それは、なに、再犯率が高いからとか」
鮫島は頷いた。
「もちろんそれは厳密に審判されるが……烏は自分で認めたからな。この性癖は死んでも治らないって」
「うーん、僕なんだかあのひとのそーゆー、変態として潔く自律してるとこ嫌いになれないなあ」
梨太は思わず笑ったが、鮫島の顔は晴れない。
……白鷺の、懲役二十五年よりも重い刑。それは実際にどうなったのか、梨太は質問を飲んだ。
鮫島にとって、あの化学者はただの『加害者』ではない。重刑に処されて万歳といえるものではないだろう。
「鮫島くんは、どうやって過ごしてた?」
しれっと、話題を転換してみる。
すこし漠然とした質問になってしまっただろうか、鮫島は答えあぐねて唇をつぐんでしまった。
さきほどの質問の数倍の秒数、思案したあげく、
「七年前から、だいたい、おなじ」
雑なことを言った。
(……ううむ、手ごわい)
さて次はどの切り口でいこうか……と考えている梨太に、今度は彼の方がじっと視線をあててきた。なにか聞きたいことがあるのだと察して、促してやる。
「リタは?」
それは梨太にとって、答えにくい話題ではなかったが、はて鮫島に理解できるかは疑問である。
とりあえず先ほどの彼と同じ、ざっくり簡単に。
「僕は、まじめに学生やってるよ。日本の大学に籍おいてるけど、ウェブ講義で出席単位が取れるから、ほとんどこっちには通学はしない。で、ちょっと遠い国に留学中」
「……忙しそうだな」
まさかの言葉が騎士団長から頂けた。梨太は謙遜はせず、それなりにねと返しておいた。
そこで話題を終わらせるつもりだったが、鮫島の方が追及してくる。
「いつまで、そういう生活を?」
「うーん。外国暮らしは少なくとも今年度いっぱい。そのあと残留するかどうかは、今年度の結果次第だね。一応大学はあと二年で卒業だけど、たぶん院生になるんじゃないかなあ」
「……院生とはなんだ」
さらに追及してくる。梨太はそろそろ解説に困り始めた。
「ええと、勉強しながら研究する学生……実は今やってることもほとんどそれなんだけど」
「よくわからない」
「うーんとね。高校までは、先生の言うことを覚えて理解して、そう、『もう在るもの』を『すでに居る人』と同じようにできるようにつとめるのが勉強じゃない?
だけどこれからは『まだ無いもの』を作り、『いままで居なかった人』に、僕自身が成るために、すでに在るものをきちんと理解して自分のものにする必要がある。
毎日勉強、っていう、やってることは一緒だけど最終目的が全然違うんだ」
「……よくわからない」
梨太は笑った。やっぱり無理だよなと諦観していた。
そもそも鮫島は、地球の教育システムをわかっていない。ラトキアとは概念が違うのだ。
日本人同士でも梨太の話を諒解してもらえないことは多々ある。大学は『就職のための通過点』、つまりは学歴製造機と考えているものが大多数ではないだろうか。
それを異邦人に伝えるのはなお難しい。詳しく話す必要もないだろうと達観して、梨太はなるべくわかりやすい言葉だけで真実に近づけた。
「今、僕は今そうやって毎日を過ごしていて、将来も、それをさらに突き詰めていく予定で、その長い道のりのまだまだ途中ってこと」
話しながら、梨太は自分の言葉を反芻し、納得してうなずいた。
「うん、そう。僕はまだまだ、勉強することがたくさんあるんだ」
大人しく聞いていた鮫島が、眉をひそめる。
やはり難しい内容だっただろうか。
梨太はもともと勉学に関する話題を部外者とするのは好きではなかった。たいていは鮫島のようによくわからないと首をかしげるか、良い感情を持たれない。
「ねえ、騎士団のみんなは元気してた?」
それは、万人仕様の質問であったはずだが、鮫島はなぜか体をこわばらせた。
しばらく緊張して黙り込み、そして複雑な動作をする。眉をしかめ、首をかしげながら、口元だけ笑って、斜めにうなずく。しばらく無言で考え込んで、彼は、梨太に向かってまっすぐに言った。
「ひとそれぞれ」
「だろうね」
半眼になる梨太。
(今度本屋に行ったら、銀座ホステスのヒトタラシ会話術とかいうあの本を買ってみよう……)
その反応に、鮫島なりに、自分が雑談の展開に失敗したことを理解したらしい。
なにか情報を追述しようとしたが、やがてあきらめて息を吐いた。
「よく知らないんだ。……騎士の私生活には、団長の俺は関与していない。騎士団寮では共に生活をしているが、団長室は執務室と兼用、一般騎士の部屋とは棟が違う。食事も個室で、孤立している。俺が彼らと話すのは訓練と、任務中だけで……あまり、私語は……俺は……苦手だから」
本当にその通りだね、という言葉は何とか飲み込んだ。
梨太はそのあたりは諦めて、それでも、別方向からアプローチをしてみる。
「プライベートの詳細はともかく、大きな事なら、業務連絡がてら耳に入ってくるんだよね」
「まあ、冠婚葬祭くらいは」
「そうそれ!」
梨太は手を叩いた。突然大きな音をたてられて、鮫島の深海色の瞳がぱちぱちと瞬きする。
「虎ちゃん、結婚したんだって!? びっくりだよねーっ。年も鮫島くんより若いでしょ、僕と同じくらいじゃないの?」
「ああ、たしか二十歳、だから、リタと同じだな」
「やっぱそんな若いんだあの人。いやほんとびっくりだよ、僕が知ってる虎ちゃんの最後の姿は、寝たきりの植物人間だったから。たまに白目剥いて泡とか吹いてたし」
「そうだな……元気になれてよかった」
ふっと微笑む、鮫島の言葉には、同じ境遇であった梨太のことも含まれていた。
微笑んだまま、嘆息する。
「ちょっと、元気すぎるような気はするが。
……仲良くしているのは、なんとなく知っていたが、まさかいきなり妊娠させるとはな。個人的なことを非難するつもりはないが、急な退団となるのだからタイミングは考えてほしいよ。むしろ虎が生むべきだ。騎士団の戦力としては虎のほうが代わりが効く。まったくあいつはやはり肝心なところで役に立たない」
愚痴にまぎれてひどいことを言う。細い眉を真ん中に寄せた横顔が、職場の人間関係に悩む中間管理職そのものだ。
どうやら虎のお相手は騎士仲間らしい。彼女は鮫島にとっても身近で、大事な戦力だったようである。
そこで、梨太はアレッと声を漏らした。
「でも、たしか騎士に女性――雌体優位のひとは居ないんじゃなかった?」
鮫島が顔を上げる。知らなかったのか、という面差しで、
「完全なる女性は居ないが、俺のような雌雄同体、つまり男性としてまだ完成されていない者はわずかながらいる。騎士団は実戦部隊だけではないからな。最低限の戦闘力試験はあるけど」
「あ、なるほど。いろいろいるんだね」
「そう。鹿はもともと薬物開発専門の化学者だ。烏への対策に役立つのではないかと引き抜かれただけで、まだ正式な騎士でもなかった。職場恋愛をするなとは言わないが、なにせ辞めるのが唐突で困る。無責任だ」
「うーんそうだよね、僕もデキ婚批判するわけじゃないけども、確かに鹿さんも虎ちゃんも、女性が仕事を持ってるならそこはちゃんと配慮して――」
本格的に愚痴っぽくなった鮫島の相槌に、深くうなずいて――
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