ノスタルジアの箱
砂時計、貝殻、オルゴール
私の本棚には、余計なものが たくさん散らかっている。
碧い文庫たちが並んだ 一列目の喧騒。
抱きかかえたい アンドレ・ケルテスの 重い、想い、写真集。
プレイヤーを壊して 聴けないレコードたちの叫び。
ドーナツのように歪んでいったら、もう断末魔。
どんぐりじゃなく、まつぼっくりにしがみつく
こりすを横目に 気取ったチーズの箱がいて。
フランスを背景に ワインを傾けてみたい。
大切な人が 白に朱の実を絵付けしてくれた うつくしい京蝋燭。
レースの詩集、刺繍に似通った 白い紙の花のようなコースター。
絵の中の苺のショートケーキ。フォークで誘う。
35mmフィルムをハーフで撮れる PEN EE-2の存在。
てのひらで感じる重さ、冷たさが現実なんだ。
黄色のチンクチェントの模型が 夜な夜な走り回る 仮想道路。
異国からのエアメールの束。 流暢な英語の花の贈り主の筆跡。
押されたスタンプが 止まったままの日付を空中に投影する。
青いインクが滲んだのは、雨の日に届いたからだったね、郵便屋さん。
*
もともと傾いている 自然の木のかたちの砂時計。どこ出身なの。
ピサの斜塔のようなかたちに、首を傾けて訊ねる。
ほんとの世界はどこ。
砂と向き合うと、波の音が聴こえてくるんだ。 
雨の降る前のざわめきに似て。
そっと 右の耳をつけて、片目から涙を流す。
砂の音がする白い貝殻、ほら貝は
何処にもいかないまま海をよこす。
ジャン・コクトーの詩を読みながら 聴く傍らに
Michael Franks @ -Blue Pacific
気怠い夏のおわりを予感させる 
ざーっと音を残して、旅立って消える秒針。
オルゴールの曲は『The Way We Were』 Wがみっつ。
Barbra Streisand & Robert Redford せつない組み合わせ。
追憶という名の、胸を傷めるものがたりに 人は惹かれる。
別れるのなら、忘れられないのなら
なぜ人は出逢うの、残酷でも構わずに。
手回しのオルゴールは、常に沈黙している、眠った振りの罪人。
私の手が気紛れであってもいいと、そっと伸びるのを待ちわびている。
ワイン色のちいさな木の箱に入った その目まぐるしい数列。
どこまでも、遥か彼方のあなたに聴こえたら、さいわいだ、今夜は。
古い映画を観たくなった。 あの金曜日の映画館での 限定試写会。
今はなくなってしまった、恋をはじめて知った あの場所で。
*
塞がれた 本棚の奥に眠る、閉じ込めた宝物たち。
重なって、表の本に隠れてしまった、あの文庫たちの名前を呼ぶ。
いつでも待っている その視線は、私を熱く焦がしてキャラメリゼに。
揺れて 崩れた そのものたちの救出を夢見るだけで、ただの夢想で。
ただただ ふれもせず、見つめるだけで
繰り出す言葉だけで 想いを先送りする
期限を延ばすだけの夏の日々。
何かの特殊能力を身に付けて挑戦してみるよ。 僕にまかせて。
睨み付けた あの1冊だけ
硝子を突き抜けて、ふっとこの手に取り寄せるよ。
*
今夜は七夕だ。なのに、夜空はにわか雨の予想。まただ。
でもね、宇宙空間では 雨だの雲だのそんなの関係ないよ。
天の川なんて、ただの金平糖の反乱、氾濫の象徴だよ。
いつだって、二人は逢っているのだから。 
地球人よ、ご心配なく。
君たちが 逢瀬に 気づかないだけだ。 
こころも 身体も、とっくに飛ばし合っている。
今宵は、甘やかな 二人乗りの舟に揺られたまま
寝転がって、真っ暗な夜空を
口を開けて つめたい雨を呑みこんだまま 
このまま、ずっと、そのまま。
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