【佳作受賞作品】おっさんの異世界建国記

なつめ猫

正妻戦争(6)




 ニードルス伯爵と対話をした建物へ到着し俺は、首を傾げた。
 俺が、エルナと建物に来た時とは様子が違っていたからだ。

 馬車から降りた俺が、建物の周囲で待機しているメイドや兵士達に視線を向けながら考え込んでいると、「神田さん!」と、ソルティが俺の腕に抱きついてきた。
 ベックの方を振り向くと、彼は両手を擦り合わせて申し訳なさそうに頭を下げてくる。

 別に、ベックが悪いわけではない。
 彼も商人の端くれだから、ソルティが香辛料で買収することも十分に考えられたのを予測できなかった俺は悪い。

 ――それにしても、ベックとすれ違いになるとは相当ついてないと言っていい。

「ソルティ、離れてくれ」
「いやです!  神田さん、私は早く女神に復帰したいのです。早く子供を!」
「――おい……」

 こんな往来の道で、この駄女神は何を言っている? 
 日本だったら、警察官に連れていかれる事案案件だぞ。
 俺は溜息混じりに「……少しは自重しろよな」と、周囲の兵士やメイドに聞こえないように語り掛ける。
するとソルティは「自重?」と、首を傾げてくる。

「神田さん、言っておきますけど! 周囲の反応に過敏に反応するくらいなら、もっと自分の集団に目を向けておくべきですよ?」
「自分の集団?」
「はい――、神田さんはリルカさん以外に目を向けるべきかと……」

 ソルティの言っている言葉の意味が分からない。
 そもそも、俺は奴隷を購入したがすでに奴隷の身分からは解放している。
 ただ、何故か知らないが彼女らは、俺の村に居ついてくれているから、村の住民として受け入れているし村長になって衣食住の面倒も見ている。
 ソルティに言われなくとも俺は、きちんと対応をしているつもりだ――。
 
「ソルティ。俺は衣食住に関しては、困らないように対応しているつもりだぞ?」

 俺の言葉にソルティは首を傾げながら、この人何を言っているのだろう? という表情を向けてきた。

 ソルティと話をしていると、建物の扉が開きエルナが出てくる。
 続いてニードルス伯爵も建物から出てきた。

「騒がしいと思いましたら――、神田栄治様。お戻りに成られたのですね?」
「一応は……」

 エルナと話をしていたとは思えないほど、彼女の声は弾んでいるように感じる。
 気のせいだと思うが――。

「神田栄治様、丁度いいので――、ご報告を申し上げます」
「報告?」
「はい。神田様には、どうしてもお願いしたい事があるのです」
「どうしてもお願いしたいこと?」
「はい、私と婚約して頂けませんでしょうか?」
「婚約? ――いや、だから俺には、すでに妻が居るのは説明したはずだが――」
「存じておりますが、王家から何かと言われると困りますので……」
「どういうことだ?」
「石鹸のことです。神田様には、説明しておりませんでしたが、町の中央部つまり伯爵邸及び町に甚大な被害が出ております。たしかに魔王が神田様の石鹸を増やした可能性もありますが、損害賠償請求はどこに出したらいいのでしょうか?」
「それは……」

 思わず魔王に着払いで請求してくださいと言おうとして口を閉じた。

「損害賠償請求は、賠償金をもらえるから成立するわけです。――ですが、このたびの被害請求はどこにも求めることが出来ません。つまり神田様が、支払う義務があると言っても過言ではないのです……心苦しいですが――」
「――そ、それは……」

 くそっ!
 魔王のせいにして、有耶無耶にして逃げる作戦が! つかえない!!

「――そこで神田様の石鹸を頂き賠償に当てようと考えていたのですが……」
「それなら、それでいいんじゃないか?」

 もういいさ……。
 石鹸なんて――、塩でも売って貨幣でも作るさ。
 もっと言えば、ソルティに七味とか胡椒とか、味の元祖とか塩コショウとか出してもらって、それで商売でもしてお金でも稼ぐさ。

「いいえ、それでは駄目なのです……」
「何が駄目なんだ? 目の前に巨大な石鹸の山があるんだから問題ないだろう?」
「はい。それが問題なのです」
「どういうことだ?」
「この石鹸は、あくまでも神田様が作ったものです。そして、その権利は神田様にあると同時に王国にもあるのです」
「――?」

 ニードルス伯爵の言っている意味が分からない。

「ご理解頂けていないようですので、ご説明いたします。あくまでも、ここはニードルス伯爵家の土地です。ですが! この石鹸は神田様のものです。つまり領地内にあっても、その所有権は神田様のものなのです。そして神田様は冒険者でいらっしゃいますよね?」
「まぁ、冒険者だな……」
「そして開拓村エルの村長でいらっしゃいますよね?」
「そうだな……、それが何か問題でもあるのか?」
「はい。エルダ王国の法では、他領で事件性のある物品に関して、一時的にエルダ王国の預かりになるのです」
「なん……だと……。これだけの石鹸を、エルダ王国が預かると?」
「はい、そうなりますと石鹸を売って得た外貨でニードルス伯爵邸やソドムの町の修復が出来なくなるのです」
「……つまり、そうなると――」
「神田様が莫大な借金を背負うことになります」
「それは……」
「分かっています。神田様も奥様がいらっしゃるから私の旦那様になることが出来ないというのは――、そこで合法的に私が妻になる方法があるのです!」

 ニードルス伯爵が手に持っていた紙を広げてくる。
 その紙には【正妻戦争の手引き】と、書かれていた。
   




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