【佳作受賞作品】おっさんの異世界建国記
塩商人を手に入れた。
「外に出ろ!」
奴隷商人のベックの言葉に、犬耳や猫耳を頭に生やした獣人が幌馬車から出てくる。
どの奴隷も空ろな眼差しをしていて、感情を制御されているというのが一目で理解できてしまう。
「カンダの旦那、どうでしょうか?」
もう購入することが決まっているのに、どうでしょうかも何もないと思うのだが――。
「そうだな……」
俺の言葉に、ベックが表情を顰めた。
恐らくだが、俺が価格を値切るとでも考えているのだろう。
肌艶は、あまりいいとは言えない。
それに全体的に痩せている。
髪もボサボサだし、体から微かながらも異臭が漂ってきて鼻につく。
それにしても――。
「ベック、どうして女の奴隷ばかりなんだ?」
「――へ? 旦那は知らないんで?」
「――ん? 何をだ?」
俺は、奴隷制度は好きではないし、興味もない。
だから、ベックが何を言ったのか一瞬、分からなかった。
「獣人は、基本的に女のほうが多いんですよ」
「そうなのか?」
普通は、男女比率的に言って男の方が遺伝子的に女性よりも弱いはずだから、男の方が多く生まれる傾向があるはずだが……。
「ふむ……生まれた時から女のほうが多いのか?」
「いえ――そうでは無くてですね……、人間の王国との戦いで――」
「つまり、戦争で男の数が減っているから捕まえても女だけだと?」
「そうです」
「なるほど……」
ベックの言葉に俺は頷く。
「そうすると獣人の集落の中では、男を巡ってゴタゴタがあったりするのか?」
「よくご存知で」
「……まあ、小耳に挟んだくらいだ――」
つまり、リルカやエルナの集落も何か問題があった可能性があったということか?
聞けば聞くほど分からなくなるな。
「ところでベック、提案があるんだが?」
「何でしょう?」
俺は、背負っていた袋を地面の上に置くと、袋を開ける。
「これは!?」
「どうだ? 中々の上物だと思うんだが金貨よりも塩のほうが良くないか?」
「これだけの塩をどこで――」
「どこ? おれは元・冒険者だぞ?」
「なるほど……つまり、これは迷宮産と言うわけですか――」
ベックの言葉に、俺は微笑む。
それだけで俺の言いたいことを察してくれたようだ。
「つまり……、冒険をしていた時に大量の塩を手に入れたが、大量の塩を流通に流すと出所を知られるために身が危険に晒されるかも知れないから、もっていたということですね」
「そんなところだな――」
「それにしては、どうして私に見せたのでしょう?」
「決まっている。奴隷商人は契約が第一だろ? つまり信用商売ってことだ。顧客の情報を売るような真似はしないだろ?」
「なるほど、つまり私と継続的に商売をしたい……つまり、そういうことですか?」
「まぁ、そうなるな。どうだ?」
正直、俺にとって金貨500枚というのは資産の殆どに当たる。
奴隷を購入するのはいいが、資産の大半をつぎ込むと他の必要商品が購入できなくなるし、何よりいつまでもこんな重い物を持っていたくない。
それに、塩の販売については500グラムで、一家4人が一ヶ月食べていけるだけの価値があるのだ。
日本円に換算するなら30万円近いだろう。
それが30キログラムあるということは60倍。
つまり2000万円近い資産価値が持ってきた袋に入っている塩にはあるということだ。
そんなものを一度に、俺自身が取引したら開拓村で何かあったのだろうと邪推する者も出てくるだろう。
その辺、奴隷商人を介せば多少は権力者たちの目を欺けるはずだ。
何せ、奴隷商人は人身売買をする人間だ。
高貴な人間ほど下賎な商売をする人間に差別を持っているものだからな。
「一つ、よろしいですかね?」
「何だ?」
「この塩は、また用意することは?」
「時間をもらえば迷宮に潜って取ってくることは可能だな」
「なるほどなるほど――」
ベックは、しばらく考え込んだあと、俺に手を差し出してくる。
俺は、男の手を握る。
「商談は成立ってことでいいな?」
「もちろんです。奴隷を売買するよりも遥かに儲けにつながりそうですから、それに――」
「維持費も要らないってことだろ?」
「さすが、分かっていらっしゃる」
俺の言葉に、ベックはニヤリと笑ってきた。
俺は意気揚々と王都に塩を売りにいくというベックの幌馬車に手を振っていた。
契約した内容はいくつかあるが――。
塩の売買に関する取り決めとしては利益を半々で分けることした。
これは、ベックも危険な橋を渡るということだ。
迷宮に潜る俺の方も危険だとベックは言ってきたが、販売も大変だろうということで最後には向こうにも納得してもらった。
まあ、最初はこちらが6、相手が4でもいいと思ったが、それだと俺が下に見ているようだ思われると円滑な取引が出来なくなるからな。
「――さて、どうするか……」
俺は、背後に立っている空ろな瞳をした10人の獣人に視線を向けて溜息をついた。
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