虚弱生産士は今日も死ぬ ―小さな望みは世界を救いました―

山田 武

闇厄街 その03



「真の幸福、だと?」

「ええ、そうですよ。人それぞれ、望むことは異なります。私はそれを探し、そのために動けることを願っています……はて、貴方と私が考える真の幸福とは同じものなのでしょうかね?」

「…………」

 幸福の追求というものは、いつの時代でもどの場所でも行われている。
 人間はどこまでも欲に忠実で、欲を満たすために理性を超えた動きをするのだから。

 そして求めた先に何があろうと、人々は欲求を叶えるのだ。
 英雄もまた、幸福という名の欲望を実現させるために他者を巻き込んでいる。

 ──いったい、彼女たちを突き動かすものは何なんだろうか。

「……私たちはこの街を、分け隔てなく人々が住める場所にしたい。ただ強者が支配しているだけでは、従属という形でしか生きていられない。私はそれを変えたいのだ!」

「籠の中の鳥は、その狭い世界こそ自由だと感じられる」

 訝し気な様子の英雄に、地球でもよくある言葉を伝える。

「ご飯も飲み物も与えられ、狭い場所ではあるが飛ぶことも許される。彼らはそこに不満など感じず、支配下で死を迎えます」

「自由が無いではないか! それに、私たちは従魔ではない!」

 ペットもこの世界では、従魔としての形で捉えられているのか。
 そして支配下での自由というものを、英雄は受け入れることができないようだ。

「では、問いましょう。貴方がたがその鳥だとして、籠から解き放たれていったいどのような生き方を望むのですか?」

「決まっているだろう──自由になるのだ」

「……自由になんて、なれませんよ」

 俺の発言に嫌悪の瞳を向け、殺気を放つ英雄……うん、やっぱりか。
 なんだか反発させるのが、少しずつ面白くなってきた気がする。

「生き方を塗り替えられた生物に、野生の物と同じ生き方はできません。知らないことをすることはできないのです」

「っ……!」

「ずっと領域の中で生き、その生き方だけで時を経ていた者たちが、果たして解放されたからといって自由を謳歌できますか? ただそこへ戻ろうとするのでは?」

 中毒者が中毒対象を止められないように、逃げたペットが元の場所に戻るように。

「……話が逸れてきましたか。私にとっての真の幸福とは、そうした小さな箱庭の中でも安寧を得ることです。ささやかな幸せ、籠の中であろうと自由を与えることですよ」

 そもそも国に属するということは、一つの大きな籠の中に入るということだ。
 そしてその中にある幾重もの籠、人間たちは生きるためにあえてそこに入る。

「──おや、そろそろ目的地ですか」

「……そう、だな」

 目の前には、人混みができるようなスポットが見える。
 英雄の求めた幸福とは、いったいどんなものなんだろうな。


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