かつての最強ゲーマーコンビはVRMMOでも最強になるようです
第10話 VSカナ~ハイスピードバトル~
《2025年8月14日 12:00 ABストア大阪日本橋店》
莉央と挑戦者との対戦は一言で言えば圧倒的なモノだった。とは言え莉央のワンサイドゲームでは無く、互角の戦いを繰り広げ、制限時間ギリギリまで戦闘は続いていた。だが間違い無く実力が拮抗していた訳では無い。
莉央は悟られないギリギリのラインまで手を抜いていたのだ。プロとして、対戦相手が一気に蹂躙されるようなつまらない試合にならないように気を配りつつ、でも最後にはキッチリ自分が勝利するように試合を組み立てる。こんな芸当は圧倒的なまでの力の差が無ければ出来やしない。自分の手の上でストーリーを演出できるほどにかつての相棒は力を上げているらしかった。
「次は俺の番だな」
既にあのカナとか言う奴と共にVRポッドの受付は既に済ませてある。今日は点検のためにポッドが2台しか稼働していないため、対戦しようと思えば莉央が出てくるのを待つ必要があった。
だがそれもこれまでいよいよ出番が来た。
「あれ? ミッチーもやるの?」
VRポッドが設置された部屋から出てきた莉央は扉の前で待っていた俺を見ると驚いたようにそう言った。
あとから俺を誘う気があったかどうかは定かでは無いが、少なくとも俺が自発的にポッドを使うとは思っていなかったのだろう。
実際俺もこんなことにならなければ使うつもりは無かった。
「《MAX》宛てにちょっとお誘いがあってな。しかもかなり攻撃的なやつ」
「相手の名前は?」
「カナとか言ってた。心当たりは?」
「トーナメントシーンどころかエクシードマウンテンでも聞かない名前ね」
「だとしたら不気味さ倍増しだな」
少しでも情報が手に入ればと思ったがその当ても外れた。
まあそれでもやることは大きくは変わらない。
「んでどうするの?」
「もちろん勝ってくるさ。このままじゃ引き下がれないだろ。なんとなくだけど」
「よろしい。返り討ちにしちゃいなさい」
拳を突き出す莉央に応じてこちらも拳をぶつける。昔も勝負所の前には良くこうしたものだ。そんな儀式めいた動作を終えたとき、カナもやってきた。彼女は俺や莉央に声をかけること無く足早に部屋の中に入っていく。
「ふーん、今のがカナって子?」
「ああ。挨拶くらいしたって良いのにそそくさと行っちまったな」
「そうね」
莉央から帰ってきたのは偉く淡泊な返事だった。見ると莉央は顎に手を当てて考え込んでしまっていた。
「どうしたんだよ。考え事か?」
「うん。もしかしたら彼女と会ったことあるかも知れない」
「えっ?」
「でも顔を見ても何だかもやっとするだけなのよね。対戦したことある人だったら全部覚えてるからもしかしたら知らない人かも知れない」
なんともハッキリしない答えだ。だがせっかく思い出してくれているのにそう言って水を差すのは大変失礼だろう。どちらにせよすぐには分からないことには変わりない。
これ以上対戦相手を待たせるのも悪いので、莉央と別れて準備をすることにした。
俺は部屋に入り、VRポッドの中に入る。
前評判通りその椅子は大変心地が良く、その気になれば眠ってしまいそうだった。昨日は夜遅かったので尚更だ。しかしそうも言っては居られない。
戦うべき相手がすぐそこに居るのだから。
「誰かは知らないけど、売られたケンカくらいは買わせて貰う」
俺はゲーミングゴーグルを身につけて端末を操作する。そして《ABVR》へのログイン、すなわち仮想現実へのダイブを実行する。
全ては謎に包まれた挑戦者と戦うために。
◇
充がダイブを実行したその頃、蘭道莉央はスクリーンのある休憩室にやってきていた。目的は当然、これから始まるバトルを見届けることだ。
対戦者の準備が整うまで少し時間がある。その間にも莉央はサインや握手を求められるので笑顔でそれらに対応していく。時にはガンブレードの使い方なんかを聞かれたりするがそこは飯の種を失うことになるのでやんわりと断っている。
しかしそんな中でも莉央はカナなるプレイヤーの存在が気になって仕方なかった。
ファンとのやりとりの中でそれとなく探りを入れてみるが誰も彼女のことを知らない。知っていたとしても数ヶ月前に似たような子が居た気がするというだけだ。この店の常連という訳では無さそうなのでますます謎が深まっていく。
「でもどこかで見たことある気がするんだけどなあ」
莉央は記憶を辿っていく。《ABVR》での対戦相手を初めとして、それ以外の場所で関わった人々、更には《ABVR》以前のシリーズでの記憶まで辿っていく。そして、7年前まで遡ったその時、莉央の脳裏には一人の男の顔が浮かんでいた。
「似てた。あの人と……ってことは親族?」
あまりに少ない判断材料。しかし莉央に確信めいたモノを抱かせたのは、勝負師の勘が働いたと言える。
だが、その結論に辿り着いた時、莉央には一つの嫌な予感がした。それは出来れば感じたくは無かった感情。あくまで直感でしか無いにも関わらず、この戦いの場の歪な空気が押して欲しくも無い背中を容赦なく押してくる。
そして無意識のうちに彼女はそれを声に出した。
「どうやら因縁は相当深いかもしれないよミッチー」
そしてその因縁が深かったとして、充に何が起こるのか。莉央はそれを口に出すことはしなかった。
そしてスクリーンにはミツルの姿と、カナのモノであろう青髪のアバターが姿を現す。決戦のゴングが今、打ち鳴らされようとしていた。
◇
右手に剣を、左手に盾を。そのスタイルこそがバトルフィールドに姿を現した白銀の鎧を身に纏った青髪の少女、カナの武装だった。
遠距離攻撃を苦手とするものの、防御と攻撃の両方を兼ね備えたバランスの良い装備。これらを使用するクラスはガンナーと比べると極端な補正がかからず、僅かな補正がかかるモノが多い。
俺が全国の決勝で戦った二人も剣と盾を使用する勇者というクラスで素早さと魔法攻撃力に若干の弱体化補正が入るモノのそれ以外のステータスには軒並み上方修正が入る。簡単に言えば平均よりもほんの少しだけ近接戦闘に寄せたのが勇者というクラスだ。あと特徴と言えばちょっとした奥の手もある。
このクラスを7年前の俺は昨日ストリバと戦ったものと同じ、ガンブレード装備のガンナーで撃破した。勇者を上回るスピードで動き回り、パターンにはめ、攻撃を全て受け流す。そこまでやれたのは動画の見過ぎでパソコン一台を壊すほどの研究のおかげだが、普通にやってもスピード勝負でヒットアンドアウェイ戦法が使えるので有利は着く。
ただ問題は、その普通が目の前の少女に通用するかどうかだ。
「昨日のランクマッチは見せて貰った。その全てを」
「へえ、そりゃどうも」
「その上で言わせて貰う。あなたは私には敵わない」
しかし今回、おそらくは研究の密度では相手が上回っている。ご指名でケンカを売ったのだ、対策無しとは思えない。しかも特定人物に対するメタとなると鬱陶しいことこの上ない。
「ここで証明してみせる。あなたの超高速ガンブレード戦法と私が信じたこの戦法、どちらが優れているかを」
「そっちがガンブレードにどんな恨みがあるかは知らないけど、一度は全てをかけた戦法だ。そう簡単に攻略されてたまるかよ」
そして始まる20カウント。それぞれのプレイヤーにコマンドカードが配られ、視界にはバトルに必要な情報が追加されていく。
そう、どれだけの言葉を交わそうと大した意味は存在せず、ここで戦って出た結果が全ての答えになる。
結局の所、牧原充も勝負の世界でしか他人との対話が出来ない生き物なのだ。
そしてカウントが0になった瞬間、動いていたのは俺だった。
「《ハイスラッシュ》!」
「《絶甲》!」
俺は急接近してコマンドの力で強力な斬撃を放ち、カナはコマンドで防御にバフをかけて盾で防御。HPは削れない。しかしここを防がれるのも計算の内だ。
一端離脱して銃撃で牽制。それも防がれるだろうがリザーブには相手の背後にワープができる《エアリアルターン》が存在している。こいつを使って後ろに回れば攻撃のチャンスが来る。そこが序盤の一つの山場だと俺はそう感じていた。
けれどその作戦は実行されることは無かった。
「一手目」
静かに告げられた宣告。そして見えたのは盾とガードしたのと同タイミングで振るわれた剣。離脱の隙もガードの隙も存在しておらず、俺のHPは無条件にえぐり取られていた。
「何!?」
「二手目」
しかもこれで終わらない。いつの間にか俺の足は中に浮いていた。剣で切った際に何らかのコマンドを使われたのだと思ったが違う。足を払われたのだ。しかもまた気付かぬ間に。
「同時使用、《エアリアルターン》プラス――」
俺はここで作戦変更。無防備を晒さぬように《エアリアルターン》で背後に回り、反撃のチャンスを窺う。だがこれさえも読まれている。俺の飛んだ先に向けてカナの刃が振るわれているのだ。
「《ソニックスラッシュ》!」
しかしここは流石に譲れない。2秒間だけ素早さを最大限向上させる効果を持ったコマンド《ソニックスラッシュ》を使用して切りつけ、さらに一瞬のうちに離脱する。ガンブレードの銃撃がギリギリ届かない距離まで。
「流石にこれは追ってこないか」
この動きは何とか成立。俺は無事に安全圏まで帰ってこられた。けれど間違っても優位には立っていない。何せ相手は一枚のコマンドカードしか使っていないのに対して、こちらは作戦を崩された上で三枚切らされている。
しかも《ソニックスラッシュ》には攻撃力が発動中半減するデメリットもあるのでダメージレースも負けている。
ストリバ戦とは話がまるで違う、俺は目の前の少女に完全に踊らされていた。
「しっかしどうなってるんだあのスピード。こっちが1回の動作をしている間に3つも4つも動いて来やがる」
ステータスの面から見れば、カナのクラスが勇者である以上、俺のスピードを超えることは極振りでも不可能。そしてそれはカナが深追いしなかった点からも窺える。もし素早さで勝っているならばあのまま背中を追いかけてごり押しされて負けている。
ならば何故速さで負けているか。一つは相手がストリバ動揺に動きの技術で速さを上げているから。昨日の地獄のランクマッチ中にもそういう手合いは居たし、そこが完全没入型VRゲームの醍醐味なので、その方向で自分を強化することは何らおかしなことでは無い。
けれどそれだけなら対処はまだ可能なのだ。実際最初のプランも相手がこちらの動きに反応してから動いているのであれば間に合っていた。
だからこそもう一つ、不利に立たされている理由がある。それはきっと――
「悩んでたって仕方ない。試してやる」
おあつらえ向けと行っても過言では無いほど俺のリザーブは潤っている。まあ準備万端の相手と対峙するのだからこれくらいの運が無ければ始まらない。故に唱える、必殺の呪文を。
「同時使用、《ミーティア》、《ギガ・マグナム》、《ダブルスラッシュ》。《CA》発動! 《セブンリー・バースト》!」
俺のスピードが、俺のパワーが最大にまで膨れあがる。そして大きくうねるような衝動が俺の中で生まれる。この衝動に従えば敵を一気に詰みまで持って行ける。だからこそ俺が確かめようとしていることを確認するには丁度良い。
「残斬7!」
流星のような速度でカナに急接近。そして背後をとって斬りかかるもこれは回避される。
「残斬6!」
カナが動いた位置に向けて2発目の斬撃行動。足がまだ攻撃を避けられる体勢にはなっていないのでやむなくと言った様子で盾で防御。ジャストガードではあるが衝撃全ては殺しきれずに体勢を崩す。
「残斬5!」
3発目はカナの喉元目掛けて放つ。しかしこれは何と強引に体勢を立て直し、盾をぶつけるようにして防いでくる。だが今度はジャストガードも失敗し、盾は弾かれて彼女の手から離れる。当然拾う隙なんて与えない。
「残斬4!」
振るった剣をスライディングによってギリギリのところで回避。ここまでやって未だかすりもしない。けれどここまでは計算の内!
「残斬3!」
その時激しく剣と剣がぶつかった。本来は手も足も出ない筈の通常攻撃で俺の剣をはじき返す。これが勇者の奥の手、溜め技だ。攻撃をせずに貯めておくことで次の攻撃の攻撃力を上げる技だ。盾でガードして凌いでいる間にずっと剣に力を溜めていたのだろう。
けれどそれにも無理は生じる。その上1回使ってしまえばまた1から溜め直さなければ使えない。最大のチャンスはここにある。
「残斬2!」
剣の溜めは消え、盾も無くし、回避するには難しい体勢。最大火力を浴びせるチャンスがついに来た。腕を身代わりにすれば耐えられるが、それでも盾を持っているというアドバンテージを消せることになる。更にもう一発の攻撃も残っている。
形成は返せたとそう確信した時だ。
「それも知ってる」
カナのジャストガード。だが防いだのはガンブレード本体では無い。それは俺の腕。ガンブレードを持ったその手が少女の細腕によって止められていたのだ。
「嘘だろ……?」
「あなたの隙はここにある。あなたは一昔前の当たり判定しか気にしていないから、自分の体に気を配らないし、敵の体の細かい動きを見落としている」
言うが最後、カナは俺の腕をまるで鉄棒のように見立てて、基点にして高く飛び上がる。この時点で俺の《セブンリー・バースト》はあと一発しか残っていない。そしてその一発に対する答えも彼女は持ち合わせていた。
「《ビッグバンスラッシュ》」
「今度はこっちが受ける番かよ!!」
空中から落下しながら放たれた巨大な爆発を伴う必殺剣。《マスターコマンド》の一種であるその技は威力を更に増加したデメリット無しの《ギガ・マグナム》と言い換えても何ら間違いでは無い。だから《セブンリー・バースト》の最後の一発とその一撃が激突したとき、結果はどうなるのかは分かりきっていた。
次の瞬間にはもう俺の体は吹き飛ばされ、アリーナの壁に激突していた。
カナは少し息を切らしているモノの堂々とこちらを見つめている。
HPがより多く減っているのは、先に勝負を仕掛けた俺の方。
そして俺は全てを理解した。
「この野郎、俺の動きを全部読んでやがる……!」
それは絶対に認めたくない事実。でも圧倒的スピードの《セブンリーバースト》を正確に受けきったという事実が雄弁なまでにそれを証明している。だが今の発言は実質的な敗北宣言。それが分かっているからこそカナの方もほんの僅かに口角を上げた。
けれども俺はまだ勝負を捨てていない。負け惜しみめいているが、ここまではまだ俺の計算の内なのだから。
「それならアレの用意をしたのも無駄じゃ無かった」
そして俺は動き出す。逆襲に向けて。
莉央と挑戦者との対戦は一言で言えば圧倒的なモノだった。とは言え莉央のワンサイドゲームでは無く、互角の戦いを繰り広げ、制限時間ギリギリまで戦闘は続いていた。だが間違い無く実力が拮抗していた訳では無い。
莉央は悟られないギリギリのラインまで手を抜いていたのだ。プロとして、対戦相手が一気に蹂躙されるようなつまらない試合にならないように気を配りつつ、でも最後にはキッチリ自分が勝利するように試合を組み立てる。こんな芸当は圧倒的なまでの力の差が無ければ出来やしない。自分の手の上でストーリーを演出できるほどにかつての相棒は力を上げているらしかった。
「次は俺の番だな」
既にあのカナとか言う奴と共にVRポッドの受付は既に済ませてある。今日は点検のためにポッドが2台しか稼働していないため、対戦しようと思えば莉央が出てくるのを待つ必要があった。
だがそれもこれまでいよいよ出番が来た。
「あれ? ミッチーもやるの?」
VRポッドが設置された部屋から出てきた莉央は扉の前で待っていた俺を見ると驚いたようにそう言った。
あとから俺を誘う気があったかどうかは定かでは無いが、少なくとも俺が自発的にポッドを使うとは思っていなかったのだろう。
実際俺もこんなことにならなければ使うつもりは無かった。
「《MAX》宛てにちょっとお誘いがあってな。しかもかなり攻撃的なやつ」
「相手の名前は?」
「カナとか言ってた。心当たりは?」
「トーナメントシーンどころかエクシードマウンテンでも聞かない名前ね」
「だとしたら不気味さ倍増しだな」
少しでも情報が手に入ればと思ったがその当ても外れた。
まあそれでもやることは大きくは変わらない。
「んでどうするの?」
「もちろん勝ってくるさ。このままじゃ引き下がれないだろ。なんとなくだけど」
「よろしい。返り討ちにしちゃいなさい」
拳を突き出す莉央に応じてこちらも拳をぶつける。昔も勝負所の前には良くこうしたものだ。そんな儀式めいた動作を終えたとき、カナもやってきた。彼女は俺や莉央に声をかけること無く足早に部屋の中に入っていく。
「ふーん、今のがカナって子?」
「ああ。挨拶くらいしたって良いのにそそくさと行っちまったな」
「そうね」
莉央から帰ってきたのは偉く淡泊な返事だった。見ると莉央は顎に手を当てて考え込んでしまっていた。
「どうしたんだよ。考え事か?」
「うん。もしかしたら彼女と会ったことあるかも知れない」
「えっ?」
「でも顔を見ても何だかもやっとするだけなのよね。対戦したことある人だったら全部覚えてるからもしかしたら知らない人かも知れない」
なんともハッキリしない答えだ。だがせっかく思い出してくれているのにそう言って水を差すのは大変失礼だろう。どちらにせよすぐには分からないことには変わりない。
これ以上対戦相手を待たせるのも悪いので、莉央と別れて準備をすることにした。
俺は部屋に入り、VRポッドの中に入る。
前評判通りその椅子は大変心地が良く、その気になれば眠ってしまいそうだった。昨日は夜遅かったので尚更だ。しかしそうも言っては居られない。
戦うべき相手がすぐそこに居るのだから。
「誰かは知らないけど、売られたケンカくらいは買わせて貰う」
俺はゲーミングゴーグルを身につけて端末を操作する。そして《ABVR》へのログイン、すなわち仮想現実へのダイブを実行する。
全ては謎に包まれた挑戦者と戦うために。
◇
充がダイブを実行したその頃、蘭道莉央はスクリーンのある休憩室にやってきていた。目的は当然、これから始まるバトルを見届けることだ。
対戦者の準備が整うまで少し時間がある。その間にも莉央はサインや握手を求められるので笑顔でそれらに対応していく。時にはガンブレードの使い方なんかを聞かれたりするがそこは飯の種を失うことになるのでやんわりと断っている。
しかしそんな中でも莉央はカナなるプレイヤーの存在が気になって仕方なかった。
ファンとのやりとりの中でそれとなく探りを入れてみるが誰も彼女のことを知らない。知っていたとしても数ヶ月前に似たような子が居た気がするというだけだ。この店の常連という訳では無さそうなのでますます謎が深まっていく。
「でもどこかで見たことある気がするんだけどなあ」
莉央は記憶を辿っていく。《ABVR》での対戦相手を初めとして、それ以外の場所で関わった人々、更には《ABVR》以前のシリーズでの記憶まで辿っていく。そして、7年前まで遡ったその時、莉央の脳裏には一人の男の顔が浮かんでいた。
「似てた。あの人と……ってことは親族?」
あまりに少ない判断材料。しかし莉央に確信めいたモノを抱かせたのは、勝負師の勘が働いたと言える。
だが、その結論に辿り着いた時、莉央には一つの嫌な予感がした。それは出来れば感じたくは無かった感情。あくまで直感でしか無いにも関わらず、この戦いの場の歪な空気が押して欲しくも無い背中を容赦なく押してくる。
そして無意識のうちに彼女はそれを声に出した。
「どうやら因縁は相当深いかもしれないよミッチー」
そしてその因縁が深かったとして、充に何が起こるのか。莉央はそれを口に出すことはしなかった。
そしてスクリーンにはミツルの姿と、カナのモノであろう青髪のアバターが姿を現す。決戦のゴングが今、打ち鳴らされようとしていた。
◇
右手に剣を、左手に盾を。そのスタイルこそがバトルフィールドに姿を現した白銀の鎧を身に纏った青髪の少女、カナの武装だった。
遠距離攻撃を苦手とするものの、防御と攻撃の両方を兼ね備えたバランスの良い装備。これらを使用するクラスはガンナーと比べると極端な補正がかからず、僅かな補正がかかるモノが多い。
俺が全国の決勝で戦った二人も剣と盾を使用する勇者というクラスで素早さと魔法攻撃力に若干の弱体化補正が入るモノのそれ以外のステータスには軒並み上方修正が入る。簡単に言えば平均よりもほんの少しだけ近接戦闘に寄せたのが勇者というクラスだ。あと特徴と言えばちょっとした奥の手もある。
このクラスを7年前の俺は昨日ストリバと戦ったものと同じ、ガンブレード装備のガンナーで撃破した。勇者を上回るスピードで動き回り、パターンにはめ、攻撃を全て受け流す。そこまでやれたのは動画の見過ぎでパソコン一台を壊すほどの研究のおかげだが、普通にやってもスピード勝負でヒットアンドアウェイ戦法が使えるので有利は着く。
ただ問題は、その普通が目の前の少女に通用するかどうかだ。
「昨日のランクマッチは見せて貰った。その全てを」
「へえ、そりゃどうも」
「その上で言わせて貰う。あなたは私には敵わない」
しかし今回、おそらくは研究の密度では相手が上回っている。ご指名でケンカを売ったのだ、対策無しとは思えない。しかも特定人物に対するメタとなると鬱陶しいことこの上ない。
「ここで証明してみせる。あなたの超高速ガンブレード戦法と私が信じたこの戦法、どちらが優れているかを」
「そっちがガンブレードにどんな恨みがあるかは知らないけど、一度は全てをかけた戦法だ。そう簡単に攻略されてたまるかよ」
そして始まる20カウント。それぞれのプレイヤーにコマンドカードが配られ、視界にはバトルに必要な情報が追加されていく。
そう、どれだけの言葉を交わそうと大した意味は存在せず、ここで戦って出た結果が全ての答えになる。
結局の所、牧原充も勝負の世界でしか他人との対話が出来ない生き物なのだ。
そしてカウントが0になった瞬間、動いていたのは俺だった。
「《ハイスラッシュ》!」
「《絶甲》!」
俺は急接近してコマンドの力で強力な斬撃を放ち、カナはコマンドで防御にバフをかけて盾で防御。HPは削れない。しかしここを防がれるのも計算の内だ。
一端離脱して銃撃で牽制。それも防がれるだろうがリザーブには相手の背後にワープができる《エアリアルターン》が存在している。こいつを使って後ろに回れば攻撃のチャンスが来る。そこが序盤の一つの山場だと俺はそう感じていた。
けれどその作戦は実行されることは無かった。
「一手目」
静かに告げられた宣告。そして見えたのは盾とガードしたのと同タイミングで振るわれた剣。離脱の隙もガードの隙も存在しておらず、俺のHPは無条件にえぐり取られていた。
「何!?」
「二手目」
しかもこれで終わらない。いつの間にか俺の足は中に浮いていた。剣で切った際に何らかのコマンドを使われたのだと思ったが違う。足を払われたのだ。しかもまた気付かぬ間に。
「同時使用、《エアリアルターン》プラス――」
俺はここで作戦変更。無防備を晒さぬように《エアリアルターン》で背後に回り、反撃のチャンスを窺う。だがこれさえも読まれている。俺の飛んだ先に向けてカナの刃が振るわれているのだ。
「《ソニックスラッシュ》!」
しかしここは流石に譲れない。2秒間だけ素早さを最大限向上させる効果を持ったコマンド《ソニックスラッシュ》を使用して切りつけ、さらに一瞬のうちに離脱する。ガンブレードの銃撃がギリギリ届かない距離まで。
「流石にこれは追ってこないか」
この動きは何とか成立。俺は無事に安全圏まで帰ってこられた。けれど間違っても優位には立っていない。何せ相手は一枚のコマンドカードしか使っていないのに対して、こちらは作戦を崩された上で三枚切らされている。
しかも《ソニックスラッシュ》には攻撃力が発動中半減するデメリットもあるのでダメージレースも負けている。
ストリバ戦とは話がまるで違う、俺は目の前の少女に完全に踊らされていた。
「しっかしどうなってるんだあのスピード。こっちが1回の動作をしている間に3つも4つも動いて来やがる」
ステータスの面から見れば、カナのクラスが勇者である以上、俺のスピードを超えることは極振りでも不可能。そしてそれはカナが深追いしなかった点からも窺える。もし素早さで勝っているならばあのまま背中を追いかけてごり押しされて負けている。
ならば何故速さで負けているか。一つは相手がストリバ動揺に動きの技術で速さを上げているから。昨日の地獄のランクマッチ中にもそういう手合いは居たし、そこが完全没入型VRゲームの醍醐味なので、その方向で自分を強化することは何らおかしなことでは無い。
けれどそれだけなら対処はまだ可能なのだ。実際最初のプランも相手がこちらの動きに反応してから動いているのであれば間に合っていた。
だからこそもう一つ、不利に立たされている理由がある。それはきっと――
「悩んでたって仕方ない。試してやる」
おあつらえ向けと行っても過言では無いほど俺のリザーブは潤っている。まあ準備万端の相手と対峙するのだからこれくらいの運が無ければ始まらない。故に唱える、必殺の呪文を。
「同時使用、《ミーティア》、《ギガ・マグナム》、《ダブルスラッシュ》。《CA》発動! 《セブンリー・バースト》!」
俺のスピードが、俺のパワーが最大にまで膨れあがる。そして大きくうねるような衝動が俺の中で生まれる。この衝動に従えば敵を一気に詰みまで持って行ける。だからこそ俺が確かめようとしていることを確認するには丁度良い。
「残斬7!」
流星のような速度でカナに急接近。そして背後をとって斬りかかるもこれは回避される。
「残斬6!」
カナが動いた位置に向けて2発目の斬撃行動。足がまだ攻撃を避けられる体勢にはなっていないのでやむなくと言った様子で盾で防御。ジャストガードではあるが衝撃全ては殺しきれずに体勢を崩す。
「残斬5!」
3発目はカナの喉元目掛けて放つ。しかしこれは何と強引に体勢を立て直し、盾をぶつけるようにして防いでくる。だが今度はジャストガードも失敗し、盾は弾かれて彼女の手から離れる。当然拾う隙なんて与えない。
「残斬4!」
振るった剣をスライディングによってギリギリのところで回避。ここまでやって未だかすりもしない。けれどここまでは計算の内!
「残斬3!」
その時激しく剣と剣がぶつかった。本来は手も足も出ない筈の通常攻撃で俺の剣をはじき返す。これが勇者の奥の手、溜め技だ。攻撃をせずに貯めておくことで次の攻撃の攻撃力を上げる技だ。盾でガードして凌いでいる間にずっと剣に力を溜めていたのだろう。
けれどそれにも無理は生じる。その上1回使ってしまえばまた1から溜め直さなければ使えない。最大のチャンスはここにある。
「残斬2!」
剣の溜めは消え、盾も無くし、回避するには難しい体勢。最大火力を浴びせるチャンスがついに来た。腕を身代わりにすれば耐えられるが、それでも盾を持っているというアドバンテージを消せることになる。更にもう一発の攻撃も残っている。
形成は返せたとそう確信した時だ。
「それも知ってる」
カナのジャストガード。だが防いだのはガンブレード本体では無い。それは俺の腕。ガンブレードを持ったその手が少女の細腕によって止められていたのだ。
「嘘だろ……?」
「あなたの隙はここにある。あなたは一昔前の当たり判定しか気にしていないから、自分の体に気を配らないし、敵の体の細かい動きを見落としている」
言うが最後、カナは俺の腕をまるで鉄棒のように見立てて、基点にして高く飛び上がる。この時点で俺の《セブンリー・バースト》はあと一発しか残っていない。そしてその一発に対する答えも彼女は持ち合わせていた。
「《ビッグバンスラッシュ》」
「今度はこっちが受ける番かよ!!」
空中から落下しながら放たれた巨大な爆発を伴う必殺剣。《マスターコマンド》の一種であるその技は威力を更に増加したデメリット無しの《ギガ・マグナム》と言い換えても何ら間違いでは無い。だから《セブンリー・バースト》の最後の一発とその一撃が激突したとき、結果はどうなるのかは分かりきっていた。
次の瞬間にはもう俺の体は吹き飛ばされ、アリーナの壁に激突していた。
カナは少し息を切らしているモノの堂々とこちらを見つめている。
HPがより多く減っているのは、先に勝負を仕掛けた俺の方。
そして俺は全てを理解した。
「この野郎、俺の動きを全部読んでやがる……!」
それは絶対に認めたくない事実。でも圧倒的スピードの《セブンリーバースト》を正確に受けきったという事実が雄弁なまでにそれを証明している。だが今の発言は実質的な敗北宣言。それが分かっているからこそカナの方もほんの僅かに口角を上げた。
けれども俺はまだ勝負を捨てていない。負け惜しみめいているが、ここまではまだ俺の計算の内なのだから。
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