「お前ごときが魔王に勝てると思うな」とガチ勢に勇者パーティを追放されたので、王都で気ままに暮らしたい

kiki

040 限界を超える、その理由を

 




 引きちぎられる腕。
 霞む視界。
 飛び散る血。
 流し込まれる螺旋の力に動かなくなっていく体。
 しかし、目の前のオリジンの写し身どもを屠るには、右腕一本あれば十分だ。

「――――ッ!」

 喉元まで潰され声は出なかったが、フラムの気迫がピリピリと周囲の空気を揺らす。
 ゴオォオオッ!
 無音の咆哮と共に、片手でツヴァイハンダーを振り回した。
 剣そのものの殺傷力、上乗せされたプラーナ、加えて生じた衝撃波。
 全ての威力が積みに積み重ねられ、死者の上半身が吹き飛び舞い散る。

「……はあぁっ」

 ようやく肉体が再生し、痛みが和らぎだすと、フラムは大きく息を吐いた。
 部屋から出たばかりでこの有様だというのだから、先が思いやられる。

 勢い良く出てきたのはいいが、さてここからどうしたものか。
 フラムの目的は、この研究施設を潰すというよりは、ネクロマンシーというプロジェクト自体を潰すことだ。
 やはりオリジンなど信用すべきでない。
 教会の力を削ぐことも兼ねて、どうにかしてダフィズを説得して、研究を諦めさせる。
 あるいは――最終手段として、彼を殺すか。
 ああ、しかしそれは、自分の都合のために決して悪人とはいえない人間を殺すことは、人として大切な何かを失ってしまう気がする。
 それに、ダフィズさえ生存していれば、チルドレンやキマイラ、さらには教会上層部の情報だって手に入れられるはずだ。
 やはり今必要なのは、彼が頭を冷やす時間だ。
 ミルキットは人質に取られているし、今だってフラムは心配で心配で仕方ないが、おそらく彼は、人殺しにはなれない。
 でなければ、死者を蘇らせるという優しい目的のために、オリジンの力を使おうだなんて発想しないはずだ。
 彼は他者の命を尊ぶことができる、心の暖かい大人である。
 だからこそ――自分の家族との暮らしを諦めさせるのは、難しい。
 彼が頭を冷やすまでの間に、フラムも説得する方法を考えなければならない。

 一息ついている間に、敵が再び迫っている。
 フラムは彼らを睨みつけると、今一度、大振りでその体を吹き飛ばし、道を切り開く。
 施設内にはさほど多くの人間は暮らしていなかったはず。
 つまりここに集まった大勢は、教会の外――村から流入してきた者たちだ。
 ガディオとエターナ、インクが心配だが、今は他の誰かの心配をしている場合ではない。
 先ほどの一撃で広がった隙間を疾走、伸ばされる腕と腕の間をくぐり抜けながら前へ、前へ。
 そのまま進むと、丁字路に突き当たる。
 左右を確認、右が入り口の方向だ。
 フラムは迷わず左折し、施設のさらに奥へと向かった。
 逃げることが目的ではない、まずは時間をかせぐこと。
 彼女は前方に小さな影を二つ確認する。
 死者――いや、赤子か。
 どちらもハイハイをしながら近づいてくる、まだ自らの力で立つことはできないほど幼い子供……それを模した、肉の塊である。
 だとしても、気分が悪い相手であることに変わりはない。

 死者たちだってそうだ。
 フラムは一見して容赦なく彼らをなぎ倒しているように思うが、それでも心はすり減っている。
 どんなにオリジンに操られているだけの肉体だとしても、手に残る感触は人間を切った時と同じなのだから。
 それに、デインの部下たちと違って、元々の体の持ち主はフラムの敵ではない。
 罪のない人間を殺傷する――それを意識するだけで、頭がどうにかなってしまいそうだった。

 だが、やらなければ死ぬのは自分の方。
 そう何度も答えを出してきたはず。
 鋭い目つきで、近づくにつれ、ゴギッ、と凄惨な音をたてながら歪んでいく子供を見据える。
 よく見ると、彼らが接している床が、ぐにゃりと歪んでいるのが見えた。
 ルコーのときもそうだったのかもしれない。
 あれらもまた、死者たちと同じように対象を歪ませる力をもっており、悪意を持ってフラムに差し向けられたものなのだ――

「ふっ――!」

 振り上げられた剣――それを勢い良く地面に叩き付け、プラーナを爆ぜさせる。
 ゴオォオッ!
 気剣嵐プラーナストームが炸裂し、暴風に巻き込まれた赤子たちは粉々になって吹き飛んだ。
 独特の臭気が廊下に満ち、血液や体の一部が床や壁に張り付く。
 しかし肉片は、まだ生きているようにぐちゅりと捻じれ、そして動き続けていた。
 向かう方向は一定。
 来た道を引き返すように――不気味に蠢くそれらを見ていたフラムが前を向くと、二人の女性が立っていた。

「赤子……女の人……もしかして、あの二人が母親?」

 肉片は、母親の元に戻ろうとしているのかもしれない。
 戻ればどうなるのだろう。
 ルコーの死体は放置してきたが、あの捻じれ蠢く肉がどうなったのか、その後をフラムは知らない。
 ただ一つだけはっきりしていることは――戻ったって、ろくなことにならないということだけ。

 なぜなら、オリジンは愚弄・・する。
 あるときは眼球よくぼうを増殖させ人を殺した。
 そして今は、愛情せいめいを模倣して心を弄んでいる。
 “貴様の願いを叶えてやろう”と神気取りで上から目線で見下しながら力を与える。
 その末に待つものが破滅だと知った上で、刹那の幸福に身を任せる人間を見て嘲笑っているに違いない。

 だから――これはあの世で悲しんでいる魂の救済だ、そう自分に言い聞かせて――二人の母親を、斬り伏せる。
 フラムはその場で立ち止まり、後ろを振り向いた。
 先ほどまで壁にへばりつきながら細動していた肉片は床に落ち、ぴくりとも動かなくなっている。
 母親ほんたいが活動を停止した影響だろうか。

「命がつながってる……いや、体の一部だったってことかな。子供なんかじゃなくて、ただ分離しただけの、肉の塊だった……」

 オリジンなりに、人体に発生する妊娠という現象イベントを再現しようとしたのだろう。
 子宮内に細胞を異常増殖させ、生成した肉の塊を、母親と父親の身体情報を解析し、特長として継承させ、人の形を作り出す。
 そして、産み落とすのだ。
 すなわち――それは子供などではなく、一種の腫瘍サルコーマなのである。
 父親が死者で、母親が生者の場合も、父親が吐き出す体液に似たような機能をもたせると考えられる。
 結局、産まれてくるのは人ではない。
 新たな生命を作り出すためには、両親ともに正常な魂を宿している必要があるのだから。

 思わず立ち止まり考えこむフラムだったが、新手の足音が聞こえてくる。
 舌打ちをすると、死体を越えてさらに奥へと進んだ。
 そして研究所の最奥にある、いかにも怪しげなドアの前にたどり着く。
 そこには鍵がかけられており、さらにはドアノブに無数の鎖が巻かれていた。
 フラムは迷わず魂喰いで鎖を断ち、ドアをぶち抜き、その向こう側――地下へと続く暗い階段を下っていった。



 ◇◇◇



 カラン――ダフィズの手からナイフがこぼれ落ちる。
 それは、部屋の外から戦闘の音が聞こえなくなった直後のことだった。
 つまりフラムが離れていったため、人質を取る必要もなくなったということである。
 そして彼はミルキットを解放すると、ふらふらとよろめき、デスクに片手を付いて頭を抱える。
 自分の行いを、強く後悔するように。
 ミルキットはそんな彼を、包帯の隙間から見える瞳で、彼女にしては珍しく強く睨みつけた。

「ご主人様が死ねばそれで今の状況が解決すると思っているんですか?」

 本当は、フラムを追って外に出ていきたいぐらいだった。
 しかしミルキットとて無駄死には望むところではない、欲求を抑え込み、ダフィズを糾弾する。

「……思っちゃいませんよ、僕だって。その場しのぎにすぎないってことぐらい、理解しています」
「だったらどうしてご主人様を追い出したりしたんです?」
「僕は、この研究に十年以上の月日を捧げてきたんですよ!? そして大切な人を取り戻した、家族だってできた! ここで諦めるということはっ、僕はここでその全てを――妻も、子供も、人生も、全てを失うということなんです! そんなの……そんなの、間違っているからって、“はいそうですか”と受け入れられるわけがないじゃないですか……!」

 それが例えまやかしだったとしても。
 スージィが蘇り、恋人として過ごした時間。
 妊娠を喜んで、立派な父親になれるよう勉強や準備に追われた時間。
 そして、ルコーが産まれて家族として過ごした時間――それら全ては、ダフィズが実際に経験してきたものなのである。

「ルコーさんは……いえ、あれ・・は子供なんかじゃありません。正真正銘の化物でした」
「あの子と会ったんですか?」
「はい。部屋を出た私たちに近づいてきたかと思うと、体がぐちゃぐちゃに曲がりはじめたんです。最後はもう、人間の姿すらしていませんでした」

 ダフィズは歯を噛み締め、机に置いた手を握りしめる。

「ずっと……予感はあったんですよ。本当にこれでいいのか、うまく行きすぎじゃないか、いつか突然壊れるんじゃないか、って」
「じゃあ、どうして今日まで止めなかったんですか?」
「さっき言った通りですよ。ぶら下げられた餌が、あまりに魅力的だった。拒むことなんてできなかった。だから僕は、自分に問題はない、完璧だ、と言い聞かせて今日まで来ました。必要以上に自分に自信を持たないと、都合の悪いイメージが視界に入りそうになってしまいますから」

 それで、今までは問題なかった。
 少なくともフラムがやってくるまでは。

「ダフィズさん、他にコアの機能を止める装置は用意されてたりしないんですか?」
「ありません。あったとしても、起動するつもりはありません」
「なんでですか!? わかってるじゃないですか、もうダフィズさんの家族なんてどこにもいないのに!」
「僕が僕であるために……フラムさんには、死んでもらわなければ困るからです」

 家族や研究の存在は、もはや彼にとってのアイデンティティである。
 間違っている、と正論を突き付けられても、それを捨てることは自身の死と同義。
 どんなに醜い真似をしてでも、しがみつかなければ、ダフィズという人格を構成する全てが壊れてしまうのだ。
 そんな彼のふざけた言葉に、ミルキットは激昂した。
 彼の服を両手でつかむと、至近距離で睨みつける。
 ダフィズはふてくされたようにうなだれ、視線を反らしながら、気だるげに言った。

「そんな顔をされても、答えは変わりません。あなただって僕と同じ立場だったらそうするはずです」

 それは逆もまた言えること。
 ダフィズがミルキットの立場だったら、同じように――いや、もっと暴力的に喚くだろう。
 理解している、だからこそ彼はミルキットに強く出ることはできない。

「もしご主人様が、この村にいる全員を倒して生き残ったら、どうしますか?」
「ありえませんね。あいにく、ここはチルドレンやキマイラと違って兵器を作り出すための施設ではありません。ですが――僕の妻、スージィは生前Aランクの冒険者でした。しかも今は、オリジンの影響を色濃く受け、その力まで扱えるようになっている。勝てませんよ、フラムさんじゃ」

 まだフラムとスージィ本人は遭遇していない。
 だが、このままフラムが逃走を続けるのなら、やがて二人はぶつかり合うことになるだろう。

「ガディオさんやエターナさんだっています」
「彼らはこちら側・・・・の人間です、あなた方の味方ではない」

 悔しげに沈黙するミルキット。
 彼女だって二人のことを信じたかった。
 しかし、彼らはフラムたちに黙って姿を消し、シェオルを訪れていた。
 彼らは死者と触れ合い、王都では決して見せたことのない優しい表情を浮かべていた。
 そんな今のガディオとエターナを――ミルキットは、完全に信用することはできなかった。

「スージィは、フラムさん一人には負けません。絶対にね」

 ダフィズは改めて宣言する。
 
「随分と奥さんのことを信頼しているんですね」
「ええ、愛していますから」

 悲壮感あふれる笑顔で、彼は言った。
 ミルキットはその表情を見て、言葉を聞いて、理解する。
 ずっと名前がつけられないでいた、自分の中にあるフラムに対しての思い。
 色んなネーミングをしてみたが、どれもしっくりこなかった。
 ひたすらに尽くしたいと願う。
 無条件で彼女のことを信頼する。
 その感情の名前を――ようやくぴったりとはまるものを――ミルキットは、ようやく見つけた。

「だったら、ご主人様だって絶対に負けません。必ず打ち破って、また戻ってきてくれます」
「なぜ……そう言い切れるんですか?」

 答えなどわかりきっている。

「スージィさんを信頼するあなたの気持ちを愛と呼ぶのなら――」

 ミルキットは胸を張って、堂々と宣言した。

「私はそれ以上に、ご主人様のことを愛しているからです」



 ◇◇◇



 階段を降りながら、一人ダフィズの部屋に残ったミルキットのことを想う。
 命が脅かされることはない、そう確信しながら、やはり気になってしょうがない。
 今すぐ戻るか、しかしこんなに早く戻ってダフィズと話などできるわけもない。
 ただ彼女の無事を信じて、逃げ惑うしかなかった。

「ここは……なに?」

 階段を降りきった先にあったのは、長く暗い廊下だった。
 左右の壁にはやけに頑丈そうな金属製の扉が設置されており、鉄格子がつけられた出窓から中の明かりが漏れている。
 奥にも別の扉があるようだが、まずは近場からだ。
 フラムは近づくと、部屋の様子を覗き込んだ。

「なっ……」

 絶句する。
 そこで彼女が見たものは――螺旋の子供たちスパイラル・チルドレンのように、顔が肉の渦となった、人間の姿だったのだから。
 部屋の内装はフラムたちが泊まっていた場所と同じように整えられており、彼はソファに腰掛けて、ひたすら渦から赤い体液を吐き出して床を汚していた。
 しばらくフラムが呆然とその様子を観察していると、視線に気づいた彼がドアの近くにまで歩み寄ってくる。
 思わず後ずさり、背中がガタン、と別の部屋のドアにぶつかる。
 ぶじゅっ、ぶじゅ。
 壁越しに聞こえる微かな音を聞き取り、とっさに振り向いたフラムは、同じく出窓からこちらを見つめる肉の渦を、至近距離で直視する。

「いやっ!」

 思わず甲高い声で叫んだ。

「なに、これ……なんなの、ここ……ッ!?」

 廊下の奥には同じような部屋がいくつも並んでいる。
 よく観察してみると、その全ての窓に蠢く赤い顔が張り付いており、フラムを見つめていた。
 肺が震え、うまく息ができない。
 フラムは口を半開きにして肩を上下させさせながら、荒い呼吸を繰り返す。
 そして口内に溜まった唾液を、ごくりと喉を動かしながら飲み込んだ。

「っは……はぁ……もしかして、蘇生に、失敗した人たち……なの?」

 オリジンの影響が抑えきれずに、後戻りできなくなってしまった人たち。
 しかしダフィズは、そんな彼らですら人間として扱った。
 こんな地下に押し込められはしたものの、各々に部屋を分け与え、快適な暮らしができるように配慮したのだ。



 ◇◇◇



 ビー、ビー、ビー――ダフィズの部屋にアラームが鳴り響く。
 彼は机の上で光る小さな水晶に視線を向けると、「ははっ」と力なく笑った。

「何の音ですか?」
「ああ、どうやら……あの場所に、フラムさんが足を踏み入れてしまったようです。でしたら、もうスージィと戦う必要もないかもしれませんね」
「ちゃんと質問に答えてください、ダフィズさん!」

 声を荒らげるミルキットを無視して、ダフィズは光る水晶に手を当てる。
 そして三回、間を空けつつ魔力を流し込んだ。
 すると音が鳴り止む。
 それは地下への侵入者を探知するシステムだが、水晶に流す魔力のパターンによって異なる動作を行うことができる。
 一回でアラームの停止。
 二回で地下の緊急封鎖。
 三回で――



 ◇◇◇



 ガチャッ!
 廊下を奥に進むフラムの周囲から、鍵が開く・・・・音がした。
 そして、全ての部屋のドアノブが乱暴に捻られたかと思うと、中から次々と失敗した死者たちが出て来る。
 その姿は、奥にいけばいくほど人の形を失っており、中には片手だけなのに異様なスピードで這い寄ってくる者や、十本ほどの手足を器用に使いながら、蜘蛛のように移動する者もいた。
 さらには――先ほどフラムが降りてきた階段から、地上にいた死者たちが降りてくる。
 彼女はその場で剣を十字に振り、プラーナの盾を射出する。

「これでぇっ!」

 前方にいる死者たちは一掃できるはず――だった。
 だが実際、倒せたのは目の前にいた一体だけである。
 二体目が前に突き出した右手を犠牲にして、渾身の一撃を止めてしまった。

 地下にいた失敗作たちは、地上のものとは明らかに違う。
 確かに人間の蘇生という観点から見れば失敗かもしれない。
 けれど、オリジンの力を使った兵器として見た場合――こちらの方が、圧倒的に上なのだ。
 数はせいぜい二十体程度。
 しかしそれでも、十分すぎるほどの脅威である。

 ゾクッ。
 フラムは背後から迫る脅威の気配を感じ、横に飛び退いた。
 バシュッ!
 直後、彼女の二の腕を高速回転する力そのもの・・・・・がかすめ、肉を削り取った。
 この程度ならばほぼ痛みは無い。
 しかし、ここにいる敵全員が遠距離攻撃を使ってくるとなるとかなり厄介だ。
 剣を構え、まずは奥に存在する異形たちを減らすため、地面を蹴るフラム。
 すると彼らは横一線に並び、さらに別の死者が上に乗り二段目となって、上への逃げ道も塞ぐ。
 そして同時に――拳を引き、足を震わせ、肉の渦を蠢かせ――螺旋の弾幕を放った。
 点ではなく、面。
 目の前から圧倒的破壊力のが押し寄せる。

「っ……反転リヴァー……しろぉサルッ!」

 魂喰いを前に構え、反転の魔力を注ぎ込む。
 だがそれだけでは全身をカバーすることはできない。
 ドガガガガガガガッ!
 刀身に命中した螺旋は、反転魔法により逆回転を行い、エネルギーを失って消えていく。
 一方でそれ以外は、容赦なくフラムの肉体を削り取っていった。
 耳が吹き飛ぶ、頬が千切れる、柄を握る右の指が粉々に吹き飛び、剣で守りきれなかった左腕は蜂の巣にされていく。
 主に左半身――胴も足も、被害を受けた部分は見事円形に抉り取られていたが、致命傷ではない。
 フラムはにやりと笑う。
 むしろ流れ弾で、背後の敵の数が減ってくれているはず、そう思ったからだ。
 そして彼女が振り向くと、そこには――受けた螺旋の力を取り込み、次の射撃を行おうとする死者たちの姿があった。

「嘘でしょ――!?」

 フラムの笑顔が引きつる。
 彼女が見たときには、すでに放たれる直前であった。
 先ほどと同じような弾幕が、今度は逆方向からフラムを襲う。
 今から全身に魔力を広げるのでは間に合わない。
 最低限を――頭部と心臓さえ守れば、すぐに死にはしない。
 この際だ、手足は捨てる。
 そのあとどうなるかは知らないが、今はただ、この瞬間を生き延びることだけを考えなければ。
 ズドドドドドドドドォッ!
 為す術もなく、蹂躙されるフラムの肉体。
 撃ち抜かれ、貫かれ、ボロ布のように赤い断片が宙を舞う。

「あ……ぎ、ぎぐぅっ……!」

 さすがにこればかりは、装備で痛みが軽減されていても辛かった。
 意識までもが吹き飛びそうになる。

「みぅ、い……お……みる、き、……っと……おぉおおお!」

 ただ彼女のことだけを強く念じて、繋ぎ止めた。
 死ねない、死なない、死んでたまるものか。
 しかし、直前に魔力を宿した部位だけは辛うじて守られたものの――ドチャッ、と頭部以外の全身が穴だらけになったフラムの体が、床に投げ出される。
 “反転”で守っていたため、心臓は無事だ。
 もっとも、手足は散り散りになってしまい、身動きは取れないが。

「ぁ……あ……はぁ……あああぁ……っ」

 体をよじって移動しようとするが、それより先に化物の手が彼女に迫る。
 右半身だけが肥大化した異形の個体――彼はフラムを持ち上げると、じわじわと再生していく体を観察した。
 そしておもむろに、顔の肉の渦に、血を垂れ流す赤い左肩の切断面を当てた。
 ぐちゅっ。
 フラムは、傷口ごしに、やわらかく生ぬるい気持ちの悪い感触が接しているのを感じた。

「う……えぐっ……」

 こみ上げる嘔吐感。
 さらに化物の口が激しく蠢いたかと思うと、再生したての肉に鋭い何かが食い込んでいく。
 咀嚼である。
 彼らは、フラムの肉体の再生を阻止するために、治った部分の肉を治った分だけ食らったのだ。
 さらに右肩にも肉の渦が押し付けられ、他の部分にも次々と化物たちが殺到する。

「が、あ……あぁぁっ、あっ……はっ……ひゃっ、は……ぎ……っ!」

 彼らは、フラムを殺さない。
 殺さず、身動きがとれないまま生かしておき、そして――いずれオリジンの本体にまで送り届けなければならない、そう考えていた。
 絶え間なく肉が食い千切られる痛み、苦しみ、生理的嫌悪感。
 それらを味わいながら、フラムは思うのだ。
 よくもまあ――魔力とプラーナのたっぷり詰まった肉を、そんなに美味しそうに食べられるよね、と。

 ゴパァッ!

 花開くように、一斉にフラムの体を食らった化物どもの体が破裂する。
 彼女はその衝撃で床に投げ出された。
 雨のように血が降り注ぐ中、ようやく再生できた二の腕を必死で動かしながら這いずる。
 性懲りもなく、別の化物がフラムに手を伸ばした。
 体をよじり、転がり、回避する。
 肘、太ももまで再生――移動速度はさらに早くなる。
 彼らの攻撃は、その動きというより、執念に翻弄されて届かない。
 腕が全て再生すると、もう完全にフラムのペースだった。
 もはやどっちが化物なのかわからないような有様だが、伸ばされた手は剣で振り払い、放たれた螺旋の力は体の一部をかすめながらも外れ、そしてようやく、廊下の一番奥にある扉までたどり着く。
 しがみつくようにそれを開き、鍵がかかっていないことに内心ほっとしつつ、隙間に体を滑り込ませる。
 そしてすぐさま閉めた。
 これだけ必死にやっても、できることは足が再生するまでの時間稼ぎだ。

「また、わけのわからない部屋に……」

 中を確認せずに入ったのはいいものの、扉の向こうにあったのはやけにだだっ広い空間だった。
 丸い部屋で、天井は高く、そして前方には深い穴が広がっている。
 穴の上には金網の通路が続いているが、途中で途切れていた。
 壁のどこにも扉らしきものは見当たらないため、この部屋が地下の最奥ということになるのだろう。
 足が再生したところで、フラムは通路の上を歩き、下の穴を覗き込む。
 その底には、ぼんやりと、何かが動いているのが見えた。
 目を凝らすと、肉の塊のような何かに、辛うじて人間の一部だと認識できる、手や、足、顔が付いた物体であることがわかる。
 もう大抵のことでは驚かない。

「なるほど、さっきの失敗作より酷いものは、ここに捨てられちゃうわけだ」

 もはや部屋を与えても無意味だと判断された、哀れな死体たち。
 この地獄を作り出してもなお、ダフィズは自分の研究は間違いだと気づかなかったのだろうか。

「ああ、でも、そうまでしてでも続けたい気持ち……少しわかる気はするな……」

 自分だって、普通だったら諦めるような状況にあっても、ミルキットのことを思えばまた立ち上がることができる。
 他者を想う気持ちは、特に人を間違った方向に導くこともある。
 けれどときには、能力の限界を越えた力を、自身に与えてくれるのだ。
 ガゴォンッ!
 フラムが寂しげに下を覗き込んでいると、ドアが吹き飛んで、我先にと化物たちが部屋に押し寄せる。
 そして追い詰められたフラムは――あろうことか、自らそこを飛び降りた。
 落下しながら、一人つぶやく。

「だったら私にだって……やって、できないことはないはず」

 この状況を、切り抜けるために。
 可能性を信じ、今の限界を、超える。

「はあぁぁぁぁあああッ!」

 彼女は剣を握ると、まずは・・・着地と同時にそれを底に突き立てた。
 ゴオオォオオッ!
 舞い上がる暴風が、死者たちを吹き飛ばす。
 まずは気剣嵐プラーナストームで、スペースを確保。

重力よ、反転しろリヴァーサルッ!」

 そして、跳躍。
 自らを縛るその力を反転させることで彼女は高く飛び――そして天井に着地・・・・・した。
 フラムを見上げる異形たち。
 彼女はすぐさま天井を蹴り、同時に魔法を解除し、高度分の威力を乗せて、化物に最大の一撃を叩き込む。

「っつおりゃあぁぁぁぁああああああッ!」

 ゴッ――ドガガガガガガガガァッ!
 魂喰いを叩き付けられた床に大きなクレーターが生じる。
 入り口には周囲の壁面もろとも吹き飛び、大穴が空いていた。
 さらに影響はその向こうにある通路にまで及び、床や壁が深く抉れている。
 当然のように――その範囲内にいた化物は、ほぼ機能を停止していた。
 中にはまだ動いているものもおり、肉が捻じれ硬化を始めようとしていたが、フラムが素早く切り伏せコアを破壊する。

「……発想次第、だよね。扱いづらさはあるけど、もっとうまく使いこなせれば、まだまだ色んなことができそうな気がする」

 彼女のは自分の手のひらを見ながら、“反転”という力の器用さを実感する。
 そうこうしているうちにも、死者は次々と地下に降りてくる。
 しかし、地上の死者たちは、フラムに触れない限り傷を負わせることはできないのだ。
 適切な距離さえ取って対処すれば、大した脅威ではない。
 そう考える彼女の前に、他の死者とは明らかに雰囲気の異なる女性が現れた。

「スージィさん……」

 彼女はAランクの冒険者だ、一筋縄でいく相手ではない。
 オリジンコアの力を受けているとなればなおさらに。
 それに、彼女の腕にはなぜか――倒したはずのルコーが、傷一つ無い姿で抱かれている。
 もはやあれも、スージィにとっての“攻撃手段”の一種と考えるべきなのだろう。
 フラムは剣を高く掲げ、プラーナを精製する。
 そして歩み寄る彼女が間合いに入ったところで振り下ろし、剣気を放った。





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